10:驚異の才覚

 ジオラマに囲まれたT字路の中央で竜昇と静が敵と向かい合う。僧侶と岡っ引きという時代劇染みた敵を目の前に、前に立つ静が無防備に前へと歩き出す。


「先に倒すって言うけどいったいどうするつもりだ? 確かに岡っ引きの方は傷付いてはいるけど、それでも魔法抜きで簡単に倒せる相手じゃないだろ」


 シールド持ちの僧侶ももちろん厄介だが、それで岡っ引きの方が弱いという理屈には間違ってもならない。相手は十手という武器を持っているし、その上見たところこの敵の動きはかなり的確だ。未だ近接戦用の武器スキルには縁のない竜昇達だが、投擲スキルに投擲の心得等というアビリティがあった以上、近接武器のスキルにその武器を扱うための文字通りの意味で技術≪スキル≫や技能≪アビリティ≫があったとしても何ら不思議はない。

 対して、静の方は高い回避能力と花柄の鈍器こそあるものの、それ以外はほぼ丸腰と言っていい状況だ。投擲用のナイフは岡っ引きに投げつけて回収できる状況にはないし、スキルの方も近接戦用のものは一切持っていない。


「とりあえず、互情さんには魔法の準備をお願いします。合図をしたらすぐに岡っ引きの方を撃ち抜けるように」


「……わかった」


 静の態度に何か考えがあるのだろうと判断し、言われた通り竜昇は右手に魔法の準備をし始める。

 静にあの岡っ引きを打倒する服案があるというのなら、それを僧侶の方に邪魔させないようにするのが竜昇の役目だ。恐らく竜昇と僧侶の方は先に手札を切った方が負ける、牽制のしあいのような戦いになる。状況がどちらに傾くかは静達にかかっていると言っていい。


 竜昇が固唾を飲んで見守るなか、静が何気ない足取りで前に出る。命がけの戦いに身をおいているとは思えない気負いのない歩調。静のその姿には相手も何か感じるものが有ったのか、『ジジジッ』というノイズのような奇妙な声と共に岡っ引き姿の敵がまず動き出す。僧侶の影から飛び出し十手を構え、素早いステップで猛然と静目がけて打ちかかる。

 右上段からの振り下ろし。対して静のとった動きは酷くシンプルだった。十手の軌道から体をわずかに倒してあっさりと身をかわし、続けて放たれる横薙ぎの攻撃を軽く後ろに跳んで回避する。

 続く敵の動きは十手による刺突。刃物ではないとは言え、それでも十分に危険なその攻撃を、静は何ということもないように体を回して、まるで簡単なことのようにあっさりと回避した。

 否、このとき静のとった行動は、単なる回避に止まらない。


「失礼」


 回避と同時に華麗なステップで岡っ引き目がけて飛び込み、同時に静は回る体の動きを加速させて一気に右手を振りかぶる。

 彼女の手にあるのは、先ほど自作した花柄の鈍器。


「――ジ!!」


 勢いよく顔面へと叩き込まれる花柄の鈍器にノイズのような悲鳴を上げ、それでも岡っ引きはその鈍器による攻撃から逃れようと床を蹴って背後へと跳躍する。

 だが岡っ引きのその行動は、静のそれと違い完全に攻撃から逃れるまでには至らなかった。顔面への直撃こそ避けたものの、勢いよく振るわれた鈍器が肩口をかすめ、石を詰め込まれたただの布袋が正体不明の敵の体から黒い煙を散らして奪う。


(おいおい、あれがスキルなしの動きなのかよ……!!)


 舞踏のような回避とそこから流れるように繰り出される攻撃に、傍で見ている竜昇は思わず息をのむ。これで武術等の経験が無いと言われてもとても信じられない。仮に天性の才能とセンスだけでこんな動きをしているのだとすれば、それはもう才能などという言葉で表すべきレベルをはるかに超えている。


『――ジッ』


 鈍い音がして、前で戦う岡っ引きがノイズのような苦悶の声を漏らす。

 静が振るった花柄鈍器がついに岡っ引きをまともにとらえ、顔をかばおうとした左腕に直撃して盛大に煙を霧散させたたのだ。

 見れば、腕は黒煙を散らしたことでその太さを大幅に減らし、まるでその部分だけ痩せ衰えたように細くなっている。


「さっきから気になっていたのですが……」


 そんな一撃を見舞った後でも、静の動きは少しも鈍らない。相手へとヒットし、わずかに勢いを減じた鈍器をくるりと回して制御、同時に勢いをつけ、今度は胸を狙ってもう一度重い一撃を叩き込む。


「あなた方のその体、もしかしてその煙を散らされると動きが鈍るのですか?」


 今度は回避も間に合わず、敵の胴体に花柄鈍器がまともにヒットする、岡っ引きが体を『く』の字に折り曲げ、体から盛大に煙を散らしてよろめき下がる。


「なるほど、貴方たちの体はその煙のような物でできているのですね。それも魔力なのでしょうか……? だからそれを攻撃によって散らされてしまうと、体を動かす力そのものが弱ってしまう」


 下がった岡っ引きの懐へと再び飛び込みながら、静はそんな分析をも竜昇へと伝えてくる。

 実際、伝えられた情報はかなりありがたい物だった。これまで敵の核を破壊するという、ある意味では弱点狙いのような方法で敵を葬ってきた竜昇たちだったが、攻撃のダメージによって肉体を散らすという手段が使えるのならば少し話が変わって来る。仮に相手の核が破壊できなくとも、相手の肉体を削って動きを奪うという手段が使えるようになるからだ。


 竜昇がそんな分析を行う間にも、一方で静は果敢に岡っ引きを責めたてる。攻撃回数こそ回避の合間に叩き込んでいるため少ないが、最初に投擲したナイフと先の三回の花柄鈍器による一撃と、都合四回の攻撃をこの少女はまるで反撃を受けずに順調に削っている。

 対して敵方、岡っ引きの方は四度の攻撃で体を構成する煙を削られたせいか動きが若干鈍り、繰り出す十手による攻撃もすべて静かに回避されてしまっているのが現状だ。控える僧侶も助けに入る意思こそ見せているが、竜昇がそちらを注視し、いつでも魔法を放てるように準備して牽制しているため、動けずにいる。迂闊に動き、あまつさえシールドを使わせることができれば、それが消えてから次が発動するまでのインターバルの間に竜昇の魔法を喰らいかねない状況なのである。僧侶としても竜昇の魔法を防御するためにシールドを温存せざるを得ない。

 そんな危うい均衡を崩しにかかったのは、この中でも一番追いつめられていると言っていい岡っ引きの敵≪エネミー≫だった。

 十手を構え、それに先の二体と同じように魔力を纏わすと、猛然と静目がけてその十手を薙ぎ払った。


「おや、これは危ない」


 横一文字に振り抜かれた十手を屈んで避けて、さらに静は斜めに振り下ろされる一撃を背後に跳んで回避する。直前まで静がいた床面を十手から伸びた魔力が深々と抉り、その威力と伸びた間合いを知らしめる。


「……なるほど、間合いを伸ばした上に攻撃が打撃から斬撃になるのですか。しかも伸びた魔力の刃がいまだ消えていない」


 その技の性質は、背後で見ていた竜昇にもある程度推測できた。打撃武器である十手に魔力を纏わせ刃物としての性質を持たせる。さらに目では捉えにくいが魔力の刃は意外と長く、その刀身の長さは元の十手の倍くらいまで伸びている。そしてさらに厄介なのは、それがいまだ消える様子がないということ。それはつまり、


「一定時間持続する強化技ってことか」


「そのようですね。しゃがんで回避していなければ危なかった」


 戻ってきた静の言う通り、最初の一撃をしゃがむ形ではなく、背後の間合いの外へ出る形で回避しようとしていたら伸びた刀身の餌食になっていた。自身が一歩間違えば死んでいたという事実を口にしながら、しかし静の口調には怯えもなければ焦りもない。ただ淡々と事実を確認しているというそんな感じで、続けて静は僧侶の方へも視線を向ける。


「さっきから気になっていたのですが、そちらの方、参戦してきませんね。いくら竜昇さんが魔法の存在で牽制しているとは言っても、その錫杖で突きかかってくるくらいの介入は予想していたのですが」


 確かに、言われてみれば先ほどから僧侶の方は手を出しあぐねている印象がある。こちらが魔法を打てばシールドで防ぎに来るが、それ以外のアクションはほとんど起こしていないのが現状だ。

もっともそれを言うならば、魔法を準備したまま立ち尽くしている竜昇も立場は同じなのだが。


(――待てよ?)


