9:時代劇の襲撃者
その敵の存在には、ほどなく竜昇も気づくこととなった。
足音で気づいた、と言う静の言葉に自身も耳を澄ませ、確かに聞こえてくる音を自身の聴覚で捉えたのである。
ただし、竜昇が捉えたのは足音とはまた別の音だった。金属同士がぶつかり合うような澄んだ音。いったい何の音なのかと、その発生源に目を凝らしていると、付近の江戸時代家屋のジオラマ、町人の商店と武家屋敷を両側に持つ通路の影から、その音の主が現れる。
「あれは……、僧侶と言うことなのでしょうか?」
姿を見せた敵の姿に、竜昇と共に長屋の壁際に身を隠し、物陰から様子をうかがう静がそう問いかける。実際現れたその姿は、法衣を身に纏い、深編笠をかぶって錫杖をついた、僧侶と思しき風体の敵だった。
ただしやはりというべきか、肌の覗く部分は全て黒い煙で構成されており、深編笠からのぞく顔面の中に、核と思われる赤い光が輝いている。
「さっきから鳴っている金属音はあの錫杖の音か。まあ、こっちとしては目立ってくれてありがたい話ではあるが……」
事前に来ることを察知できたのはありがたかったが、しかし来るタイミングとしてはあまりいいとは言い切れない。こちらはまだ互いの現状を話し合っただけで、今後の相談もほとんどできていないのだ。竜昇としては試したいことや調べたいこともあったというのに、先ほどからそれらを終える前に次の敵に遭遇してしまっている。
静もどうやら同じような考えだったらしい。自分のスマホを一瞥してから傍のカバンにしまうと、代わりに先ほど作った花柄の鈍器を手に取った。
「敵はこちらの準備など待ってはくれないということなのでしょうね。とりあえず手早く片付けてこちらも準備を整えたいところです」
「同感だ。さっきの手甲、邪魔にならなければとりあえずそっちで付けていてくれるか? さっき話した通り前衛をやるつもりなら、防具の一つもあった方がいいだろう」
「……そうですね。ではお言葉に甘えます」
そう言うと、静はそばに置きっぱなしになっていた手甲を手に取って、自分の左手に素早く装着する。構造としては腕を通してひもで縛るだけの単純な構造ではあったが、それでも初めて見るはずの防具を静は少しも手間取ることなく、素早く装着して見せた。
紐の片方を口でくわえて縛りながら、再び外へと視線を戻した静が僧侶を見据えて問うてくる。
「互情さん、あの僧侶の方、こちらに気付いていると思いますか?」
「……どうだろう。向こうからこっちが見えているとも思えないし、ただ徘徊しているだけのようにも見えるが……」
「同感ですね。一見こちらに向かってきているようには感じますが、意識をこちらに向けているようには感じません」
もしもこの予想が正しければ、相手がこちらに気付いていない今は不意打ちを決める絶好のチャンスだ。意を決し、竜昇は先ほど静かに言われた通り、自分の中で魔術の準備をし始める。
(【雷撃≪ショックボルト≫】――起動処理開始……完了――!!)
