31:見せるべき意地

 石器に潜む電撃を受けて感電しながら、しかしマンモスの方もそうやすやすとは倒れてくれなかった。


「ウジュォォォオオオオオオ」


 よろめきながらまたもマンモスらしくない雄叫びをあげ、半骨のマンモスがその太い足で地面に踏ん張り、瞬時にその態勢を立て直す。

 眼球の無い眼窩が、あるいはその向こうにある赤い核の光が竜昇を睨み付け、直後にその巨大な体が不可視の魔力に覆われる。


(――来た!!)


 事前に警戒していた攻撃、その前兆を察知して、すぐさま竜昇は走る速度を速めて自身の足に運命を託していた。

 このマンモスを攻略するうえで、もう一つ警戒しなくてはいけなかったのがマンモス自身の突進攻撃だ。恐らくは最初のもんぺ女のそれと似た原理なのだろう。高速で自身の体を砲弾のように打ち出してくるその突進は、帯びる魔力量や激突された壁面の被害を考えても、やはり石槍同様防御は不可能と見るべきだろう。そして防御できないとなれば、今の竜昇には走って躱す以外に手段がない。


「――く、ォォオオッ!!」


 マンモスの全身にみなぎる魔力が臨界を迎えたその瞬間、竜昇の背後を超重量物が通り過ぎ、その先の壁に激突して轟音を上げる。

 背後から襲い掛かる衝撃波をどうにかシールドで受け止め、地面に転がった竜昇だったが、しかしわずかな時間で瞬時に起き上がると、すぐさま右手を向けてマンモスへと魔法を撃ち出した。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 破砕した壁から頭を引き抜いたマンモスの背に電撃が突き刺さる。さらに積み重ねられるダメージにマンモスがよろめき、その不快な攻撃の主を探して再び竜昇へと振り返る。


(そうだ。俺を狙え。俺はにいるぞ――!!)


 再びマンモスの正面に立たぬよう走り出しながら、竜昇は心の中でそう呟いてマンモスの注意を自身に引き付ける。

 この突進攻撃も防御不能である以上、やはり動けない今の静にこの攻撃の矛先を向けさせるわけにはいかない。しかも竜昇が捕まえている石槍と違って封じる手段が確立できない以上、竜昇にできるのは自身を囮にしてその狙いを自分に向けさせることだけだ。

 突進して来るマンモスの矛先から死にもの狂いで走って逃げる。

 常に自身に狙いを定めさせ、何度来るかもわからないその攻撃をいつまでも回避し続ける。

 命などいくつあっても足りない。少しでも足が鈍ればそれで終わってしまうそんな無茶な算段だったが。


(それでも、やらなきゃいけなかったんだよ――)


 くじけそうになる自分を自覚して、竜昇は心中でそう呟いてもう一度己の精神を引き締める。

 そう、やらなければならなかったのだ。それが例え竜昇のような凡庸な人間であったとしても。


 確かに、竜昇には静のような超人的な才能はない。

 その差は誰の目にも明らかで、きっと竜昇の素養など、静のそれの足元にも及ばないことだろう。互情竜昇はそのことを、実体験から来る実感を伴って、己の身をもって知っている。


 だがそうと自覚しても、それでも竜昇は意地を見せるべきだったのだ。

 あの時に。あるいは今この時に。


 静とていい加減気付いていたはずだ。互情竜昇という人間が、彼女にとってほとんど足手まといにしかなっていなかったという事実に。

 全く役に立たなかったとまではいわないが、しかし竜昇が静を助ける局面よりも、竜昇が彼女の存在に助けられることの方が明らかに多かった。さらには途中からは竜昇が戦意を失って、彼女へかける負担はより重いものへと変わっていった。

 だがそれでも、静は竜昇を助け続けてきてくれたのだ。彼女のその常識外れの実力に、これまで何度も竜昇は助けられてきた。


 ならばこそ、竜昇はそれに応えなければならなかったはずなのだ。

 実力差を思い知って、それで一歩を引いて逃げてしまうのではなく、非力で凡庸な自分が、それでも何ができるのかを真剣に探すべきだった。

 意地を見せるべきだった。


「――っ!?」


 背後の魔力の感覚がいきなり消えて、替わりに連続の地響きが竜昇の元へと迫って来る。

 どうやら敵はタメが大きく軌道が読みやすい大技よりも、直に近づいてその巨体から来る暴力で竜昇を叩き潰した方がよほど効果的だと気づいたらしい。

 相手の知性がどの程度かはわからないが、しかしその判断はおおむね正しい。

 なにしろ相手はあの巨体だ。竜昇を殺すなら、その巨大な足で踏みつぶしたり、鼻や牙を振り回して襲い掛かった方がよほど効率的だろう。


 そしてそうとわかったうえで、それでも竜昇はその場で足を止め、こちらへと迫るマンモスへと振り向き、向かい合っていた。

 敵から近づいてくるというこのチャンスを、絶対に無駄にしないそのために。


(ああそうだ。意地を見せろ――!!)


