30:言い返すべきだった

 その瞬間、竜昇は一体何が起きたのかがすぐにはわからなかった。


 地面に何かが倒れる音がして、その方向へと視線をやればそこに誰かが倒れている。

 そんな光景を目の当たりにして、ようやく竜昇は直前に見た光景を思い出す。

 直前まで一切の危なげなく、撃ち込まれる石器の数々を、竜昇の方に飛んでくるものまで含めて全て叩き落としていた静が、しかし最後の石斧だけは打ち漏らし、回転しながら飛んできたそれがもろに頭に激突したのを。


 被弾箇所は右側頭部。どれだけ思い返してみても誤認のしようがない容赦のない直撃。シールドにすらヒビを入れるその石斧の威力を思い出し、竜昇の背筋からじわじわと冷たい感覚が這いあがって来る。


「――小原、さん……?」


 視線の先で倒れる人物が誰なのか、その正体をようやく理解して、しかし竜昇は信じられないという気持ちでその事実を否定しにかかる。

 そんなはずがないと思った。あれほど圧倒的な動きを見せて、ほとんど絶対的と言っていい、敗北など考えられない活躍をしていた静が、今こうして目の前で、倒れ伏している誰かと同一の人物であるなどそれこそありえない。


 だがどれだけ竜昇の心が目の前の事実を否定しても、静に対する妄信が脳内で声高に叫んでも、目の前で実際に起きてしまった事態は変わらない。

 長い髪を無秩序に周囲に広げ、土のしかれた地面に横たわる少女の体。ぐったりとした様子でピクリとも動かないそれがいったい誰なのかなど、本来それは考えるまでもないはずの話だ。


「――小原さんッ!!」


 ようやく我に返って声を上げる。

 尻餅をついたままの無様な体勢からようやく立ち上がり、倒れた静の元へと足をもつれさせながら駆け付けて、そばの地面に片膝をついて少女の体を覚束ない手つきで抱き起す。

 腕に感じる感覚は、意外なほどの軽いものだった。

 いや、静の外見を考えれば意外でもなんでもない、むしろ妥当な重みだったのだが、しかしあれだけの立ち回りをしていた人間とは、とても思えないような軽さだった。

 恐る恐るという感情で五感と思考を繋ぎ直し、感じる静の感覚から彼女の状態を竜昇はどうにか把握する。


「……ぅ」


 腕に感じる確かな体温と微かなうめき声、そして乱れた髪の隙間から見えた表情の動きで、竜昇はひとまずどうにか、静の生存という事実を確認する。

 見れば、斧の直撃を受けたはずの静の頭部に、うっすらとではあるが黄色いオーラがまとわりついていた。

 どうやら直前になんとかオーラを纏って防御を図ったらしい。あのタイミングで間に合わせたという時点でやはり静という少女の反応速度は尋常ではないが、しかしとっさの【甲纏】発動だけではやはり強烈な一撃から己を守り切ることは不可能だったらしい。


 攻撃を受けた静の側頭部からは、一筋ではあるが赤い血の滴が伝っている。

 どうやら石斧はその性質故にあまり切れ味がよくなかったらしく、甲纏の発動も相まって頭部への致命的な損傷はどうにか避けられたようだった。

とは言えそれでも直撃したのはシールドにヒビを入れるような強烈な一撃である。たとえ切れ味自体はたいしたことがなくとも、その威力はハンマーで殴られるのとそう違いはない。


「……う、ク……」


 未だ信じられない気持ちでそれらの事実を確認する竜昇の前で、静が苦しげな声をわずかに漏らす。

 それによって、ようやく竜昇は自分が静を無遠慮に揺さぶっていたことに気が付いて、慌てて自分のその動きを中止した。

 苦しそうなのは当たり前だ。なにしろとっさに【甲纏】で防御したとはいえ、頭にあんな石斧の直撃を受けたのだ。そんな相手を無理やり揺さぶるような真似、言ってしまえば動けない相手にさらに鞭を撃つようなものである。少なくとも命を救ってくれた味方を相手にやって良い行為ではない。


「――う、……あ、ああ――!!」


 そこまでを自覚して、竜昇はようやく自分が置かれた危機的状況を理解する。

 こうしてみた限り、静はもうしばらくはまともに動けない。恐らく今の状態を見る限りではしばらく休ませない限りまともに立つこともできないだろうし、そんな状態で戦うなどいかに静と言えども不可能だ。


