27:ボス部屋

 その部屋の存在については、竜昇も静に対して事前に知らせていた。

 なにしろこの手のゲームにはつきものの、不問ビルならば外さないだろう王道パターンである。


「ボス部屋、ですか……?」


「ああ。この手のゲームはさ、大抵その階層ごとにボスがいて、その階層の最後の部屋でそのボスと戦う羽目になるものなんだよ」


 埴輪や古墳の写真と言った展示物が並ぶ古墳時代のコーナーで、ガラスケースを背に床に座り込みながら、竜昇は目の前に座って話を聞く静へとそんな情報を投げ渡す。

 対する彼女は竜昇の話に耳を傾けながら、それと同時進行で手に持ったおにぎりを口へと運んでいた。


 ちなみにこのおにぎり、先ほど静が一人で倒した敵が、消滅と同時にその場に残していったドロップアイテムだった。レベルも上がらず、倒したもう一体の敵のドロップアイテムもガラクタばかりだった現状では、これが唯一の線かと言えるアイテムである。

 これがドロップしたことで、いよいよ食料確保の手段が嫌な感じに判明したり、すでに古墳時代に差し掛かっているのになぜか白米のおにぎりがドロップしたことに妙ないい加減さを感じたりしたのだが、しかしそれ等ももう今さらな感じがあり、もはや竜昇たちも気にしなくなっていた。

そもそもの話、竜昇たちがビルに入ってから、なんだかんだですでに四時間もの時間が経過している。戦闘という運動の前の食事もどうかとは思ったが、いい加減空腹を感じる時間だったことも相まって、周囲の展示物をバリケード代わりにして身を隠し、ドロップした三個セットのおにぎりを二人で分け合って簡単な食事をとることにしたのである。

ボス部屋という、この先にありそうなものの存在が話題に上ったのは、まさにそんな食事の最中のことだった。


「それはつまり、この先の部屋にボスと呼べる強敵が待ち構えている、という認識でよろしいのでしょうか。先ほどの陰陽師や、その前の大名のような」


「ああ、それも下手をすればそれより上の敵がな」


 自身もドロップ品であるおにぎりを口に運びながら、竜昇はこの手のゲームの王道を淡々と静に語り聞かせる。

 先ほど竜昇の左手に手傷を負わせた陰陽師。そしてシールドによって身を守れたとはいえ、静を腕力に任せてぶっ飛ばすという力技を示した巨大大名。この博物館で遭遇した中でも特に厄介だったのはこの二体だが、今にして思えばこの二体はこの階層の中ボスだったのではないかというのが竜昇の見解だ。ならば当然、いや、もしそうでなかったとするならなおさらに、この先にいると思しきボスはそれら二体よりも上の存在であることが推測できる。


「そうですか。でしたら、そこさえ越えてしまえばとりあえずひと段落ということになるのでしょうか」


「まあ、その先に何が待っているかわからないから絶対とは言えないけど。でも、とりあえずここであんまり長時間休むのは無理だと思うから、まずはその先に希望を託すしかないかなと思ってる」


 言いながら、竜昇は周囲に視線をやって改めてこの博物館内部の状況を確認する。

 途中にあったジオラマの空間を通り過ぎたためか、ガラスケースと展示物だけが並ぶ空間は多少狭くなってはいたものの、元々の建物が大きいせいなのかやたらと広々と作られている。

 それが何の問題があるのかと言えば、はっきり言ってこの空間は見晴らしがよすぎるのである。

 現在のところ竜昇たちは休憩などをする場合展示物の影に隠れて、周囲を警戒しながら体を休める形をとっている。

 これはいつ敵と遭遇するかわからない点、さらには魔法や飛び道具による狙撃の危険から避けては通れない状態だったのだが、しかしこんな場所では食事くらいの小休止はできても、睡眠のような長時間の休息をとることは到底できそうになかった。

 どこかで眠ろうと思うなら、この博物館よりももっと身を守りやすい場所を探す必要がある。


「できれば敵が来ない、あるいはいざという時に立て籠もれる部屋なんかが有れば一番いいんだけど……」


「そうですね。互情さんの言う通り、この博物館を抜けた先に安全地帯がある可能性があるなら、もう一頑張り、そのボスというのを破ってでも先に進んでおくべきでしょう」


 おにぎりの最後の一欠けらを口にして、静は鞄の中にあった集水の竹水筒の中、水筒自体がため込んでいた水を飲む。

 竜昇の方も残るおにぎりの内、静と半分に分けた最後の一個を急いで口の中に押し込んで、とりあえずの食糧補給を完了させた。


 この時、竜昇はもはや、例え相手がボスであろうとも、静が勝利することを微塵も疑っていなかった。

 きっとこの先何が起こっても、どうせ静が何とかしてしまうだろうと、自覚がないままにそんなことを心の奥底で思ってしまっていた。


 結局その後竜昇と静は、休息の後に荷物をまとめてその場を出発し、わずか十分少々でボス部屋と思しき場所へとたどり着く。

 仲たがいしているわけではない、しかしどこか噛み合っていないような、そんな状態で。

 この階層最大の敵が待ち受けるだろう、石器時代を模した展示が立ち並ぶ、この博物館の最奥へと。






 ガラスでできた扉を開いた先にあったのは、巨大な吹き抜け構造になった円形の空間だった。

 竜昇たちが入場した扉から、左右に円を描くように壁際に通路が伸びており、ちょうど外入り口の反対側にあたる位置から階段で下に下りられるようになっている。


「これは……、なるほど。下はこうなっているのですね」


 壁の反対側、通路の手すりの向こう側を、先に下を見下ろしていた静に続く形で見下ろせば、下には土の地面が敷き詰められ、その上で毛皮の衣装をまとった男たちが石槍や石斧を掲げているのが見えている。