右手に魔術を携え、左手で竹槍を掴んで身構えて、竜昇は物陰からそっと近づく僧侶の隙を伺う。
敵がこちらに背を向けたら背後から魔法を打ち込む。仮に気付かれた場合でも、先制攻撃で魔法を打ち込めればその後の展開は優位に進められる。できれば静と作戦会議の一つもしておきたいところだったが、今はさすがにそこまでの時間もない。最悪この場は竜昇一人で肩を付けることも考えて、竜昇は近づく僧侶の錫杖の音をカウントダウン代わりに、じっと息を殺してその瞬間を待ち続けた。
竜昇たちの潜む長屋の目の前、ジオラマの家屋に囲まれたT字路を僧侶が曲がり、竜昇たちにその背中をさらす瞬間を。
そばで同じように息を殺す静が、しかし竜昇と違い怪訝な表情で僧侶の姿を見ていることに気付くことなく。
(……曲がる)
ついに曲がり角へと差し掛かり、錫杖で床をついて左右を覗う僧侶の姿を見ながら、竜昇は一層その動きに神経を集中させる。対する僧侶はあたりに視線を巡らし、そこから右に曲がって竜昇たちにちょうど背を向けようとして、
直後にいきなり床面を錫杖で強くついて、その先に通された遊環と呼ばれる金属の輪を、一際高い音でかき鳴らした。
同時に、竜昇たちの全身に産毛が逆立つような、何らかの力が波のように打ち寄せる。
「「――!!」」
その感覚には竜昇だけではなく、静の方も気が付いたらしい。二人そろって息をのみ、そしてその二人の呼吸の乱れを聞きつけたかのように、目の前のT字路でこちらに背を向けていた僧侶が振り返り、核が輝く黒い顔面をまっすぐに竜昇たちの居場所へと向けてきた。
(――バレた!!)
そう悟った瞬間の、竜昇の行動は早かった。開け放たれていた長屋の出入り口から外へと飛び出し、右手を前に突き出してすかさず初撃を叩き込む。
【「雷撃≪ショックボルト≫】――!!」
閃光がほとばしり、床面を舐めて一気に前方の僧侶へと襲い掛かる。狙いは万全。放たれた雷撃はこちらに振り返った僧侶へと直撃しようとして、
「――!?」
その直前に現れた、僧侶の体を包み込むような半透明の壁には阻まれた。
「――っ、こいつもシールド持ちか――!!」
「互情さん、上です」
竜昇が僧侶の使った防御魔法に気を取られかけたその瞬間、冷静な静の声が竜昇へと届き、同時に上から何かの影が差す。
反射的に竜昇が振り返り、己が今までいた長屋の屋根付近を見上げると、まさに今、その屋根の上から飛び降りてきたらしきもう一人の影が、両手でつかんだ小ぶりな武器を、竜昇の脳天目がけて力いっぱい振り下ろす格好で落ちてきていた。
「互情さん、そのままで――!!」
竜昇が慌てて逃れようとしたその動き一言で制し、長屋の中に居た静が素早く落ちてくる影めがけてその手を振り抜いた。
静の手からナイフが放たれ、それが長屋の窓の格子状になった隙間を抜いて、落ちてくる人影の脇腹に突き刺さり、それによってバランスを崩した影が煙を散らして床の上へと転げ落ちる。
「――なっ、もう一体!?」
「そのようです。迂闊でした。妙だなとは思っていたんです。私が最初に耳にしたのは足音だったのに、現れたあの僧侶の方はもっと目立つ錫杖の音を鳴らしながら来ていましたから」
「最初に聞き取ったのは、こいつの足音だったって言うのか?」
「ええ、恐らくは。……結託しているのか、それとも僧侶の方を囮にもう一人が襲ってきたのか、そもそもそんなことを考える知恵があるのかは不明ですが……、いえ」
言いかけた言葉を静が否定した理由は、竜昇にも見ていたがゆえに理解できた。倒れたもう一人のすぐそばまで、先ほどシールドを張って竜昇の一撃を無効化した僧侶が歩み寄り、まるでもう一人をかばうようにその錫杖を構えていたからだ。
「とりあえず結託はしているようですね」
「要するに二対二か。仲間割れでもしてくれれば楽だったものを……」
己の中で魔法の準備を整えながら、竜昇は自分たちの優位が全て無力化された現状に歯噛みする。
