22:待ち伏せ
「……互情さん」
「ああ。お待ちかねみたいだな」
周囲の展示スペースが鎌倉から平安の時代へと移ろうとしていたころ、その相手はまるで待ち構えるような態度でそこに立っていた。
烏帽子をかぶったまるで公家のような恰好。だがその手に持った紙の札のようなもの、何らかの術式と思しきものが書かれた呪符の存在が、この相手がただの公家とは違う存在であることをアピールしている。
「定めし相手は陰陽師、と言ったところでしょうか」
「って言うことは術師タイプかな?」
これまでとは違い、隠れる場所もない中で出合い頭に互いが互いの存在を認識してしまった現状。睨み合いのような状況のそんな中で、竜昇は静とそんな風に相手の正体や戦闘スタイルを推測する。
見たところ両手の呪符以外に武器らしいものは持っていない。格闘技でも使ってくれば別だが、呪符があるだけで武器が無いとなれば残る戦闘スタイルは完全な後方支援型だ。となれば、そうした相手への対処法はおのずと決まって来る。
「――先手必勝です」
言って、瞬く間もなく静が腰の後ろから十手を引き抜き、その手に永楽通宝を隠しもって一直線に陰陽師へと突撃する。
同時に、竜昇も静を巻き込まないよう射線をずらしつつ右手に魔法を準備する。
できれば不意打ちで一撃入れてしまいたかったが、相手が通路のど真ん中に、陣取って待ち構えていたためそれは不可能だった。どうやら相手は自身も隠れない代わりに竜昇たちを見つけやすい位置を確保して待ち構えていたらしい。
ならば相手の初撃をシールドで受けるつもりで静が突っ込み、とにかく相手に一撃かまして素早く相手を制圧する作戦に出る。実際の攻撃が竜昇の魔術になるか静の投擲になるかはわからないが、相手が術師タイプならばどちらかが狙われた隙にもう一方が攻撃する形で何とか対処ができるはずだ。
そう意図し、突撃する静の背後で真横へと移動した竜昇に対して、陰陽師は自分に迫る静を半ば無視する形で注意を向けて来た。
どうやら静ではなく竜昇を狙っているらしい。自身が狙われているというのは気分のいいものではなかったが、それでも自分を狙ってくれるなら静が相手を仕留めればいい。
そう思いつつ、しかし同時に竜昇は違和感も感じる。他でもない、陰陽師がこちらを攻撃してくるのなら、静の方にはいったいどう対処するつもりなのだろうと、竜昇が静の方へと意識を割いたその瞬間、まさにそのタイミングで、視界の隅にいる静の方にも、突如何かの影が迫るのが見えた。
それも前後や横からではない。走り寄る彼女の、その死角となるすぐ真上から。
「――上だ、小原さん!!」
とっさに叫んだその瞬間、走る静がすぐさま反応し、進路を斜めに変更するように飛び退いて、落下して来た何かの攻撃をどうにか回避する。
同時に、落下したその相手が地面へと着地して、その八本の足で大地を捉えて静に対して構えをとった。
「こいつは――!!」
現れたのは、あまりにも大きな一匹の蜘蛛。その大きさが大型犬ほどもあったことにまず驚いたが、もっと驚いたのがその蜘蛛の体が完全に緑色の植物でできていたことだった。
「なんだこいつ――」
「互情さん、来ます――!!」
突如乱入して来た怪物に驚く竜昇に、静が鋭くそう警告を飛ばす。
みれば、目前で呪符を手にした陰陽師が、蜘蛛に気を取られた竜昇に向けて今まさに炎の塊を撃ち込もうとしていたところだった。
「――ッ、シールドォ!!」
とっさに【護法結界】を張り、迫る炎弾をどうにか受け止める。
爆炎と煙に視界を覆われ、しかしそれでもどうにか急な一撃から竜昇は自身を守り切る。
「互情さんッ!!」
「大丈夫だッ!!」
互いに声を飛ばしあう中でも、静の動きは鈍っていない。
まるで茨のツタで体を編み、最後に背中に花を咲かせたような、そんな蜘蛛の怪物を相手取って、静は次々とそんな相手の攻撃から身をかわす。
蜘蛛が空中に身を躍らせ、その八本の足、それを形作る茨が伸びて次々と静に襲い掛かるが、静はそれを身をひるがえし、淀みの無い動きで回避して隙を見て手の中の永楽通宝を投げつける。
接触すればそれだけで感電する古銭の投擲。しかしそれに対して蜘蛛の方は、一発目にはびくりと体を痙攣させたものの、直後に茨の足のうちの一本を地面へと突きさし、その状態で続けざまに投げつけられた投げ銭を別の茨で叩き落として見せた。
(足の一本をアースの代わりにして、電撃を地面に逃がしてるのか……!!)