 一瞬敵かと警戒したが、どうやらただのマネキンらしく動く様子は微塵もなかった。どうやらこれもまた何かの展示物であるらしい。


「狩りか何かの様子でしょうか。全員がこちらを向いているところを見ると、この真下に相手となる動物の模型があるのでしょうが」


「確かに……、槍を自分達より大きな生き物に突きつけているように見えるから、その可能性は高いかもな」


 見れば、下に並ぶ人形たちは、ちょうど竜昇たちのいる真下あたりを見つめて武器を構えており、竜昇たちのいる床のその真下に彼らが狩ろうとしている獲物がいるのが推察できる。

 一応念のためにとすぐさまその場を移動し、直前まで自分たちがいたその場所に何がいるのかを覗き込んで確認すると、そこにあったのは案の定、巨大なマンモスと思われる存在の標本だった。


 ただし、予想とは少しだけ違った点もある。確かにマンモスであることは当たっていたのだが、しかしそこにあったのは同じマンモスでも他の人形とは違って精巧に作られたマンモスの人形ではなく、骨だけで形成された骨格標本だったのである。

 通路を階段に向かって歩きながら、一通りその様子を観察し、竜昇と静はとりあえず下の階へと注意しながらも降りることにする。


「敵……、特にボスと呼べそうな相手は今のところ見られませんね」


「……確かに、見たところ室内にそれらしい相手はいないな。あるのはマンモス狩りのジオラマがあるだけか」


「そうですね。……ですが、少しおかしくないですか? これだけ人間のジオラマを精巧に作っているのに、それと向かい合っているマンモスが骨だけというのは……」


「……確かに。そう言うものなんだと言われればそうとも思えるけど――、ッ!!」


 静の指摘を竜昇が吟味し始めるのと “それ”に変化が生まれるのとは全く同時のことだった。

 気配を感じて見上げた先に、ここに来るまでに何度も目の当たりにした赤い核が突如として姿を現し、それが黒い煙のような魔力を纏ってマンモスの骨格標本の中へと入っていく。


「――互情さん」


「――っ、ああ――!!」


 それこそが敵なのだとすぐさま理解して、すぐさま竜昇は準備していた【雷撃ショックボルト】を、静がウエストポーチから電撃仕込の永楽通宝を取り出して同時にマンモスの骨格標本へと叩きこんだ。


 敵の変貌など待つつもりもない、先んじて攻撃を仕掛けてそのまま一気に押し込んでしまおうというそんな判断は、しかしマンモスの骨格とは別に動いた物によって両方とも阻まれることとなった。


「――なに!?」


 雷撃ショックボルトと投げ銭。二つの攻撃がそれぞれ一振りづつの石器によって阻まれる。


 目の前に飾られた男たちの人形が手にしていた石槍と石斧。その二つが同時に人形の手から滑り出して、石槍が雷撃ショックボルトを、石斧が投げ銭をそれぞれ受け止め、盾となったのだ。

 いや、動きだしたのは、攻撃を阻んだその二つだけではない。


「……これは」


 竜昇たちの目の前で、男たちが掲げる石器の数々が、一斉にその手を離れて宙へと浮き上がる。

 どうやら石器は地面にもあちこち散乱していたらしく、さらには壁際のガラスケースなどに飾られていた石刃もガラスを割って飛び出して、一斉に室内全ての石器が、まるで何かに操られるように空中へと浮かび上がった。

 同時に、核と共に黒い魔力を取り込んだマンモスの骨格が変貌を始める。

 赤く輝く核がマンモスの頭蓋骨の中へと入り込み、虚ろだった眼窩から赤い光を迸らせて骨格がゆっくりと動き出す。

 同時に黒い魔力が骨格全体を包み込み、さらにその背中側を中心に骨格標本の体に茶色い毛皮のようなものが表出し、その全身に上から覆いかぶさるようにしてその面積を広げていく。

 そんなマンモスの背中にかぶさった毛皮に、今度は周囲に浮かぶ石器の数々が次々に突き刺さる。


「……!?」


 突然の自滅行為に何事かと思ったが、どうやら事はそう単純なものではないようだった。

 見れば、背中に大量の石器を突き刺したにもかかわらず、マンモスの体からはダメージを受けた時特有の黒い霧の漏出はなく、まるで収めるべきところに収め、体の一部とするように、マンモスは次々と己の体に石器を突き刺していく。


(これは……!!)


 出来上がるのは、骨格の上から黒い魔力の肉をかぶり、その上にさらに毛皮を纏い、さらにそこに大量の石器を突き刺した半骨のマンモス。

その全貌は背中側や頭こそ毛皮に包まれてこそいるが、お腹側や足の先から黒い魔力に包まれた骨が露出しており、全身に石器を突き刺したその姿も相まって、その姿は定めしマンモスの怨霊かゾンビと言ったありさまだった。


「なるほど、これは確かに骨が折れそうです」


 目の前の存在の異様さに何か思うところがあったのか、呆然とマンモスの完成を見つめていた竜昇の横で、静が一言、そんな言葉を漏らす。


 同時に、己の体を完成させたマンモスが、その巨大な足で土のしかれた地面を踏みしめる。

 まるで狩られた恨みを晴らそうとする怨霊のような怪物が、目の前の人間を殺すべくその不気味な体で動き出す。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:10

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2


小原静

スキル

 投擲スキル:9

  投擲の心得

 纏力スキル:8

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2



保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

 集水の竹水筒

 思念符×90

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