数の利、不意打ちの初撃、それらがすべて無効化されてしまうと、とたんに竜昇たちの側が不利になる。なにしろこの二人、まともな接近戦のスキルを持っていないのだ。見たところ僧侶の方は錫杖を持ち、なかなか様になった仕草でそれを構えている。一方背後にいるもう一人はと言えば、
「あれは……、岡っ引きってことなんだろうか?」
「どうやらそのようですね……。少々時代劇の影響を受けすぎていて、このような博物館にいるべき姿とは言い難いですが……」
僧侶に守られて立ち上がるもう一人の姿は、着物姿で手に十手を握った、時代劇の岡っ引きのような姿の敵(エネミー)だった。こちらもやはりというべきか、服からのぞく顔や手などが黒い煙で形成されている。
先ほど静のナイフを受けた右わき腹からはすでにナイフが抜けて、ナイフが刺さっていた脇腹から出血の代わりに黒い煙が漏れている。
「とりあえず手傷は負わせたようですね。こんな相手にあれがどれほどのダメージなっているのかはわかりませんが」
「内臓とかなさそうだし、致命傷になってるって感じじゃないな。でもまあ、狙うとしたら、そっちだ――!!」
言って、竜昇は立ち上がる岡っ引き目がけて、己の右腕を差し向ける。
すでに魔法は準備万端。後は術名の喚起だけで雷撃が現実のものとして顕現する。
「【雷撃≪ショックボルト≫】――!!」
ほとばしる閃光。だが術の発動とほぼ同時に、竜昇以外の三者もほぼ同時に動き出す。
狙われた岡っ引きが横へと飛び退き、それに対して僧侶が岡っ引きの盾になるよう立ちはだかって、先ほどのシールドを起動させて岡っ引きを狙う雷撃を半透明の壁で受け止めた。
「――ッ!!」
「まだです互情さん。次の魔法の準備を――!!」
穏やかな、しかしよく通る声で竜昇にそう言って、静がその手の花柄鈍器を背後に振りかぶり、僧侶目がけて突進する。
対する僧侶も迎撃の構え。もとより素人の即席武器に等負けるつもりはないのか、自身の錫杖を腰だめに構えると、とがった先端を槍のように構えて静の顔目がけて突き出した。
ただしその一撃にも、小原静を捉えることはかなわない。
いったいどんな動体視力をしているのか、静は錫杖が構えられ、突き出されると見るや、走る我が身を左に倒して襲い来る錫杖の刺突をあっさりと回避する。さらにそれによって崩れた態勢を逆に利用するかのように体重を移動させ、振りかぶった右手の鈍器を僧侶の顔面目がけて叩き付けた。
錫杖を回避され、懐に潜り込まれての強烈な一撃。通常ならばそれだけで決まってしまいそうな芸術的なカウンター。だがそんな攻撃に対しても、錫杖を突き出した格好の僧侶はギリギリ対処を間に合わせる。
「おや……」
鈍器が僧侶の顔面に着弾しそうになったその瞬間、先ほど竜昇の雷撃を防いだのと同じ半透明のシールドが僧侶を中心に拡大するように出現し、鈍器による一撃を鈍い音と共に受け止める。
否、シールドがこなす役割は、攻撃を防ぐだけにはとどまらない。
「――これはまずいですね」
静の目の前で、鈍器を防いだシールドがさらに拡大。静の体に激突し、その軽い体を拡大の勢いに任せて突き飛ばした。
「――!!」
とっさに床を転がって距離をとり、すぐさま床に手をついて身を起こす静だったが、そんな少女の隙を見逃してくれるほど相対する敵は甘くない。
好機とばかりに僧侶の背後から岡っ引きが飛び出し、素早く距離を詰めて、その手に持った十手を横薙ぎに静目がけて振りぬいた。
「――くッ!!」
立ち上がりかけていた静が途中でそれを断念して重心を背後に倒し、同時に左手を構えて籠手で十手の一撃を受け止める。
硬質なものがぶつかる音が周囲に響き、直撃と同時に静は両足で地面を蹴って、打撃の勢いに乗って思い切り背後へと飛び退いた。
「――ッ、【雷撃≪ショックボルト≫】――!!」
更なる追撃の構えを見せる岡っ引きに対して、一瞬遅く準備を終えた魔法がどうにかその追撃を迎え撃つ。とは言え、やはり敵は竜昇の魔術に対して警戒を怠らない。岡っ引きが足を止め、その前に僧侶が飛び込みシールドを張って竜昇の放った【雷撃≪ショックボルト≫】は三度あっさりと防がれてしまった。
