26:思念符
四角く切った和紙に穴をあけ、紐で一つにまとめたような小さな紙の束。当初はただの紙かとも思ったのだが、鑑定アプリを向けてみると【思念符】なるよくわからないアイテム名が表示された。
改めて画面をスクロールして、その特殊効果に一通り目を通す。
「効果は術式の保存……。この紙を持って魔力を流し、術式をイメージすることで、その魔法を保存する。術式を保存した思念符は呪符へと変わり、必要な魔力を注ぐことで保存した魔法を使用できる、とありますね」
少々説明がないと扱えないアイテムであるせいか、いつもより少しだけ丁寧な解説がなされたその説明書きを静は淡々と読み上げる。
その内容から推察する限り、どうやら特定の誰かにしか使えない魔法を他のメンバーにも使えるようにするアイテムらしい。だから例えば竜昇がこの思念符に【
ただし、呪符は一回使うごとにその効力を失い、新しく術式を刻むこともできなくなる。つまりは使い捨てのアイテムらしく、そのためなのかドロップした思念符の紙束は、数えてみるとなんと百枚もあった。
「『保存できるのは完全術式化された
「多分、それがマジックとアビリティの違いなんだと思う」
静の疑問に、同じように鑑定アプリで説明文を読んでいた竜昇がそう発言する。どうやら彼には、この説明文で言っていることの大体の見当が付いたらしい。
「両方習得してるからわかるんだけど、どうもこのビルで使える魔法的な技術にはこの術式化って言うのがされているものとそうでないものがあるみたいなんだ。いや、これは多分魔力を操作する手法が二通りあると言えばいいのかな……。たとえば小原さん、小原さんの【纏力スキル】は、魔力をどんな感じで操作してあの形にまで持って行ってる?」
「どんな感じ、と言われると少々説明が難しいですね。何というか、ほとんど感覚で操っているようなものなので……」
「ああ、やっぱりそっちなのか。ならたぶん、こっちの【護法スキル】と同じだな」
そう言って、竜昇は頭に手を当て、少しだけ考えるようなしぐさを見せる。
どうやら彼にしても、適切な言葉を見つけるにはそれなりに難しいものらしい。とは言え、静と違い魔法的なスキルを二つも持っている竜昇の方が、やはり理解は進んでいるのか、少ししてなんとか適切な言葉を見つけたらしく静の方へと視線を戻してきた。
「さっき小原さんも言ってたけど、俺の【護法スキル】や小原さんの【纏力スキル】は、感覚で魔力を操る技法だ。自分の中にある魔法を、手で粘土をこねて形を作るみたいに、特定の形、性質に整えて、それを放出したり、特定箇所に纏わせたりして望む効果まで持って行く」
「そう、ですね。言っていることは何となくわかります」
「たいして、【魔法スキル・雷】なんかの魔法はそれとは少し違う。何というかこっちは、術式と理論で操る技術なんだよ。神造言語って言う魔力に干渉できる言語、それからなる術式を頭の中で唱えるというか、想起するというか……。とにかく、頭の中でそう言った術式を用いて魔力そのものに『命令』して、それで魔力を望む形へと変化させる」
竜昇の説明に、ようやく静は先ほどの思念符の、完全術式化されている魔法に限るという、その文言の意味を理解する。思念符というアイテムが、変にイメージだけで術式を刻めてしまうがゆえにわかりにくかったが、要するに“書ける”か否かが分かれ目なのだろう。
竜昇は粘土細工に例えていたが、静にしてみればこの場合は料理と考えた方がわかりやすい。アビリティが『砂糖をチョビッと、塩をすこーし加えて、後は適当に煮込むだけ』というような、本人の感覚と目分量に依存する技術ならば、魔法は『砂糖二グラムと塩一グラム加え、その後二分間に込む』と言ったような、明確な
そしてこの思念符に刻めるのは、この
「まあ、俺の使う魔法にしたって、全部を全部術式でやらなくてもいいみたいなんだが。実際、発動速度を速めるために、一部の行程を感覚で操作するやり方みたいなのもレベルが上がって覚えたし」
「ああ、やはり感覚で操る手法の方が発動は早いのですね」
「ああ。その代り術式で操る技術の方が効果が安定してるし、より複雑な効果のものも生み出せるみたいなんだけど」
それについては静がスキルから得ている知識や、自身で実際に魔法染みた力を使っての感覚でもなんとなく理解できた。
さっきの料理の例えで言うならば、要するに『砂糖二グラムと塩一グラム』と言った分量を精密に測る時間と手間を省く代わりに、出来上がった料理の味にバラつきが生まれるようなものなのだろう。より複雑な効果の魔法というのがどういった物かは現状では不明だが、しかし料理にしたところで時間と手間をかけた方が手の込んだものが作れるのは同じである。
(そうなると、やはりこの思念符なるアイテムの有用性は相当に高いですね)
スキルによって与えられた知識を二人で一通りさらって、そのうえで静は目の前にあるアイテムの有用性を考える。
術式を保存して、魔力を流すだけでそれを使えるようにするというその効果は、一見すると魔法を習得していない、静の方にばかり利のあるアイテムのようにも思えるが、思考による操作という一行程を丸ごと省略して魔法が使えるこのアイテムならほとんどノータイムで魔法を放つことも可能になる。
比較してもせいぜい数秒程度ではあるだろうが、その数秒が大きな差を生むことはこれまでの戦闘で経験済みだ。もし静の予想が正しければ、これは竜昇にとっても素早く魔法を放つことができるようになる、相当に強力なアイテムであると言える。
とは言え、静はそれがわかってもこのアイテムの配分についてそれほど揉めることはないだろうと考えていた。幸い思念符は百枚もあるのだ。
使い捨てのアイテムとは言えこれだけあれば二人で分けても十分な量を使うことができるだろう。
「では互情さん、この思念符の使い道ですが――」
「小原さん、このアイテムの使い道だけど――」
と、静がアイテムについて理解し、その用途を提案しようとしたちょうどそのとき、ほとんど同時に竜昇の方からも、同じように声がかけられる。
まるで示し合わせたかのように同じタイミング。ただ一つ違ったのは各々が提案しようとしていた思念符の、その運用法についてだった。
「そのアイテムは、全部小原さんの方で使ってくれていいよ。魔法は種類と数を指定してくれればその通りの呪符を作るから、小原さんの判断で要望を出してくれ」
特に悪気もなく、しかし同時に覇気もない様子で、竜昇がそんな提案を静に対して投げかける。
まるで何かを割り切ってしまったかのように。どこかあきらめにも似た、そんな色が浮かんだ表情で。
「え――」
その言葉を聞いた時、なぜだか静はその言葉に強すぎる引っ掛かりを覚えた。
「――全部私がですか?」
意見の相違と、そう言ってしまえばただそれだけの話だ。実際二人の人間が異なる見解を持ったからと言って、それは言ってしまえば普通にあり得る当然のことで、取り立てて騒ぎ立てるようなことではなかっただろう。
だがこの時、静には今の竜昇の意見が、それだけで済ませていいものには思えなかった。
「……ですが、互情さん。これだけの数があるのですから、いくらかは互情さんが使ってもいいと思うのですが。発動速度の面など、いくつか互情さんの方にもメリットはありますし……」
だからというわけではないが、静は竜昇の意見に対し、そんな風に自身の考えで反論する。
もとより、静は思念符については分配する形で考えていたのだ。いくらなんでも百枚すべてをもらうというのは、少々戦力的にも偏りすぎる気がする。
「いや、確かにそう言うメリットもないわけじゃないけど、そもそもこれに刻める魔法は俺の方は自前で使えるものばかりだ。このアイテムがもたらすメリットは、魔法系のスキルを一切持っていない小原さんの方が大きい」
再び返される、一見筋が通ったそんな論理。
いや、一見も何も、実際筋は通っているのだ。静とてこのアイテムが自分にもたらすメリットと、戦力を集中させることの意味合いくらいは理解できる。
だがなぜだろう。どうしても静かには、竜昇の意見を受け入れることへの忌避感がぬぐえない。これではいけない、これは不味いという感覚が、いつまでたっても静の意識の中について回る。
幸いと、そう言っていいのかは定かではないが、しかしその感覚の正体には、静もすぐに気づかされることとなった。
他ならぬ、互情竜昇自身の発言によって。
「それにさ、思念符にありったけの魔法を保存して持っていれば、最悪俺がいなくても小原さん一人でなんとでもできるだろう?」
「――!!」
悪気なく、さらりと口にされたそんな言葉に、思わず静は言葉を失い、息をのむ。
わかってしまった。そのたったの一言で。先ほどから静の中で引っかかっていたものの正体が、静自身が、いったい何を危惧していたのかが。
(互情さん……、互情さんはもう……)
自分が動けすぎていることは理解していた。そんな自分の活躍が、竜昇に対して実力差を見せつける結果となってしまったことにも思い至っていた。
だが、根本的になところで、強すぎる静はわかっていなかった。
自分の弱さを理解してしまった人間が、自分より強い相手にどんな感情を抱くのかを。
(互情さんは、自分がいなくても私が戦えるようにしたいのですか……?)