続けざまに投げつけられた電撃仕込の古銭をまたも茨の足で叩き落とし、しかし茨の蜘蛛は大したダメージを受けた様子もなく、まるで威嚇するように一番前の足一組を静に向けて身構える。
いつでも静かに茨を伸ばせるそんな態勢。そんな攻撃姿勢で静の動きをけん制する中、同時に、先ほど竜昇に炎弾を放った陰陽師もまた次の魔法を発動させていた。
手にした呪符、その一枚を足元へと無造作に投げ出し、直後にその呪符が光を発してその形を変貌させる。
周囲から塵芥が集まり、床板が剥がれ、その下のコンクリートすらチリへと変えて吸収し、やがては竜昇の背丈とそう変わらない、ゴツゴツとした質感の人型へと変貌して陰陽師を守るように立ちはだかる。
「おいおい、お前それでも陰陽師かよ……」
相手が陰陽師なのだから、なにが出てきても式神と表現するべきなのかもしれないが、しかし現れた土の人形はまさしくゴーレムというその名前のイメージにピッタリなものだった。まるでバラの花をモチーフにしたような蜘蛛の存在を考えても、どうにも和風テイストの陰陽師との間に齟齬を感じる。
「ったく西洋にかぶれやがって厄介なもの生み出しやがって」
ぼやきながら、竜昇は生まれ出たゴーレムの体を観察してその戦力を図る。特に武器などは持っていないようだったが、あの体格と質感なら殴られただけでも相当に脅威だ。材料が材料だけにどこまで強度があるかはわからないが、それでもゴーレムという相手にはどこか硬く頑丈なイメージがある。
「妙な敵が一体増えましたね。合計三体、少々厄介な相手でしょうか」
「……いや、こいつは多分普通の敵じゃないよ」
一度下がってきた静の声に、竜昇は冷静になろうと努めながらこの三体の相手を分析する。
最初に見つけた陰陽師は恐らくこれまでと同じ一体の敵なのだとは思うのだが、一方で次に出て来た茨蜘蛛とゴーレムには若干の違和感がある。
単純にこの博物館にそぐわないというのも違和感の一つではあるのだが、やはり注目するべきは後から現れたゴーレムの出現方法だった。まるで陰陽師が今この場で作ったかのような出現方法、これは新たな敵が現れたというよりも、むしろ陰陽師が自身の力で召喚したかのような印象を受ける。
「この陰陽師、恐らく召喚術師みたいな能力の持ち主だ。あの蜘蛛とゴーレムは恐らく別個の敵じゃなくて、あの陰陽師が自分の力で作ったものだと思う」
「どちらにしろ厄介ですね。単純に数が多いというのも懸念事項ですけどあの二体、後ろの陰陽師と違って核のようなものが見えません」
そう、それこそが今この場で最も竜昇たちの状況を悪くしている一番の要因だった。
これまでの敵が相手ならば、核という明確な弱点がある分対処はしやすかった。もちろん、弱点部位を攻撃できるようにするため隙を作る必要はあったが、そこさえ攻撃できれば倒せる箇所があるというのはやはり攻める側としてはやりやすい話だったのである。
だが見たところ、陰陽師が召喚したと思しき蜘蛛とゴーレムに核のようなものは見受けられない。しいて言うならゴーレムが生まれるにあたって核になったと思しき呪符の存在が挙げられるが、しかしその呪符はゴーレムを形作るコンクリートに飲み込まれてその体内の奥深くだ。正直攻撃力に欠ける竜昇たちではこの相手の強固な肉体は破壊できそうにない。
では突破口があるとしたら、それはいったいどこになるのか。
「どうやら、さっそくこの刀が役にたつ時が来たようですね」
鞘から刀を引き抜き、同時に静の全身が赤いオーラに包まれる。
「……【剛纏】」
肉体のパワーを底上げする、魔力によって形作られる赤いオーラ。
先ほどの戦闘時に使ってみた際には、試しという意味合いが強く実際にはあまり必要とされなかったが、この相手にはこれくらいの強化はむしろ有効と言えるだろう。
「あの蜘蛛とゴーレムが予想通り召喚系のスキルの産物だとしたら、たぶんあいつらを倒してもさして意味はない。狙いは術師である陰陽師一択だ」
「わかりました」
言葉を交わし、すぐさま竜昇は静と別れて走り出す。