「く……。オハラさん、大丈夫か?」
「……ええ。問題ありません。さっきの一撃も、どうにか籠手で受け止められました。……いえ」
思いのほかあっさりと起き上り、はっきりとした口調でそう話す静の声に、竜昇は内心でホッと胸を撫で下ろす。だが直後に静の言葉の中にある不審の色に気付きチラリと彼女の歩へと視線をやった。
見れば、静は膝立ちの姿勢で敵を見つつも、目の前に左手の籠手をかざして何やら考え込むような様子を見せている。
「どうしたんだ? やっぱり腕にダメージを?」
「いえ、その逆です。“まったく問題が無いんです”。 ……それに先ほどの……、もしかして……」
「……?」
彼女が抱いた疑問については詳しく聞いておきたいところだったが、しかしどうやら今はそれができるような状況でもないらしい。
目の前でふたたび二体の敵が動きだし、それに触発される形で二人もそれぞれ身構える。
「どうやら、あまり悠長に検証している時間はないようですね。互情さん、あのシールドについてはどう思います?」
「シールド……」
魔法の準備をしながらも、観察する余裕があったため、竜昇はずっと敵二体の手の内を探り続けていた。当然、観察していた手の内の中にはシールドの特性も含まれる。
「見たところ、内側から外に広がるように出現して、接触する攻撃を弾き飛ばす形のものらしいな。魔力を周囲に放って攻撃をはじき、一定距離で固定して壁とする。防げる攻撃に物理も魔法も関係が無い。
ただ、攻略も理屈の上ではそう難しくないはずだ。こっちが想像する魔法の一種なら魔力切れを起こせば使えない。強度にだって限界はあるはず。それにたぶん、一度使用すると次に使えるまでにはインターバルがある」
「インターバル?」
「俺の魔法もそうだが、一度使ってから次に使えるようになるまで、少しではあるけど間があるんだ。あいつのシールドはかなり短い間隔で発動してるけど、それでも発動直後なら何らかの隙はできるはずだ」
「狙うとしたらそこ、ですか」
慣れ親しんだゲーム知識と実際に魔法を使って得た実感、そして先ほど同じ魔法を使っていた黒武者との交戦経験を根拠に竜昇はそんな予測を立てる。とは言え、予想した三つの中で、しかし前者二つは今の竜昇たちが突くには少々難しい弱点だ。強度の限界を超えるような攻撃力は持ち合わせていないし、魔力切れを起こすまで消耗戦をやるのは今の二人には難しい。後は先ほどの黒武者を倒した時にそうしたように、一度シールドを使わせてから次に使うまでのインターバルを狙って攻撃を仕掛けるよりほかにない。
だが、それをするにはもう一体の、岡っ引きの敵の存在が邪魔になる。
「互情さん。先にあの岡っ引きの方にご退場願いましょう」
静もどうやら同じ結論に達したらしい。様になった動作で髪の毛を払いながら、花柄鈍器を手に十手を握る目標へと狙いを定める。
「難儀な方々ですが一つ考えがあります。合図をしたら僧侶の方に電撃一当てお願いします」
毅然とした態度でそう要請し、静は再び敵前へと一歩を踏み出す。
その様子におびえた様子など見られない。むしろその様子は、これまでポーカーフェイスを貫いていた彼女にしては随分と――。
「時代劇が嫌いな訳ではありませんが、か弱い乙女に打ちかかるような岡っ引きなど論外です。ここは速やかにご退場いただいて、話の続きへ戻るとしましょう」
――随分と、生き生きしているように見えていた。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:3
雷撃≪ショックボルト≫
装備
竹槍
小原静
スキル
投擲スキル:2
装備
小さなナイフ
花柄鈍器
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます