19:戦国乱戦

 江戸時代をモチーフにしたジオラマの街を抜けると、再び周囲にはガラスケースなどの博物館らしい展示物の順路が広がっていた。

 展示物を見るに、どうやら戦国時代にまで時代が遡ってきたらしい。

 どうやら順路を進むたびに次代を遡っていくらしいという、なんとも不可解な順路設定をされているこの博物館だが、やはりと言うべきなのか、時代を遡れば当然のように出現するエネミーの姿もそれに合わせられることになる。


「恰好から判断するに、定めし今回は落ち武者ということになるのでしょうか?」


「本当に何でもありだなこの博物館」


 展示物の影に身を隠し、再び先に発見することに成功したそのエネミーの姿を観察して、相手がいったい何をモチーフにして作られているのかをおおよそではあるが把握する。


 今回のエネミーはまたも刀持ち。しかも今回は以前の黒武者や浪人ともまた違う。左手の籠手以外は着物姿だった黒武者や、そのまま着流しで歩いていた浪人と違い、今回のエネミーは全身に鎧をまとった、見るからに防御力も高そうな鎧武者だった。

 ただしその鎧が目に見えてボロボロで、肩や背中に折れた矢などが刺さった、ひどくみすぼらしい相手でなかったならば。


「一応確認だけど、あれってそういうデザインなんだよな? 誰かと戦って命からがら逃げだしてきたあととか、そんな奴じゃなくて」


「恐らくはそう言うデザインなのかと。ここで出てくるエネミーの方々は、攻撃を受けるとそこから黒い煙のようなものが出ますから」


 もしや竜昇たちの他にもプレイヤーがいるのではと、そんな考えが一瞬とは言え頭をよぎったが、しかし生憎と今回に関してはその予想は外れのようだった。

 ひどく紛らわしい話だが、このエネミーはどうにも生まれた時から落ち武者スタイルのままらしい。生まれついての落ち武者。それだけ聞くと酷くむごたらしい人生だった。


「さて、それじゃああのエネミーの攻略会議と行くわけだが。やっぱり武器は見たところ刀くらいしかなさそうだな」


「そうですね。どちらにしろ、大抵の近接武器ならば十手で受ければそれで片が付きます。先ほど互情さんに【静雷撃サイレントボルト】もかけなおしていただきましたし」


 そう言って、静は自分の腰、そこに装着したウェストポーチのベルトから、自身の武器である十手を引き抜いて見せる。

 すでに静の十手には、蕎麦屋を出る前に再び【静雷撃サイレントボルト】をかけなおしてある。

 相手に接触することでその魔力を感知して炸裂するその電撃は、相手の攻撃を受け止めるか、逆にこちらの攻撃を受け止めさせるかするだけで確実にあの落ち武者の動きを止めることだろう。それは何も刀でなくとも構わない。相手が例え鎧で受け止めたとしても、何らかの絶縁性能などを持っていない限りは電撃が相手の体に流れてそのまま相手の動きをマヒさせるのだから。


「一応あの鎧に電撃耐性がある場合は警戒するべきかもしれないけど……」


「そんな鎧があるのですか? 正直そんな鎧武者聞いたこともないのですが……」


「いや、意外にゲームなんかではあるんだよ」


 竜昇としては先ほどの電撃が効かない巨大大名を思い出しての警戒だったのだが、しかし考えてみればゲームでなら特定の属性に耐性を持つエネミーというのもそう珍しい話ではない。静に話したように装備でそういった耐性を獲得する例もある。やはりそこはある程度事前に警戒しておいてしかるべきところだろう。


「ではまた先ほど奇襲を行った時同様、互情さんの魔法の発動に合わせて私が突っ込む、という形で行きましょうか。なんらかの防御手段やその電撃耐性など持ち合わせていた場合でも、最初の魔法を防御する際に判明するでしょうし」