 自分も同じ、そう考えに至った時、竜昇は目の前の僧侶が動かない理由に一つの推測を持つ。


「もしかしてコイツ、俺と同じように近接系のスキルをまったく持っていないのか?」


 最初のもんぺ女、次の黒武者、そして今目の前にいる岡っ引きと、遭遇する敵の大体が近接系のスキルを保有していたことから、なんとなくこの僧侶もそうなのだろうと思っていたのだが、しかし背後に控えて動かない、否、動けないこの様子は同じような立場である竜昇にも通じるそれだ。

 実際、前に出て戦う静もそれは感じていたらしい。


「そうかも知れません。さっきの構えも結構隙だらけでしたし」


「――え? そうだった?」


 竜昇の眼には結構様になった構えだと映っていたのだが、しかし静から見ればどうやらそうでもなかったらしい。

 武術の経験もないのになんでそんなことがわかるのかと問いたくもなったが、しかし目の前で見せつけられた静の動きと、なによりも相手の行動がその言葉の信憑性を保証している。


(……こいつがさっきから使ってたのはシールドと、最初に俺達を発見した魔力の波動。あの波動に攻撃性能はなかったし、もしそれ以外にこいつに手札がないとしたら、さっきから動いていないのにも納得はいく……!!)


 考えてみれば、竜昇の方へ錫杖を振るって襲い掛かってきていてもよさそうなものなのにそれすらしてこない。

 岡っ引きの盾になることに専念しているのかとも思ったが、もしも盾になる以外に戦うすべがないというのなら。


「そろそろ仕掛けます。互情さん、準備を」


 相手の手の内を分析する竜昇に対して、静は落ち着いた口調でそう言って再び岡っ引きの元へと距離を詰める。

 見れば、静は先ほどの強化技をかけられた十手の攻撃を、もう伸びた間合いまで見切って軽々と躱していた。目を疑いたくなるような圧倒的な回避技能を発揮しながら、ふと静が攻防の合間に竜昇へと視線を送って来る。


(――!!)


 合図。そうと理解したその瞬間、静が右手の花柄鈍器を振りかぶり、今しがた目の前を通り過ぎた十手による斬撃の、その切っ先をかすめるようにして自分の前で振りぬいた。

 瞬間、切っ先をかすめたことで花柄鈍器を作る巾着袋の布が裂け、振り抜く勢いに任せて中に詰め込んだ大量の砂利が散弾となって岡っ引き目がけて襲い掛かる。


『――ギォッ』


「竜昇さん――!!」


「――、【雷撃≪ショックボルト≫】――!!」


 石礫の嵐に岡っ引きがひるんだその瞬間、静が鋭い指示と共に横へと飛び退き、同時に指示を受けた竜昇が準備していた魔法を解き放つ。

 放たれる雷撃。大量の石礫を受けて黒い煙を散らし、背後へと倒れ込もうとしていた岡っ引きに紫電が襲い掛かり、今度こそ脅威を排除しようと牙をむいたその瞬間、その攻撃を待っていただろう僧侶がすかさず竜昇と岡っ引きの間に割り込み、その攻撃魔法をそのシールドで防御する。


「――ダメか!!」


「――いいえ、まだですよ互情さん」


 聞こえた声の発生源は、僧侶と岡っ引きのさらに向こう側だった。敵二人を竜昇と挟み撃ちにする位置に移動した静は、凛とした声でそう言いながら僧侶の陰に隠れる岡っ引きの元へと突進する。

 気付き、身構える岡っ引きに対して、静は己の左手、そこに装着した籠手を前へとかざし――。


「――【シールド】」


 静の左腕、それを包む籠手から魔力の波動が噴出し、それが球体状に展開された壁となって前で身構える岡っ引きへと激突した。


「――なっ!?」


 身の内より放たれて攻撃を弾き返し、その後に一定距離で固定されて壁となる。先ほどから繰り返して見せられていた、見紛うことなき【シールド】の発動。それが静の左手から放たれているという現実に竜昇が驚くが、しかし発動させた張本人はさして意外とも思っていない。


「ああ、やっぱり。さっき攻撃をはじいたのはこの籠手の力だったのですね」


 呟かれるその言葉に、ようやく竜昇は静が看破していた事実を理解する。

 先ほど十手で打ちかかられた際、硬質な音と共に静を守った何らかの要因。それこそがこの、かつてシールド持ちの敵からドロップした籠手だったのである。

 『マジックアイテム』と言う言葉が頭に浮かぶ。ゲームなどに出てくる、特殊な効果を持った武具。これまではその可能性を考えていなかった竜昇だったが、しかし考えてみればこんなゲームのような舞台とシステムを設定されている以上、そんなものが有ってもおかしくはなかったのだ。


