第二層 怪談跋扈の深夜学校

35:次なる階層

 輝く階段を二人で降りる。

 闇の中、足元だけが輝くその空間を、一応周囲に警戒を払いながらあっさりと踏破する。

 その先に待ち構えているのは、やはりと言うべきなのか一つの扉。


「どうやらここまでは、前の時と同じ構造のようですね」


 扉の前へと先に降り立ち、こちらを振り返った静がそう声をかけてくる。下りる間にも何度か会話を交わしていたせいなのか、今回の階段は前回に比べて随分と短かったように思えた。

 竜昇も階段の前の、比較的広くなっている足場へと降り立って、自分で触れてその扉の感触を確かめる。


「暗闇に光の階段、そしてその先の扉か。どうやらこの空間が、各階層間をつないでいる空間とみてよさそうだな」


「構造的に随分と無駄の多い設計のような気はしますが、まあ、これについては私達が気にすることでもないのでしょうね。さて、どうしますか? もっとも、このビルの方々は先に進む以外の選択肢を用意してくれるとは思えませんが」


「もちろん進む」


 そう言って、竜昇は一応と自分の右手に魔力を集め、術式を使っていつでも魔法を放てるように準備を整える。

 静の方も心得たとばかりにすぐさま十手を引き抜き、ウェストポーチから電撃仕込の古銭を三つほど取り出していつでも投げ放てるように手の中に握り込んだ。


「すいませんが互情さんは扉を開けてください。私が先に飛び込みます」


「悪い、頼んだ」


「いいえ」


 言葉を交わし、すぐさま竜昇は空いていた左手でハンドルを掴み、ゆっくりと捻って扉が開くことを確認する。

 中に踏み込んだ瞬間の奇襲を警戒し、静と目配せした後すぐさま扉を開き、その先に一気に静が飛び込んで――。


「おや――?」


 竜昇が後を追って中に入ったその時には、静がそんな声と共にその場で足を止めていた。

 同時に、遅れて入った竜昇の視界にも、うっすらとした灯りと共にその光景が目に飛び込んでくる。


「ここは……」


 どうやら出た先は、建物の廊下にあたる場所のようだった。

 とりあえず両手を広げてもまだ余裕があるそれなりの広さ。だが特筆すべきなのは、廊下の広さよりもむしろ左右に広がる光景の方だろう。


「これは……」


 まず左側には、驚いたことに窓が存在していて、その向こうの空間が見えている。

すぐそばに植えられた街路樹と輝く街灯、その先に広がる夜の住宅地のような街並み。なんの変哲もないその光景に、竜昇は一瞬自分が今どこにいるのかを忘れてしまいそうだった。


(なんで、町が……、いや、それよりもここは……)


 そして右側。廊下と仕切る壁のさなか、何か所か存在するスライドドアのその向こうにはいくつもの机と椅子が並び、壁には何やら黒板のようなものが存在している。

 竜昇自身、あまりにも見慣れてなじんだその光景。それが故にここがいったい何なのかを理解するのは、一目見ただけでも十分なほどだった。


「ここは……、学校か?」


 改めて問うまでもなく明白に。

 不問ビル攻略の二層目、竜昇たちが新たに足を踏み入れたその場所は、誰の目にも明らかなほどに深夜の学校の様相を呈していた。







「……ふう、とりあえずこんなもんか」


 教室の前後にある扉に鍵をかけ、さらに扉自体に竜昇と静、二人以外の人間が触れると感電するよう【静雷撃】を仕込んで、ようやく竜昇たちは教室一つを拠点として改造する作業を終了させた。

 形としては、この階層に来てすぐに見つけた、一番最初の教室をそのまま改造した形である。振り返れば教室内にあった机が人一人通れる通路を残す形でバリケードが形成されている。


「とりあえず、こうしておけば敵が中に入ってきても左右に動けないから、こっちが魔法なんかで迎撃するのにも都合がいいだろう」


「そうですね。そもそも扉に触っただけでも感電しますし、私たち自身が外に出ることを考えるなら、一人ずつでも通れるようになっていた方が都合がいいでしょう」


 一応、当初は扉の前を完全にふさいで、外から敵が容易に踏み込めないようにすることも考えたのだが、それだと部屋の中で何かが起きた際に竜昇たち自身が出られなくなってしまうと今のこの形に落ち着いた。

 籠城するよりも敵を迎え撃つことを念頭に置き、仮に敵が外から部屋に侵入しようとしても、まず扉によって感電させられ、それに対してすぐさま竜昇たちが駆け付けられるようにしておいたのだ。


 そうした迎撃の手順を頭の中で確認して、ふと竜昇は自分が静の手を握ったままでいることに気が付いた。


「――っと、ごめん。もう魔力の融通は終わってるのに」


「別にかまいませんよ。むしろ、もう放してしまってよろしいのですか?」


 慌てて手を離した直後に静かにそう言われて、思わず竜昇は自分の頬が熱くなるのを感じ取る。

 別段彼女と手をつないでいたのは、【静雷撃】の効果で静が感電してしまわぬよう、彼女の魔力を用いて魔法を使うためだったのだが、これではまるでそれ以外の意図があったかのような反応になってしまった。


(これまであんまり反応しないように、極力心を殺していたというのに)