 つまりもう、竜昇はこの先、静からの庇護を望めない。


 この逃げられない状況で、かろうじて竜昇の命を守っていた要因の、その最後にして最大のものが失われたのだ。もはや何物も己を助けてくれない。その事実を前にして、冷たい感覚が急激に竜昇の五体をむしばんでいく。


同時に、目の前の地面に刺さっていた、先ほど静の頭を直撃した石斧が、まるで誰かに掴まれ、引き抜かれようとしているかのようにカタカタと動き出す。

 見れば、周囲に散らばる他の石器の数々も同じような様子で動き出していた。皆一様にカタカタと震えだし、地面に刺さるものは抜けようともがき、そしてただ落ちているだけのものは、徐々に同じ方向へ引っ張られるように動き出している。

遠方で、全身から恐らくは呼び戻すための力なのだろう、奇妙な力の感覚を骨と皮と黒い霧だけのマンモスが波動として放っている。


(……まずい)


 なにが起きているかはすぐにわかった。先ほどやったように、またも己が撃ち放った石器を、マンモスが己の元へと呼び戻そうとしているのだ。一度使い終えた石器の数々を、再び攻撃手段として使うために。


(まずい、まずい、まずい――!!)


 頭の中が真っ白になる。ぐったりとした静を抱えたまま、竜昇はもはやどうしていいのかもわからない。

 再びさっきのように石器を雨あられと撃ち込まれたら、残る竜昇一人では防御することなど不可能だ。先ほどの静のような迎撃など真似事レベルでも竜昇にはできないし、かといって竜昇の持つ【守護障壁シールド】程度では数発石器を受けただけで耐え切れずに砕け散ってしまう。


 万事休す。そんな言葉が頭をよぎる。今目の前で地面から抜けようともがく石斧、それがマンモスの元へと帰り、そしてこちらへと戻ってきたときが、互情竜昇という人間の短い人生の最後だろう。


 自然、視線が落ちて真下に抱えた静の姿が眼に映る。意識さえ定かではない、先ほどまでとは打って変わって弱々しい少女の姿。


 それでも、今目の前にいる少女は別人ではないのだ。


 襲い来る数々の敵を一歩も引かずに屠り去り、今もまた、竜昇の目の前で竜昇自身を守って飛来する石器を迎え撃った小原静という少女は、しかしそれでも一度でも攻撃を受ければ、こうして倒れてしまうような普通の少女だった。

 そんな当たり前の事実を、こんな時になってようやく竜昇は理解した。


(……あ、れ? けど、それなら――)


 理解して、ふと頭をよぎる思考がある。

 終わりを意識したせいなのだろうか。妙に明確に、竜昇の脳裏に静の姿がよみがえる。

 その中で最後に思い出すのは、石器の群れを迎え撃つ直前、彼女かこちらにかけてきた何気ない言葉。


『――下がっていてください互情さん――』


 どんな思いでそんなことを言ったのかわからない。何気ない調子で投げかけられたそんな一言。

 けれど、その言葉は――


『――ご安心を――』


 あの時かけられた、その言葉は――。


『互情さんは私が守りますので』


 “何も言い返さずに、済ませていい言葉ではなかったのではないか?”



「――――――――――――ああ、そうだった」



 その瞬間、遂に地面から引き抜かれ、マンモスの元へと飛び帰ろうとしていた石斧を、反射的に伸ばした竜昇の手がその寸前で掴み取る。

 行為自体は造作もない。ただ目の前にあるものを掴んだだけのそんな行為。

 とは言え、マンモスにとってはそれも不都合なのだろう。手の中に掴んだ石斧はマンモスの元へと引っ張られるように暴れ出し、その動きによって、逆に竜昇という少年の意識は目の前の事態へと急速に呼び戻されていく。


「――ッ、ああ、そうだった――!!」


 ほとんど頭は空っぽのまま、まるで衝動に突き動かされるようにして、竜昇は掴んで、逃げようともがく石斧を力任せに手元へと引き戻す。

 マンモスが己の元へと呼び戻そうとするその力に抗って、ようやく動き出した思考に従い、竜昇は片膝立ちの姿勢のまま、掴んだ石斧を力任せに自分の背後へと振りかぶる。

 同時に脳裏に浮かぶのは、ほとんど自動的に思い出したような一つの術式。


「――【静雷撃サイレントボルト】ォッ――!!」


 掴み、振りかぶった石斧に魔力が宿る。相手に接触することで、その瞬間に発動する電撃魔法。一瞬のうちにそんな魔法を石斧へと潜伏させて、竜昇は次の瞬間、今度は力任せに、手にした石斧をマンモスめがけて投げ返した。


「ォォォオオッ、ラァァァアアッ――!!」


 腹の底から雄叫びを上げる。

静を抱えたままの不完全な態勢からの、狙いもろくにつけていない力任せの投擲。

だがそんな破れかぶれなやり方で投げつけた石斧は、まるで誘導されるように投げつけた勢いのままマンモスの元へと向かい、そのまま元の位置へ戻るようにしてマンモスの体に突き刺さり――。

 次の瞬間、石斧に潜んでいた電撃が炸裂し、『バチィッ』という音共にマンモスの全身を駆け巡る。


「--ウ、ジュ――!!」


 ノイズがかかったような苦悶の声をわずかに漏らし、同時にマンモスがよろめいて周囲に浮かび上がっていた石器の数々が、まるで見えない糸が切れたように地面に落ちる。


「――ハァ、……ハァ……。馬鹿だ、俺は……。なにが……、ちくしょう……!!」


 呟きながら、竜昇は抱えていた静の身を横たえる。

土の地面にそのまま寝かせるのには抵抗があったが、しかし今はそれだけの行為にそこまで時間はかけられない。

 せめてこれくらいはと、肩にかかっていた静のバック枕にしてやる。

静の元へと駆け寄る際、いつの間にか放り出してしまっていた竹槍も拾わない。これから取ろうとしている手段を思えば、今は何も持たずに両手を開けておく必要があった。


「――ったく、俺は……。くッ――。なんて、なんて、なんて――!!」


 言葉にならない己への憤りに顔を歪めながら、その憤りに突き動かされるようにして、竜昇は今度こそマンモスへと視線を向けて立ち上がる

 ポケットから呪符を取り出し、走り出す。

 ただし向かう先はマンモス本体のいるその場所ではない。竜昇がまず狙うのは、先のマンモスの感電によって力を失い、地面へと転がる石槍のところだ。


「【静雷撃サイレントボルト】――!!」


 蹴り上げ、掴み取り、魔法を込める。

 まずは一本、地面に転がる石槍を回収し、次なる目標へと狙いを定めようとした竜昇は、しかし直後に手にした石槍が強い力によって引っ張られるのを感じ取った。


「――っ!!」


 見れば、すでにマンモスは電撃のショックから立ち直り、周囲に力の波動をまき散らして再び石器を回収しようと動き出していた。このままいけばすぐさま周囲にまき散らされた石器が再び動き出し、あのマンモスの体に突き刺さる形で、今度こそ回収されるだろう。

 だがむろん、竜昇とてそれを許すつもりはない。


再起動リブート――【静雷撃サイレントボルト】」


 一番近くで宙へと浮き上がっていた石刃を呪符を持った手で掴み取り、そのまま呪符に魔力を流して石刃に対して魔法を行使する。

 使用する魔法は先ほど自身で使ったのと同じ【静雷撃サイレントボルト】。自分の処理速度では間に合わない魔法行使の隙を呪符で補い、竜昇はすぐさま掴んだ石刃を

後ろに振りかぶり、使い終えた呪符ごとがむしゃらな投擲でマンモスめがけて投げつける。

 再び電撃がマンモスの体に炸裂し、宙に浮かぶ石器群がまたも地面に落下する。


(やっぱりだ、見つけたぞテメェの弱点)


 その様子を見て、竜昇は自分を鼓舞する意味も込めてできうる限り獰猛にほくそ笑む。

 虚勢に近い態度だが、しかし弱点を見つけたというのもまた真実だ。現に竜昇は二度もその弱点を突くことで自身に迫る危機を乗り切っている。


(お前は石器を回収するとき、一度自分の体に“突き刺す形でしか”回収できない。お前が石器を回収しようとすれば、必ず一度はその体に石器が接触する)