胸に抱いた問いかけを、しかし静は言葉にすることがはばかられた。
無遠慮に正解を言い当ててしまうことで、二人の間に何が起きるか、静にはまるで想像がつかなかったからだ。
代わりに静は、己の胸の内だけで、竜昇への問いかけを繰り返す。
静には竜昇が何を思ってそんな風に、静が一人でも戦えるようにしようとしているのかはわからない。
単純な戦力の集中を図っているのかもしれないし、戦闘全てを静かに押し付けようと画策しているのかもしれない。あるいは自身が死ぬことを想定して、せめて静に自身の戦力を一部でも残そうとしているのかも知れない。
わからない。それが戦略なのか陰謀なのか、はたまた思いやりなのかを静には全く推察できない。
唯一静に分かることがあるとすれば、ただ一つ。
(互情さんはもう、私と対等に歩いてはくれないのですね……)
再び静の胸の内を失望感が満たす。
期待外れだと、そう感じた時よりも、あるいはその落胆は大きなものだったかもしれない。
竜昇が自分と同類でないことはもうわかっていた。彼がな普通の人間で、自分が異常な存在であることはもう理解していた。
けれどそれでも、静は竜昇に、互いに対等な存在としていてくれることを望んでいた。
自分の異常性を認識して、それでも自分と共に歩いてくれる人間が欲しかった。
けれどその望みは、もはや潰えて叶わない。
他ならぬ静自身の異常性が、その可能性の芽を自ら詰んでしまった。
「――互情さん、提案があります」
理解した全てを胸の内に押しとどめて、静はポーカーフェイスを顔に張り付けたまま、目の前の思念符の使い道で、思いついた案を竜昇へと投げかける。
「この思念符ですが、いくらなんでも今全てに魔法を刻んでしまうのは早計というものでしょう。呪符として使う場合、どちらの魔法の方がが使用頻度が高いかもまだわかりませんし、この先互情さんや私が、新たに何らかの魔法を習得する可能性もあります」
「……まあ、確かに」
「ですから、……そうですね、十枚。私と互情さんでそれぞれ五枚づつ、【
百枚という思念符の枚数から適当に作る呪符の数字を設定し、静は竜昇に対してそんな風に提案する。
実際この方法ならば、どんな魔法の呪符をどれだけ作ればいいかわからない現状無駄は生まれにくいし、後々新しい魔法が発現してもそれの呪符を作るだけの余地が残る。どちらがどんな呪符をどれだけ必要とするかも、そうして使って行けばある程度見えては来るはずだ。
残る呪符の配分をどうするか、あるいはその方法をなくなるまで取るかは、ある程度呪符が減ってから改めて相談すればいい。
竜昇もその方法の方が合理的だとは思ったのだろう。若干迷うようなそぶりは見せたものの、結局なにがしかの割切りがあったのか、最終的には静に対して、了承の意を伝える頷きを返してきた。
「では決まりです。申し訳ないのですが互情さん、さっそく作業をお願いします。その間の周囲への見張りについては、私の方でお引き受けいたしますので」
呪符を十枚数えて竜昇へと差し出して、静は竜昇の姿を視界から外すように立ち上がる。
もはや自分ではどうにもできないと、そう考えて静は、己の中できっぱりと未練にも似た感情を切り捨てた。
それでもこのビルで生き延びるには役に立つはずだと、そう思うことで自分の異常性を割り切った。
そうすることしか、できなかった。
その後、武器の方にも魔法をかけなおし、それから二人が再び出発するまでにはそれほど時間はかからなかった。
出発してすぐ、竜昇たちは立て続けに二体の敵へと接触したが、結局その二体はほとんど問題にもならず、あっさりと静の手によって葬られた。
いっそワンパターンと言ってもいい手順で。武器に仕込んだ電撃で自由を奪われ、静に顔面の核を砕かれて。
それを見ていた竜昇が、もはや静が負けるところなど想像もできなくなるほど、圧倒的と言ってもいいくらいの、そんな調子で。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:13
護法スキル:10(↑)
守護障壁
探査波動
装備
再生育の竹槍
雷撃の呪符×3
静雷の呪符×2
小原静
スキル
投擲スキル:9
投擲の心得
纏力スキル:8
二の型・剛纏
四の型・甲纏
装備
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
永楽通宝×10
加重の小太刀
雷撃の呪符×3
静雷の呪符×2
保有アイテム
雷の魔導書
黒色火薬
集水の竹水筒
思念符×90
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