静が正面から陰陽師の元へ向かうのに対して竜昇は左。陰陽師の側面に回り込むようにして、狙いを分散させるのが目的だ。
もちろん、隙あらば電撃を叩き込んで動きを封じにかかるつもりでいたが、しかし生憎と陰陽師の視線は竜昇の方を注視し追っていた。
再び陰陽師が呪符を構え、陰陽師の目の前に再び炎の塊が形成される。
「うおっと!!」
迫る炎弾をシールドで受け止める。走りながらでは襲い来る衝撃に体勢を崩されると踏んでとっさにその場で足を止め、炸裂する炎を障壁で受け止めて完全にその身を守り切る。
「――ッ!?」
直後にシールドの向う、炎が生み出した煙の向うから突然土の塊がシールドを殴りつけ、炎弾を受け止めたばかりの竜昇のシールドにヒビを入れた。
「――こいつッ!?」
みれば、シールドと爆炎の向うから、まだ残るだろう熱などものともせずに先ほど形成されたばかりのゴーレムが拳を突き出している。
感覚を持たず、半端な熱ではダメージさえ受けないゴーレムを炎弾の巻き添えも気にせず突っ込ませるという、そんな召喚スキルならではの戦法を理解して、竜昇はとっさにゴーレムから距離をとるべく地面を蹴っていた。
だがそんな竜昇の判断に、静から鋭い注意が飛ぶ。
「ダメです、互情さん――!!」
言われて、なにが駄目なのかもわからぬまま、それでもとっさに体が反応したのが幸運だった。
ゴーレムから離れたその瞬間、巨大な鋼の杭のようなものが竜昇のシールドへと直撃して、ヒビの入ったそれを一瞬で叩き割り、竜昇のすぐ真横をかすめて背後にあったガラスケースの展示台を粉砕したのだ。
「――なっ!!」
見れば、迫るゴーレムの向う、今しがた杭が飛んできた方向に、カラスのような鳥形の召喚獣がもう一体飛行している。黒いその身は先ほど通り過ぎた杭とよく似た金属質な光沢を放っており、それだけで今真横を通り過ぎた攻撃がこのカラスによるものであることが推察できた。
否、飛び込んできた攻撃はただで竜昇の真横を素通りしたわけではない。
「――う、お――」
鋭い痛みを感じて左手に注意を向ければ、竜昇の左腕がざっくりと裂けて夥しい量の血があふれ出していた。
とっさに左腕を抑えるが、そんなことをしているヒマすら今はない。
そのことに気付いた時にはすでに遅く、もはや目の前には追撃を図るゴーレムが間近まで迫っていた。
(―-まずい)
脇に折りたたまれるように引き絞られる土塊の拳。繰り出される拳撃を予想して、竜昇はとっさに、その拳からの回避を選択する。
ゴーレムが拳を解き放つ。その瞬間に体を投げ出して、どうにか敵の攻撃から逃れようとして。
「――がッ、あ……!!」
直後に強烈な衝撃が立て続けに、竜昇の腹と肩へと炸裂していた。
(――な、ん……!!)
回避のために地面を蹴ろうとしていた足がよろめくだけに終わる。見切れると思っていた敵の拳は、至近距離では目で捉えることすら許さない。
そして何より、体の動きが思っていたよりはるかに鈍い。
(こんな、こと……!!)
体が思うように動かない。物理的に拘束されているわけでも、何らかの異常を体に感じているわけでもないのに、竜昇の体は拳を避けなければという意識に反して、ひどく緩慢にのろのろとその場でただバランスを崩していく。
当然、そんな無様な動きで、ゴーレムの攻撃範囲から逃れられるはずもなく。
「互情さん――!!」
静の叫びが耳へと届いた時にはすでに遅く。
容赦のないゴーレムの拳が再び竜昇の腹へと直撃し、その強烈な衝撃に竜昇の体はなす術もなく背後へと吹っ飛んだ。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:13
護法スキル:8
守護障壁
探査波動
装備
再生育の竹槍
小原静
スキル
投擲スキル:8
投擲の心得
纏力スキル:7
二の型・剛纏
四の型・甲纏
装備
磁引の十手
加重の小太刀
武者の結界籠手
小さなナイフ
永楽通宝×10
保有アイテム
雷の魔導書
黒色火薬
集水の竹水筒
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