 先ほどから見ていて、マンモスの行使する石器の能力の行程は明らかだ。

 魔力を用いて石器を射出し、その後己の体から力を発して、石器を呼び戻して自分の体に刺すことで回収する。その後もう一度体から引き抜いて魔力を込め、発射してそれを回収するというルーチンの繰り返しでこの攻撃は成り立っているのだ。

 逆に言えば、石器は回収しようとすれば一度は確実にマンモスの体に接触するのだから、【静雷撃サイレントボルト】を仕込むのにこれほどうってつけの対象はない。しかも、投げ返す投擲の精度だって適当でかまわないのだ。マンモスの能力は確実に電撃仕込の石器を自身の体へと呼び寄せてくれるのだから、どんなにいい加減に投げたとしても、その石器は確実にマンモス自身に“呼び寄せられて”敵へと命中する。


(そのうえお前は、石器を全部一斉にしか回収できない。一本一本呼び寄せたり、特定の石器だけを回収しないようにすることができないから、仕込みがされた石器も問答無用で自分の元へ呼び寄せちまう――!!)


 石斧を拾い上げて電撃を仕込みながら、竜昇は幸運にも存在していた敵の弱点の存在に感謝する。同時に思うのは、それだけの幸運を持ちながら無様にも卑屈になっていた自分への激しい怒りだ。


(ったく不甲斐ない。なんて卑屈に染まってたんだ俺は――!!)


 背後に横たわる静の存在を意識しながら、竜昇は思わず自分の不甲斐なさに歯を食いしばる。

 いつの間にか、彼女に頼り切ることを良しとしてしまっていた。自分の弱さをいいことに静の強さに縋り付いて、彼女に危険の全てお押し付けて、背後で震えている自分のありさまを、いつの間にか竜昇は容認してしまっていた。


 確かに静は天才だ。

 その才能は圧倒的で、その強さは絶対的で、なにがあっても彼女に任せれば大丈夫というような、そんな錯覚をこちらへと与えてくれる。


 けれど実際には、彼女もまた、たった一人の人間でしかなかったのだ。


 例え桁外れのセンスを持っていたとしても、超人的な鋼の精神を持っていようとも、結局のところ彼女も肉体的にはごくごく一般的な少女でしかない。

 攻撃を受ければ痛みを覚えるし、ダメージが過ぎれば動けなくもなる、竜昇と変わらないごくごく普通の人間なのだ。

 そんな簡単なことを、竜昇はつい先ほど倒れた彼女を抱え上げるまで忘れてしまっていた。

 本当なら誰よりも、そばにいる竜昇こそが、危険に飛び込む彼女の身に気を配らなければならなかったはずなのに。


「【静雷撃サイレントボルト】――!!」


 二本目の石槍をつかみ取り、竜昇は自身の中で組み上げた術式で石槍に電撃を潜ませる。

 ただしこれともう一つ、今も保持しているもう一本の石槍に関しては投げ返すつもりはない。タメが長いとはいえ一発で階段を粉々にする威力を出せるこの石槍は、間違いなくあのマンモスにとっての遠距離最大火力だ。恐らくはこの槍の一撃に関してはシールドを用いても防げない。動けない静がいるこの現状で、防御不能の攻撃手段を敵の手中に戻すような真似はどうあっても避けるべき事態のはずだ。

 マンモスの方もそれがわかっているのだろう。直後に手にした二本の石槍に対して、またも武器回収の力が働き、石槍が手の中でもがき始める。


「こっちでよけりゃ、くれてやるよ!!」


 左手一本で二本の槍を保持しつつ、竜昇は拾っておいた【静雷撃サイレントボルト】仕込みの石斧を三度マンモスへと乱暴に投擲する。

 直前でマンモスも回収をやめて引き寄せる力を解除したようだったが、幸いにも闇雲に投げた石斧はマンモスの体へと真っ直ぐに飛んで突き刺さり、その身に電撃を炸裂させてまたもその巨体を感電させる。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  護法スキル:10

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2→1


小原静

スキル

 投擲スキル:9

  投擲の心得

 纏力スキル:8

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2



保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

 集水の竹水筒

 思念符×90

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