21:刀の扱い

 【加重の小太刀】。

 竜昇たちにとっては待ちに待っていたメインウェポン、それもただの刀ではなく特殊効果持ちとあれば、竜昇自身、こんな状況でも否応なくテンションも上がろうというものだったが、しかしだからと言って、鑑定アプリによって表示されたその特殊効果はお世辞にも強力なものだったわけではなかった。

 むしろその効果は酷く使いどころの難しいもので、『魔力を注ぐことで、その量に応じて重さを増す』というものだった。


「要するに任意で重くなる刀、ということでいいのでしょうか?」


 実際に太刀を手に取って、静は一緒にドロップしていた鞘からそれを引き抜き、魔力を流してその重さの増減を実際に試して確かめる。

 とは言え、やはりと言うべきなのか静の細腕ではあまり重さを増やすと刀を扱いにくくなるらしい。何度か重くなりすぎた刀に腕を落としているその姿は、先ほどまでの戦いぶりを知らなければいっそ危なっかしくも見えてくる。


「どうだろう。その刀を装備するとしたら、やっぱり接近戦をする小原さんの方だと思うんだけど」


「……ええそうですね。とりあえず使う分には問題なさそうです。先ほど使っていても、それほど刃渡りがある武器でもないので扱いやすかったですし、私の場合【剛纏】で得られる筋力もあります。特殊効果の方は使いどころは難しいですけど、最悪ただの刀として使うこともできますから。ただ――」


「――ただ?」


「いえ、先ほど実際に使って見て思ったのですが、刀というのは意外に斬れないものなのだなと思いまして」


 確かに言われてみれば、先ほど静がこの刀を携えて戦闘を行った際、静はやはり的確な動きで斬り付けてはいたものの、その切れ味はお世辞にもいいものとは言えなかった。

 まったく斬れないというわけではないのだが、どうにもまだ金属の塊を振り回しているだけという印象が強い。


「一応聞いておくけど、刀を使う時に使ってた【甲纏】のせいってことはないんだよな? 刀に鎧染みた魔力を纏わせたせいでただの鈍器になったって訳じゃ?」


「そう言うわけではないですね。前にも少し言いましたが、この【甲纏】というアビリティはどうにもそう言う、物理的な効果とは少し違うのですよ。……そうですね。たとえば……」


 そう言って、静はわきに追いやっていたほら貝を手に取り、先ほど刀に使っていたのと同じ黄色いオーラを纏わせる。


「触ってみてください。互情さん」


「え、……ああ」


 言われて、差し出されたほら貝に実際に触れて、竜昇はその感触を確認する。

 纏うオーラは空気のように実体がなく、わずかに魔力のそれと同じ感覚を覚えただけで、その中心にあるほら貝へとあっさりと接触を許可してくれた。

 ざらざらとした、取り立てて違和感のない、貝殻の感触が指先へと伝わる。

 何の違和感もない。その事実自体がこの場合最大の違和感ではあるのだが。


「特に変わった感じはしないな。これって確かに強化されているんだよな?」


「ええされていますよ。実際この通り――」


 と言って、静はほら貝を大きく振りかぶると、そのまま床面へと勢い良く叩きつける。

 いくらなんでもこんな物、思い切りたたきつけられれば粉々に砕けるか、少なくともヒビくらいは余裕で入るだろうと思っていたのだが、しかし実際には鈍い音共に床に跳ね返されただけで、その後も二発三発と叩き付けても一向にほら貝に破壊が起きることはなかった。

 代わりにほら貝を覆う魔力には、若干の陰りが生まれ始めていたが。


「少し理解いただけたかと思いますが、この【甲纏】というアビリティは対象を硬質化させているわけでも、オーラ自体になんらかの緩衝能力がある訳でもありません。存在強度を底上げすると言いますか……、どうにも物体を壊れにくくする効果があるようなのです」


「物体を壊れにくく……?」


「そうですね。たとえばの話、プリンにこのオーラを纏わせてスプーンでつついた場合、そのプリンはつけば震える、どう見てもただのプリンであるにもかかわらず、妙にスプーンが刺さりにくくてすくいにくいというおかしな状態が出来上がります」


「……なんじゃそりゃ」


 まあ、流石にプリンでは強化しても限度はあるのですが、と、そんなことを言いながら、静は持っていたほら貝のオーラを解除すると、勢いよく床へと叩き付けて今度こそほら貝そのものを木端微塵に破壊する。

 どうやら【甲纏】の実証実験の最後に、オーラ貫きの状態で叩き付けたらどうなるかを示してくれたらしい。

 少々もったいないような気がしないでもなかったが、こんなアイテム、持っていても何の役にも立たないし、そもそも他の敵に拾われて使われでもしたらまた一大事である。破壊するというのは、この場ではやはり最適な判断と言えるだろう。