 上の階で使う際も、こっそり彼女自身ではなく彼女の武器に触れる形にしたり、触れる際にも極力意識しないように努力していたのだが、どうやらここにきて若干ではあるがボロが出てしまったらしい。

 竜昇がそう自覚して意識して心を落ち着けていると、先に教室の中央へと戻っていた静がクスリと笑ってから取り出したスマートフォンの画面に意識を向けた。

 つられて竜昇も自分のものを確認すると表示される時刻はとうに深夜の十一時を回っていた。

 ボス部屋と螺旋階段、それぞれの箇所で多少なりとも休憩をはさんでいたことを考えても、この拠点の設営に結構な時間をかけた計算である。


「なんだかんだで、とりあえず眠るにはいい時間になってしまいましたね」


「できればこんな教室でなく、布団やベットのある部屋で寝たかったけどな」


 窓から差し込む星と街灯の明かりの中、二人で窓際の壁に寄り掛かって座りながらそんな会話を交わす。生憎というべきか、一通り探っても教室の中に寝具となるようなものは当然見当たらず、竜昇たちは今晩寝具の類は一切なしで教室内に雑魚寝する羽目になっていた。


「ここが学校というのなら、保健室のような場所ならベットなどもあるとは思いますが……」


「流石に今から保健室を探すのは無理があるだろう。出発して、いつどんな敵に襲われるかもわからないんだし」


 確かに学校という環境故に宿泊できる施設として保健室の存在は考えないでもなかったが、しかし今の竜昇たちの体調はお世辞にもその場所を探せる状態とは言い難い。ここが不問ビルの中である以上、当然のように敵がなんらかの形で徘徊しているだろうし、そもそも保健室がどこにあるかもわからないのだ。それでなくともすでに竜昇たちはそれなりの消耗を強いられている。ここらで一度硬い床の上ででも休みを入れておかないと、どう考えてもこの先が続かないだろう。


(まあ、その休息にしても、こんないつ敵が現れるかもわからない敵陣のど真ん中でとる羽目になっているんだが……)


 休もうにも安全地帯の確保が難しい現状を憂いて、竜昇は一つため息を吐く。


 実のところ、竜昇とて当初こんな場所で夜明かしをするつもりなどありはしなかった。

 どこかで休まなければならないというのはわかっていたが、しかし休むなら休むで、当初はもっと敵と遭遇し辛そうな場所での休息を考えていたのである。

 たとえばボスを倒して主不在になったボス部屋とか。あるいは階層を移動する際に通る、敵の出現自体がなさそうなあの螺旋階段の空間とかである。


 ではなぜそれらの場所を通りながらそれらの場所で休息をとらなかったのかと言えば、答えは単純で、どちらもはたして本当に安全なのかというそのあたりの判断が付かなかったからだ。

 なにしろ今竜昇たちがいる空間は、一応ゲーム的な要素を採用しているとはいえ現実に存在する建物の中である。マンモスを倒した後のボス部屋では、とりあえず動けるようになるまでは滞在していたものの、ボス部屋であるからと言って次の敵が現れないという保証はどこにもない。部屋の外から新たに出現した敵が踏み込んでこないとも限らないし、時間経過によって新しいボスでもポップしようものならそれこそ目も当てられない事態になってしまう。


 ではその先、螺旋階段のみが存在するあの暗黒の空間が安全かと言えば、それについても少々どころではない疑問が残る。あの空間に敵が出てこないというのは、これもあくまで竜昇が勝手にそう判断しているだけのゲーム的お約束のようなものだ。仮に本当に敵が出現しない空間だったとしても、こんなビルの攻略を強要するような相手がいつまでもグズグズと留まっていられる安全地帯を作るのかという問題もある。

 そもそもの話、暗闇の中に足場となる階段だけが存在しているというあの空間はお世辞にも休息をとるのには向いていないのだ。板状の階段しかないため横になるどころか寄り掛かることもできないし、階段から足を踏み外した際にどうなるかもわからない。さらに言えば長く滞在しすぎた結果階段が消え始める、といったような『追い込み』が掛けられる可能性もある。


 結局のところ、この二か所は休息をとろうにも襲ってくる危険が予想できないのだ。それならばまだ、危険が予想しやすい場所で、万全の準備を整えて休んだ方がまだ安全というものである。


「とは言え互情さん、寝具の問題を抜きにしても、保健室には一度行っておいた方がいいと思うのですよ」


 と、そんな竜昇の思考をよそに、ふと静からそんな言葉が放たれる。

 別のことを考えていたためすぐには反応できなかった竜昇だが、しかしそのすぐ後には静の考えがある程度察せられた。


「……ああ。まあ確かに、治療器具があるなら一通り手に入れておきたいところだからな。お互いの怪我の手当てもしなくちゃいけない――、ってああでもそうだ。今の怪我に関しては、実はさっき一つ解決手段が出てたんだ」


「解決手段、ですか?」


 話していてそのことを思い出し、竜昇は自分のスマートフォンを取り出してステータス画面を開いて見せる。

 先ほどのマンモスとの戦闘の際、竜昇には【迅雷撃】なる新魔法を習得するなど重大事項があったのだが、しかしそれとは別に、竜昇のスマートフォンにはもう一つ、非常に助かるアビリティの習得をその画面に表示していた。


能力アビリティ・【治癒練功】を習得しました』

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