 己の中で設定した魔力を放出する。

 魔力を波動として放ち、相手の魔力を活性化させて感知しやすくする【探査波動】。それをこちらへと走るマンモスに正面から浴びせかけ、感じる相手の気配に明確なものへと置き換える。


(根性見せろ――!!)


 持っていた石槍を放り出し、ジャージのズボン、左右のポケットから呪符を取り出す。

 【雷撃ショックボルト】と【静雷撃サイレントボルト】それぞれの魔法を封じた呪符を一枚づつ。取り出したそれらを重ねて握り、同時に【静雷撃サイレントボルト】の呪符の方を起動させてもう一方の呪符へと魔法をかける。


(意思を示せ――!!)


 右手に魔法を準備する。選択する術式はもちろん【雷撃ショックボルト】。発動待機状態の魔力を右手に宿し、さらにその右手に仕込みを終えた呪符を握って、最後にもう一枚、左手にも呪符を取り出して、竜昇はこの敵を迎え撃つための準備を瞬時に整えた。


 後残るは、竜昇自身が最後の覚悟を決めるのみ。


(――ここが覚悟の決め所だッ!!)


 走り出す。こちらへと突っ込んでくるマンモスめがけて、竜昇も自ら敵との距離をゼロへと近づけながら、まずは左手に用意していた呪符を前方目がけて突きつける。


再起動リブート――【雷撃ショックボルト】」


 魔力を流し込まれ、放たれた電撃が地面を抉る。

 狙いはマンモス自身ではなく、最初からその手前の土の地面だ。リアリティを出すためなのだろう、敷き詰められた土の地面を電撃が抉り、舞い上がった土煙が煙幕となって一時的に両者の視界を阻害する。

 だが――。


(――わかるぞ。例え視界が効かなくても、“お前の気配がはっきりわかる”)


 先んじてマンモスへと浴びせかけた【探査波動】。相手の気配を顕在化させるそのアビリティが、まるで色でも付けたように、土煙で聞かない視界の中で相手の気配をきっちりと竜昇へと感じ取らせている。


 マンモスが鼻を振り回すのが気配で分かる。土煙で視界が効かない中、それでも闇雲に振り回される殴打の軌道をどうにか察知して、竜昇は死に物狂いで頭を下げてその攻撃を回避する。

 下げた頭の上を横薙ぎの一撃が通り過ぎ、竜昇の髪の毛を数本ちぎり取って去っていく。

 視界が晴れていたら、竜昇程度では間違いなく回避しきれなかった。

 そんな自分の行為の危険性をしっかりと再認識しながら、しかしそれでも竜昇は土煙の向こう、気配で感じるマンモスの気配目がけて地面を蹴りつけ、最後の一歩を踏みしめる。


再起動リブート――【雷撃ショックボルト


 手にした呪符に魔力を注ぐ。

 ここで発動待機状態のもの共々魔法を発動させれば、放たれる電撃の威力は単純計算で二倍。しかもこの至近距離での発動ともなれば、これまでの遠距離からの単発発射よりも高いダメージを与えることができるはずだ。

だが竜昇は、それでもなおこの相手に対しては、その威力では不十分だろうと踏んでいた。

 一撃入れるならば、考えうる限りの最大威力を叩き込む。

 己の行動の危険も無茶も百も承知で、竜昇は今まで躊躇し続けていた分、あらゆるリスクを飲み込んで、土煙の向うに見えるマンモスの前足へと手を伸ばす。


「ここで、無茶ができなくて――」


 叩きつける手に握るのは、事前に【静雷撃サイレントボルト】を仕込んでおいた雷撃の呪符。


「――この先、隣を歩けるか――!!」


 瞬間、相手の体に接触したことで呪符に込められていた【静雷撃サイレントボルト】が炸裂し、同時に呪符とそれを握る竜昇の右手、二か所で同時に準備していた電撃が至近距離より近いゼロ距離でマンモスの巨体へと放たれる。

 単純に考えて三倍の電撃が一瞬のうちにマンモスの全身を駆け巡り、直後にその巨大な体がよろめいて、目の前に広がる土の地面へとなす術もなく倒れ込んだ。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:10

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍

 雷撃の呪符×3→1

 静雷の呪符×2→(Lost)


小原静

スキル

 投擲スキル:9

  投擲の心得

 纏力スキル:8

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2



保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

 集水の竹水筒

 思念符×90

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