「それにしてもなるほどな。単純な硬質化や攻撃からの緩衝、絶縁って言う訳じゃなくて、存在そのものを壊れにくくしているのか……」


 確かにそう言う性質ならば、刀に纏わせたところでその切れ味に影響が出るとは思えない。逆に言えば適当な棒切れなどをこのアビリティで強化し、硬い武器にすることはできないということになる訳だが、元々その物体が持っていた性質を損なわないというのは一つ単純な硬質化などとは差別化しておくべき部分に思えた。応用幅については一長一短な部分があるが、しかし一概にこちらの方が劣っているとはいいがたい。

 とは言え、そうなって来るとまた別の問題も浮上する。


「けどそれじゃあ、さっき刀を使った時に切れ味があんまりよくなかったのは……」


「単純に私の使い方の問題ではないかと。そもそも刀なんて、これまでの人生でも使ったことどころか触れたこともありませんし……」


 そう言われてしまえば、竜昇としてもその言には納得せざるを得ない。

 これまでにも何度も超人的な立ち回りをしてきていたため、なんとなく彼女ならばできそうな気がしてしまっていたが、しかし静は刀を扱う訓練を積んでいるわけでも、【刀スキル】のような、刃物を操るスキルを習得しているわけでもないのだ。

 立ち回りについては才能で何とかなってしまったようだが、流石に刀の扱いまではその超人的な才能もフォローしきれなかったらしい。


「確かに、言われてみれば刀って結構扱いが難しい武器だって言うしな……。そう考えれば、最初の一戦で刃こぼれを起こしたり、折れたりしなかっただけまだいい方なのか」


「恐らくそれは【甲纏】の魔力が防いでくれたのでしょう。そういう意味では、スキルの補助もなく戦わなければいけない私にとって、重さを変えられる刀やこの【甲纏】の組み合わせはうってつけだったかもしれません。よく切れる刃物としてではなく、鉄の塊としてしか振り回せないならば、その鉄の塊は丈夫で重い方がいいですから。戦う最中に武器を圧し折られる事態を避けるためにも、これからも積極的にこの技は使っていくべきでしょう」


「じゃあ、やっぱりその刀の装備は小原さんに決定ってことで」


 使用に【甲纏】の使用が必要不可欠と考えて、竜昇は正式に【加重の小太刀】の装備者を静に決定する。

 本音を言えば、竜昇自身が装備し、静一人に前衛を任せきりにしている現状の改善を図るという案もあったのだが、そもそも前に出て戦う技能もスキルも持っていない竜昇ではそれも不可能と今回は諦めることにした。少々申し訳ない気分ではあるが、その分今は彼女の装備品の強化に尽力するべきだろう。


「それじゃあ、十手と刀、あとその永楽通宝を貸してくれ」


 増えた装備類と元からある十手に、静から受け取った魔力を混入させる形で順番に【静雷撃サイレントボルト】を仕込んでいく。十枚もある古銭の一つ一つに電撃を仕込むのはそれなりに大変だったが、おかげで静がいまだ持っている電撃投石の残りも含めて相当な量が確保できた。


「いつもありがとうございます。互情さん」


 言いながら、静は鞘に納めた刀をウェストポーチのベルトに差し込む形で左の腰に装備する。

 永楽通宝ウェストポーチの中へと収め、あとは右腰の後ろ側に十手を差せばそれで静の装備は完成だ。左手にはめられた籠手も合わせて、とりあえず装備に関してはだいぶ整ってきた感がある。


「さて、それじゃあ先に進むと致しましょうか」


「ああ、そうだな。まだまだこの博物館の歴史散策は先が長そうだし」


 冗談めかしてそう言って、竜昇も荷物が入ったカバンと竹槍を手に立ち上がる。




 あとから思うならば、この時竜昇の心中には若干の余裕が生まれていたように思う。

 装備が整い、スキルが成長し、そして静が圧倒的な強さを見せていたことで、いつの間にか危なげなく敵を倒せるようになっていたことがそがその理由であろう。


 そしてこの時、竜昇は気付いていなかった。自身の中に生まれた余裕が、そのまま油断とイコールであるということに。

 いかに静が強さを発揮しても、装備が充実しても、優れたスキルを習得していたとしても。

 別に当の竜昇自身は、何一つ強く等なっていなかったというのに。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:8

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍

 

小原静

スキル

 投擲スキル:8

  投擲の心得

 纏力スキル:7

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 加重の小太刀


保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

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