20:手に入れた新武装

「とりあえず、このほら貝と口紅は破棄ということでいいのではないでしょうか?」


 五体の敵を立て続けに打倒して、その後に残ったドロップアイテムの数々を拾い集めた竜昇たちは、ガラスケースを移動させるなどして一応のバリケードを築き、それの影に隠れるようにして恒例のアイテムの取捨選択を行っていた。

 五つのドロップアイテムをずらりと並べて、ひとまず静は落ち武者のドロップアイテムであるほら貝と、女武者が落とした貝殻に入った口紅にそんな裁定を下していた。


「まあな。どちらも鑑定したところ特に特殊効果とかはないみたいだし、まさかこんなところでほら貝を吹いて敵を呼び集めるわけにもいかないからな」


 一応竜昇としては、貝殻に収められたそれが薬か何かの可能性も考えて鑑定したのだが、しかし生憎と鑑定して出た結果はただの口紅でしかなく、その成分についてはさっぱりわからなかったものの、少なくとも傷の手当などには使えないものであることだけはハッキリしてしまった。


 センチメンタルなことを考えるなら、薙刀を振り回す女武者がそれでも口紅を持ち歩いていたことに何か感じとるものはあったかもしれないが、しかしあんな黒い煙のような塊の、しかも自分たちが屠った相手にそんな感情を抱く方が不毛極まりない。むしろ状況から考えて、このドロップアイテムがあの敵のただのキャラ設定であると考えたほうが妥当にさえ思えてくる。

 まあ何はともあれ、女性である静がいらないというならば口紅に関してもこだわる理由は特にない。またいつ敵が現れるかもわからない現状なのだ。下らない干渉のために時間を浪費するのはあまりいただけない話である。


 この不問ビルに対してダンジョンというゲームの概念の印象を強く持っていた竜昇だったが、どうやらこの階層、博物館という環境については、一般的なダンジョンと少し違う部分が一点あるようだった。

 通常ダンジョンというものは、その名の通り多少の際はあれど内部構造は迷路の様な、道がいくつも枝分かれしたり、その先が行き止まりだったりというように、ある程度複雑な構造になっている。当初竜昇も何となくダンジョンのイメージとしてこれと似たような内部構造をイメージしていたのだが、どうやらこの博物館はそう言う訳でもなく、それどころか驚くべきことに、ちゃんと“順路”のようなものまで設定されているのである。

 要するに一本道なのだ。


 もちろん、先ほどのジオラマの街のように広大な空間に家屋を並べれば話は別だが、それでもその空間に通じる入り口と出口は一つずつだったし、その先に進んでも基本的に一本道という構造は変わっていない。

 それどころか、どちらに進めがいいのかという順路が、道順の表記と共に矢印による立て看板までついている始末だ。博物館の事務所やトイレなど、そういった部屋の存在を考えれば流石に百パーセントとは言い難いが、しかしほぼ一本道で矢印の立て看板までたっているというのは随分なダンジョンである。

 あるいは、この場所が博物館そのままの状態に作られていて、ダンジョン化などそもそもされていないのだと見るべきなのか。


 とは言え、この博物館が一本道である理由など、進むうえでは大した問題ではない。むしろ道に迷う心配がなくなってそれ自体は歓迎するべきことなのだ。

 ただ一点問題があるとすれば、それは敵との遭遇を回避できず、ほぼ間違いなく交戦せざるを得ないという点だ。


 メリットデメリットで言うのなら、これに関しても取り囲まれたり不意討ちを受ける確率などが低くなるということであるため一概にデメリットばかりとも言い切れないのだが、しかしそう思い込む前に一つ注目しなければいけないのは、竜昇たちが二度ほど、すでに通ったはずの道に敵がいるという事態を経験しているという点だ。

 一度目は、竜昇が最初に交戦したもんぺ女。

 そして二度目は、先ほどほら貝に依って背後から呼び寄せられてきた二体の敵のことである。


 先ほどその可能性を思いついて静に問うたところ、静がこの博物館に入って最初に襲ってきた敵というのは、竜昇と最初に出会った時、彼女が交戦していた黒武者が初めてだったらしいのである。

 すなわち、彼女は一本道を進んだにもかかわらずあのもんぺ女には出会っていなかったということであり、その一点だけでも一つの可能性が疑える。

 加えて先ほど追加で襲ってきた二体の存在だ。一応あのジオラマの街にいたのならば、竜昇たちが見過ごしたという可能性もないではないのだが、あれだけ派手に暴れまわったにもかかわらずあの二体の敵が襲ってこなかった理由がわからない。


 となれば、この二つの事例を説明づけられる理由など一つしかない。すなわち、竜昇たちが通った後に、新しい敵が湧いて出てきた可能性である。

 敵のリポップと、ゲーム的に言うならばそういうことになるのだろう。なにはともあれ、そう言う現象が起こりうるというのならば、たとえ周囲の敵を屠った後でも新たな敵がいきなり目の前に出現しないという保証はない。

 ならばこそ、こうした比較的無防備な状態での戦果の確認、そしてそれを受けての話し合いは、できうる限り迅速に済ませておく必要がある。


「とりあえず、役に立ちそうなのは残る三つですね」


 口紅とほら貝を脇へと追いやり、静はそう言ってその一つ一つに鑑定アプリを差し向ける。

 ちなみにレベルだったが、先ほどの急激なレベル上昇は突然になりを潜め、五体もの敵を倒したにもかかわらず、レベル上昇はある程度常識的な範囲にとどまっていた。

 竜昇の護法スキルはレベル一つ上昇して8に、静の投擲・纏力スキルはどちらもレベル二つ上昇して投擲が8、纏力が7となっている。竜昇の魔法スキル・雷が全くレベル上昇していないことには少々疑問を覚えるが、しかしこれについてはいくら考えてもわからないため、もうとりあえず気にしないことにしてしまっていた。

 それよりも、今重要なのはドロップアイテムの方である。


 まず一つ目。これは戦力としてよりも、この先の生存率に直結した重要アイテムだったのだが、【集水の竹水筒】という、名前からわかるように、魔法効果付きの飲み水を入れる水筒だった。

 保有する効果は、中身となる水の自動充填。すなわち、消費した水が時間経過とともに回復するという、飲み水の確保に置いてこれ以上ないほどに有用な効果を持つアイテムだった。


「中の水の量が回復する、というのは、空気中の水分を集めているとかそんな感じなのでしょうか?」


「多分そんな形なんじゃないかな。原理とかはいちいち考えてもわからないけど……」


 話し合いながら、しかしひとまず懸念事項が一つ消えたことに安堵する。

 とりあえず飲み水の心配をしなくて済むようになったというのは、これから先この不問ビルで生き延びるにあたっては大きな収穫だった。竹筒の中に入る水の量は決して多くはないものの、中の水を消費しても自動的にその量が回復していくというのならとりあえず水問題は解決と考えていい。


 続いて二つ目は、解析アプリで【永楽通宝】と表示される、ようするに戦国、もしくは室町時代当時の貨幣であった。真ん中に四角い穴が開いており、それにひもを通す形で十枚の貨幣がつながった形でドロップしたのである。

 竜昇としては、使い道の無いアイテムのようにも思えたため、当然のように破棄するつもりだったのだが、どういう訳か静はほら貝や口紅同様に脇に避けるでもなくその場に残していた。

 いったいなぜにといぶかしみながらも、しかし一方で、竜昇自身の中にも一つだけ、お金という概念が現れたことで気になったこともあった。


「そう言えばこの不問ビルって、ショップとかあるんだろうか……?」


「ショップ、ですか……?」


 首をかしげる静に対して、勝一郎は一応とゲームにおけるショップの存在を説明する。とは言っても、その内容は非常に簡単かついい加減で、要するにゲーム内で役に立つアイテムや武器を買える施設の存在を話しただけの話だ。


「もし仮にそのショップのようなものがこのビル内にあったとして、私たちがそれを利用することはないでしょうね」


 話しを聞き終えて静が発した一言は、当然と言うべきなのか、たんぱくを飛び越えて冷淡なものだった。


「……まあ、そうだよな。どんな罠が待ち構えているかわからないし」


「いえ、それもありますが、そもそももしそんなショップが有ったならば、私なら買い物などせず、店員を締め上げて商品を強奪、このビルについての情報を吐かせます」


「……」


 思いのほか過激極まりない発想だったが、しかし言わんとしていることは何となくわかった。

 なにしろ、竜昇たちを罠にはめ、こうして戦いを強要しているこのビルの中のショップである。そんなところで働いている店員がいたら、それはほぼ間違いなく竜昇たちの敵と言える存在であり、そんな相手に支払う金銭など文字通り鐚一文ありはしない。むしろ戦いを挑み、静の言うように情報を吐かせた方がよっぽど建設的だった。やることはむしろこれ以上ないほどに破壊的で強盗チックだが、しかし気持ちはそれなりに分からなくはない。

 もっとも、それが本当にできるのかどうかは、実際にはあるかどうかもわからないそのショップに行きついてみなければわからないのだけれども。


「……ああ、でもそうか。よく考えてみれば締め上げられる相手がいるかどうかって問題もあるんだな。もし無人販売所や自動販売機みたいなものだったら、おとなしく金を出して商品を買うしかなくなるし……」


「なるほど、それは確かに」


 武器の自動販売機など少々想像しにくいが、物がカードならばそう言った物もないわけではないし、そもそもこの不問ビルのゲームに引き込む際にもスマホへのメッセージだけでやり取りしてきたような相手である。まともに人間がこちらに顔を合わせに来るとは少々考えにくい。


「まあ、そもそも本当にショップなんてものが存在しているかどうかも怪しいし、あったとしてそこで使える金がこいつとも限らないんだが……」


「そうですね。買い物できる場所が有ったとしても、そこで使う貨幣にこんなものを使う理由もわかりませんし。ただ互情さん、それでこのアイテムを捨ててしまうのは少し早計かと思います」


 言うと、静は紐から永楽通宝の一つを外して手に握り、指先でつまみいくつかの動作を試して感覚をつかむようなしぐさを見せ、やがて『だいじょぶそうです』と言って手を広げて通貨を見せた。


「どうやらこの通貨が相手でも、アビリティの『投擲の心得』は発動しています。この永楽通宝、投げて使うことはできるようです」


「……ああ、それでこいつは捨てずに残してたのか。いや、けど投げて使うって……」


「つまりは投げ銭ですね。ふふ、この十手と言い、私はどんなスタイルを求められているのでしょう」


 竜昇の考えを先取りするようにそう言って、静は手にした十手で手にした貨幣を突いてもて遊ぶ。

 確かに、投擲スキルは投げて使うものは何でもいいわけで、そのためこれまでジオラマの隅に敷き詰められていた砂利を使っていたのだが、まさかここで投げ銭などという選択をするとは思っても見なかった。

 とは言え、言われてみれば確かにない選択ではないかもしれない。石というのは形はバラバラでそれなりの大きさを持っているため、どうしても持っていてかさばるのである。

 一応静としては、いざという時は石を詰めたウェストポーチごと、それこそ件の花柄鈍器よろしく振り回すという手を考えていたらしいのだが、その選択肢もちゃんとした武器がドロップした今となっては、かさばる石を大量に詰めて持ち歩くデメリットの方が大きくなっている。

 ちゃんとした武器、それこそ今目の前に置かれた、一振りの【太刀】の存在を考えてしまえば。


(ようやっと武器らしい武器がドロップしたな)


 一応にともう一度スマホを向けて、そのアイテムをもう一度鑑定する。

 アイテムの名前は【加重の小太刀】。刃渡りは六十センチほどと短めだが、特殊効果もついた立派なメインウェポンになりうる武装だった。






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:8(↑)

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍

 

小原静

スキル

 投擲スキル:8(↑)

  投擲の心得

 纏力スキル:7(↑)

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10(New)


保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

 加重の小太刀(New)

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