「それで行くか」


 素早く決定を下し、竜昇はすぐさま自分の中に魔法を準備する。

 己の中にある魔力をくみ取り、術式によってその性質と形を調整し、それを右手に装填するイメージで準備を整える。

 レベルが上がったせいなのか、以前よりもはっきりとした魔法行使のイメージ。素早い処理で術式を構築し準備完了と共に静に合図を出してエネミーの方へと向き直る。

 指を折ってのスリーカウント。

 最後にこぶしを握ったその直後、展示の影から静と二人両側に飛び出して、すぐさま竜昇は落ち武者目がけて準備した魔法を行使する。


「【雷撃ショックボルト】―-!!」


 電撃が駆け抜ける。

 閃光が立ち並ぶ展示物を明るく照らし、その先の落ち武者が直前で気付いて振り返るのも構わず、背後からその体を一直線に貫いた。


「――ゴ、ジ――!!」


 なす術もなく倒れ込む。この時点で防御できた様子はない。

 後は竜昇の魔法発動と同時に飛び出した静がそのまま距離を詰め、床に倒れて痙攣する落ち武者に引導を渡すだけだと、竜昇がそう確信した、その瞬間。


「――!?」


 足音が一つ、その場に響く。見れば、倒れた落ち武者の少し先、順路の先にある曲がり角から、さらに一体、別の影が姿を現していた。

 女物と思われる着物姿。だが袖を襷で縛り、薙刀を携えたその姿は、明らかに今、この場で脅威となりうる存在であることを明確に表している。


「新手――!!」


「互情さん――!!」


 呼びかけ一つ竜昇へと飛ばし、静が目標を変更して女武者へと電撃投石を投擲する。

 だが女武者はその投擲を警戒したのか、クルリとまわるようなステップでそれを回避して、次の瞬間には薙刀で突きかかるように一直線に静目がけて突っ込んだ。


 同時に、竜昇は先ほど電撃で転倒させた落ち武者が、刀と別に何か腰に付けていたものを手に取るのを目撃する。


(なんだ――!?)


 女武者がその薙刀で周囲の展示物を破壊する音を聞きながら、竜昇は二人を迂回する形で落ち武者に近づこうとしてそれに気が付いた。

 何かするつもりならば阻まねばと、そう考えて右手を差し向けるも一瞬遅い。真っ直ぐに突っ込んでいれば間に合ったのだろうが、女武者を迂回するルートをとっていたため遮蔽物に阻まれて一瞬魔法の発動が遅れてしまったのだ。

 そのほんの一瞬の隙に間に合わせるように、倒れた落ち武者が倒れたまま、手に取ったそれを口元へと運ぶ。


「――な、あれはッ!!」


 『ブォォオオオッ、ブォォォォオオオオオッ』という長い音が周囲へ響く。時代劇、特に戦国時代のドラマなどでたまに聞く合戦上の音色。そして竜昇が視認した、落ち武者の持つその物体だけで、その音の意味はおおよそであるが理解できた。


 まるで笛か何かのように、特徴的な音を吐き出すその“ほら貝”を視界に収めてさえいれば。


「あいつ仲間を呼びやがった――!!」


 本来のほら貝がそんな用途で使われたかは知らないが、ここでエネミーが大きな音を発する理由など誰が見ても明らかだ。

 再び電撃を叩き込んでほら貝の音色を途絶させ、竹槍を構えて突撃しながら竜昇はすぐさま自身の中に新しい魔力を準備する。

 雷撃ショックボルトの魔法と違って、その発動に際して使う術式は酷く簡略、代わりに感覚で魔力を操作するという、奇妙なその術技体系を用いて行使するのは、すでに手遅れとなった状態の、その被害を図るための魔法的技術だ。


(――【探査波動】)


 まるでソナーのように、竜昇の身から周囲に魔力の波動が放たれ、周囲に存在する魔力の、その気配を感じ取れる形へと呼び覚ます。

 最初に目の前に迫る落ち武者の、続けて後ろで切り結ぶ静と女武者の気配が顕在化し、さらに波動が広がって周囲にいる何者かの反応を洗い出して――。


「――ッ、ヤバい。後ろから二体、前にも一体。こっちに目がけて突っ込んでくるぞッ!!」






 竜昇に言われる直前、波動によって顕在化した気配を読み取る形で、静も自身で竜昇の言葉と同じ感覚を掴んでいた。

 目の前で振るわれる薙刀を屈んで躱し、懐に入り込んで十手を横薙ぎに叩きつける。


「――ジュ、オ――」


 とっさに女武者も薙刀を構えて防御したようだったが、静の持つ十手の前ではそれだけでは意味がない。十手に仕込まれた【静雷撃サイレントボルト】が炸裂し、よろめいた女武者の顔面目がけてすぐさま十手を突き入れる。

 まずは一体撃破。先ほどから予想外の新手が立て続けに出現している状態だが、とりあえず五体をいっぺんに相手取る必要は無くなったようだった。

 残るは四体。否、今しがた落ち武者に竜昇が引導を渡したから三体か。

 ならば。


「先に前から来る一体を討ち取ってしまいましょう。互情さん、十手の方お願いします」


 打ち捨てられるドロップアイテムをとりあえず無視して、静は竜昇とすぐさま合流、十手を差し出して竜昇に掴ませながら先へと向かって走り出す。

 前に一体後ろに二体。ならば先に前の一体を始末して、背後から来る二体には二対二の状態で対処する。そうと決めれば時間が無い。背後から来る二体から逃げつつ、前にいる一体と早急に接敵し、速やかにその一体を始末して背後の二体を迎え撃つべきだ。


 そんな思惑と共に走り出し、前から来るエネミーと接触したのは、ちょうど竜昇が十手に【静雷撃サイレントボルト】の魔法をかけたその直後のことだった。


「シールド」


 曲がり角を曲がったその瞬間、飛んできた斬撃に対して静は冷徹にそう呟き、左手の籠手から展開したシールドでエネミーからの攻撃を受け止める。

 背後で竜昇が『うわっ』と悲鳴を上げているが、静にとってはこの程度予測できた攻撃だ。先ほどのジオラマの街の中で、他ならぬ竜昇からの忠告によって静は同じような攻撃から難を逃れているのだから。


「互情さん、背後のエネミーの足止めを」


 言い放ち、静はその先にあった広めのフロアへと足を踏み入れ、前方からこちらに向かってくる一体のエネミーへと正面から相対する。


 今度のエネミーはまたも甲冑纏う鎧武者。ただし今度は鎧も多少軽装でそのデザインも先ほどのものと比べて少し古臭い。替わりに両手にそれぞれ太刀を握り、二刀を構えて一直線にこちらへと襲い掛かって来る。


 それに対する静も、今回選択する戦法は完全なる真っ向勝負。


「――剛纏」


 己の内から魔力をくみ取り、それをスキルからくみ出した記憶に従い操作して性質を変化、瞬時に全身から放出して身に纏う。

 己の肉体、それが生み出す力を単純に底上げする身体能力強化技法・剛纏。

 スキルによって与えられる記憶にある通り、急激に体が軽くなるその感覚を実際に感じながら、静は相手の不意を突くように、一気に走る速度を上げて武者の間合いへと踏み込んだ。


「――ボ、リュ――」


 驚きを音にしたかのように、ノイズのかかった声がわずかに漏れる。

 目の前の武者が胸の前で構えていた刀を慌てて振りぬこうとするのをあっさりと見切り、勢いがのる前のその刀身目がけて十手による刺突を突き入れる。


「――ボ、リョ――」


 十手のカギの部分を刀身に引っ掛けて抑え込み、同時に接触の瞬間仕込んだ電撃が起動して、二刀の武者の体がびくりと跳ねる。

 感電によってどのエネミーも生む一瞬の隙。当然、そんな硬直を見逃すほど、小原静という少女は甘くない。


「ついでです、どこまで力任せにできるか試してみましょう」


 刀をひっかけ、抑え込む十手にさらなる力を込めて、同時に静はそんなつぶやきをぽつりと漏らす。

 一瞬とは言え力のゆるんだ武者の刀が剛纏によって強化された静の力によって無理やり押し返され、その十手の先端部分が抵抗もむなしく武者の顔面の核へと迫る。

 痺れた体で武者が抵抗していたようだが関係なかった。

 強化された静の力は、刀で押し返そうとする武者の筋力を軽々と上回り、ついでとばかりにかけた足払いの真似ごとによって武者はあっさりと転倒して、そのまま十手が顔面へと突き刺さってその奥にある赤い核があっさりと粉砕された。


「――ふう。どうやら確かに、それなりに力は上がっているようですね」


 電撃による補助があったとはいえ、体格で勝る相手をあえて力任せに制圧し、自身の細腕が纏う赤いオーラに視線をやって、静は強化された己の力へとそんな感慨の言葉を漏らす。

 同時に、二刀の武者が消えて残ったドロップアイテムを拾い上げる。


(これは……。いい収穫です)


 残っていたのは、ある意味ではずっと待ちかねていた一本の刀。

 十手以上の武器として、ずっとドロップするのを待っていたその武器を拾い上げ、その刀身にすぐさま黄色いオーラを纏わせて、十手と共に両手に携えて背後のエネミーへと向き直る。

 後に残るエネミーは、もはやたったの二体のみ。


(さて、あまり互情さんをお待たせするわけにもいきませんし、甲纏と刀の試しも兼ねて、早く片付けに参るとしましょうか)


 どこか楽しげにそう微笑んで、静はすぐさま背後で電撃を放つ竜昇の元へと駆けつける。

 実際、このとき静は楽しいと感じていた。

 命がけの戦場で奇妙なことに、かつてない充実感が静の中に満ちていた。


 結局、背後から来ていたエネミーを仕留めるのは、静の参戦から一分とかからなかった。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:13

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:7

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍



小原静

スキル

 投擲スキル:6

  投擲の心得

 纏力スキル:5

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ



保有アイテム

 雷の魔導書

 黒色火薬

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