「さて、それでは――」


 そんな風に、竜昇が状況を理解するわずかの間にも静は絶えず状況を動かし続ける。

 シールドを張った状態での体当たりに弾かれ、岡っ引きの体が後ろへよろけて背後にあった僧侶のシールドへと倒れこむ。

 どうにか岡っ引きのシールドに手をついて、崩れかけた体勢を立て直そうとして。


「――失礼」


 直後に敵と味方、二つのシールドによって前後から挟まれ、その拡大と突進の勢いによって押しつぶされた。


『――ギ、ジ――!!』


 短いノイズのようなその悲鳴に、僧侶の方も自分のシールドが挟撃に使われてしまったことを悟ったらしい。背後を振り向けば、すでに一度弾き返された静が、もう一度シールドを展開したまま、僧侶のシールドと、それに寄り掛かる岡っ引きに激突しようと、突撃態勢を整えている。


『――ブ、ジジジ――!!』


 とっさにシールドを解除し、自身のシールドで味方をつぶしてしまう事態を避けた僧侶の判断は、しかし状況を見るならば明らかに迂闊だった。

 直後に岡っ引き諸共僧侶は静のシールドアタックをもろにくらい、やはり僧侶と共になす術もなく博物館の床へと倒れ込む。

 そしてそんな絶好の隙を、攻撃の瞬間を待ち構えていた竜昇が逃すはずもない。


「私ごとお願いします、互情さん」


「――了解!!」


 槍を握って前へと走りながら、竜昇は己の右腕を僧侶の方へと差し向ける。

 放つのはもちろん、四度も阻まれた竜昇のたった一つの切り札。


「くらえ――【雷撃≪ショックボルト≫】――!!」


 紫色の雷撃がほとばしり、その先にいる三人に放たれた魔法が容赦なく襲い掛かる。

 唯一静だけはシールドを張りっぱなしにしていたため難を逃れたが、しかしシールドを解除し、同時に倒れ込んで大きな隙を晒していた敵二体はそうはいかない。


『――ギッ!!』


『ジオ――!!』


 ノイズのような悲鳴と共に感電した二体が左右に倒れ、竜昇は駆け寄りながら槍を構えて、右に倒れた僧侶の方へと突進する。


「おや、落としましたよ」


 対して、電撃から身を守ってシールドを解除した静も動き出す。

 倒れる岡っ引きが取り落した十手を空中でキャッチし、それを逆手に握り込んで左に倒れた岡っ引きの顔面へと容赦ない動きで突き出した。


 二体の核が砕かれたのは全く同時。


 甲高い音を立てて赤く輝く核が砕け散り、それが纏っていた黒い肉体が煙のように消え失せる。


「お見事です、互情さん」


「あ、ああ……」


 隣でしゃがみこむ形になっていた静が薄く微笑み、暴れて若干乱れた髪を手櫛で整える。

 あまりに優雅で、ただ“一仕事終えただけ”と言うその仕草。


(……すごい。この娘の力は、本当にすごい)


 危機的状況にも動じない胆力に、相手の動きを見切る動体視力。そして的確に体を操るセンスなど、傍から見ていて感じられたのはそんな圧倒的な才能の数々だ。


 正直言って甘く見ていた。

 最初に黒武者との戦いを見た時に、反撃まではできずにいたからと、心のどこかで彼女の力量を低く見積もってしまっていた。

 まさかスキル抜きで、ここまで的確極まりない立ち回りのできる人間がいるなどとは思っても見なかった。

 格闘技の技術など持っていないという彼女の証言が、にわかに疑わしくなって来るほどである。


「――おや?」


 そんな竜昇の内心を知ってか知らずか、竜昇と静のスマートフォンが軽薄な着信音を奏で、二人がほとんど同時に着信の内容を確認する。

 半ば予想通り、そこに届いていたのはレベルアップの通達だった。

 レベルが上がったことに達成感を覚えてしまうのはゲーマーの性なのかと、そんなことを思いながら内容を確認した竜昇は、しかしそこに記されていた内容にまたも驚かされることとなった。


「どうかしましたか、互情さん」


「いや、レベルが……」


 確かにレベルは上がっていた。ただしそれは一つや二つではなく五つも。

 簡単に言ってしまえば、竜昇はレベル3から、一気にレベル8になっていた。

 そして、竜昇のステータスに現れた変化はそれだけではない。


『魔法≪マジック≫・【静雷撃≪サイレントボルト≫】を習得しました』






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:8(↑)

  雷撃≪ショックボルト≫

  静雷撃≪サイレントボルト≫(New)

装備

 竹槍


小原静

スキル

 投擲スキル:2

装備

 小さなナイフ

 花柄鈍器→Lost

保有アイテム

 雷の魔導書


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