8:ビルドエラーの打開策

 『投擲』と言う言葉を見て最初に思い出したのは、先ほど武者と戦った際、最後に静が見せた鮮やかな投げナイフの腕前だった。

最初に石を投げつけて武者の顔面を自分に向かせ、そうして自分に向けられた赤い核目がけて本命のナイフを投げつける。通常ナイフというものは投げつけても真っ直ぐには飛ばず、回転しながら飛んでいくものなのだとは聞いていたが、あの時投げたナイフはどう見ても刃を相手に向けて真っ直ぐに飛んでいた。その命中精度を勘案してみても、確かにスキルの補助なしでは難しい一撃だっただろう。


 だが、それでも【投擲スキル】。

確かに有用なスキルではあるのかもしれないが、しかしこの手のゲームで最初に選ぶのに適しているかと問われると、竜昇は首を捻らざるを得ない。

 いや、首を捻るどころではない。むしろゲームだったならばまだ希望はあったかもしれないが、そのゲームシステムをそのまま現実に持って来たような今の現状ではむしろ頭を抱えたくなる選択だ。

 なにが問題と言ってこのスキル、使用回数の縛りがきつすぎるのだ。これがもしゲームのように、武器を投げても新しい武器が無限供給されるシステムだったならば問題もなかっただろうが、現状では投げつけられる武器がナイフ一本しか存在していない。


 静があの武器庫のような部屋で選んで持ってきたのだという小さなナイフ。

 聞けば、静はあの物々しい部屋を見て危機感こそ覚えたものの、なんでそんな部屋に通されたのかが分からず、あからさまな武器を避けて隠し持てる武器だけを選んでここに来たらしい。

 なるほど、この先に何が待ち受けているかがわからないあの状況、現実的な思考回路の持ち主ならばそれはある意味正解ではあったのかもしれないが、しかし状況から非現実的な敵、モンスター的な相手を想定していた竜昇に対して、彼女の判断はあまりにも現実的に過ぎた。

強面の屈強な男たちが待ち構えている可能性は考えていたのかもしれないが、いきなり刀を持って斬りかかって来る黒い影の存在など、彼女は最初から想定していなかったのである。ゲームを知らず、アプリの指示も見ていなかったがゆえに、問題の質を見誤ってしまった形である。


 結果、彼女が選んだのは投擲用のナイフと【投擲スキル】。

 ナイフに投擲専用などと言う汎用性を損なうようなカテゴライズがあるのかは竜昇としても疑問だが、しかし彼女が持ち出したナイフについていたスキルが【投擲】であったのはアプリのステータス画面を見る限り間違いない。

 極めてまずいことに、彼女は一度投げたら武器を失ってしまう、ほとんど一回しか攻撃できない【投擲スキル】を初期スキルとして選んでしまったのである。


「なるほど。先ほどはやけにナイフが真っ直ぐにとんだと思ったら、このスキルというもののせいだったのですか」


 そんな竜昇の葛藤などつゆ知らず、静は竜昇からスマートフォンを受け取り、自分が習得したスキルについての説明を読み始める。


「アビリティ【投擲の心得】、ですか。……ふむ」


 静の【投擲スキル】は現状レベル2。修得していたのは、【投擲の心得】と呼ばれる『アビリティ』だった。ステータス画面を確認すると、ご丁寧に説明書きまでついていて、『あらゆる武器に対して、的確な投擲を可能とするアビリティ』と書かれている。もしもこの文言を信じるならば、彼女は石だろうとナイフだろうと、自分の意志で自由に投げつけることができるということになる。そういう意味では、このスキルはそれなりに有用なスキルと言えるかもしれない。

 ただ……。


「浮かない顔をしておられますね互情さん。やはりこのスキルを選んでしまったことには問題があったのですか?」


「んん……、まあ、そうだな……。確かに、優秀なスキルではあるんじゃないかと思う。けど……」


 言葉を濁しつつ、しかし言わないわけには行かないと竜昇は心を決める。実際この問題は早いうちに解決しておかなければまずいのだ。


「――ただ、このスキルが有用なのはあくまでサブウェポンとしてだ。最初の段階でメインウェポンになるスキルを選べなかったって言うのは、やっぱり問題なんじゃないかと思う」


「……メインウェポン、ですか……。ちなみに、互情さんの考えるメインウェポンと言うのは、具体的にどういうものなのです?」


「どう、と改めて聞かれると迷うところだが……、そうだな。一定レベルの決定力があって、ある程度安定して使えること。いや、継続的に、と言った方がいいかな。ゲーム的に考えても、メインウェポンってのはどうしても戦術の基本になるものだから」


「決定力と安定性、あるいは継続性ですか。確かに、この【投擲スキル】はそう言う意味ではまずいようですね。見た限り超常的な威力があるわけではありませんでしたし、一度投げてしまったら武器が無くなってしまうので、安定性や継続性と言う面でもかけている」


 竜昇の意図を的確に察して口にしながら、静は己の手の中で、自分が選んで持ってきた小さなナイフをもてあそぶ。

 実際竜昇に言わせれば、彼女の現状は最初から完全にビルドエラーだった。もっとも、まだスキルを一つ手にしているだけなので、ビルドエラーも何もあったものではないのだが、しかしたった一つのスキルが『投擲』と言うのは、いくらなんでも扱い辛過ぎる。唯一このスキルの利点を上げるとするならば、ある程度距離をとって戦える飛び道具であるという点だが、しかし同じように遠距離攻撃として魔法の存在が確認されている現状、ただの『投擲』の持つ優位性はたかが知れている。


「とにかく、なんとか早いうちにメインウェポンになるようなスキルを手に入れないと……」


「おや、ここは殿方ならば『俺が守る』と言ったセリフがほしかったところなのですが」


「生憎だけど、そんな安請け合いができる状況じゃなさそうなんだよな……」


「いえ。ただの冗談ですのでお気になさらず。そもそもこの状況で、後ろに隠れてお姫様でいようとすることほど愚かしい選択もないでしょうし」


 冗談めかして、あっさりと手の平を返す静の姿に、竜昇も少々面食らう。

 思えば最初に出会った時からそうだった。ふつうこんな状況に陥ったら恐怖に駆られて冷静な判断などできなくなりそうなものだが、しかしこの静という少女は終始一貫して動じない様子を保っている。


「随分、冷静なんだな」


「はい?」


「ああ、いや……。正直パニックになられたりしないか、そのあたりも少し心配していたんだけど、杞憂だったみたいで……」


 実際、この階層に来る前から何かと戦わされる可能性を覚悟していた竜昇でさえ、最初の敵を相手にした後は動揺を殺しきれなかったのだ。パニックに陥ったり、恐怖に駆られて動けなくなるというのは、むしろこの状況下では普通にありえる反応だろう。

 そんな竜昇の意図を察したのか、聞かれた当初は首を傾げて疑問そうにしていた静も何かに気付いたように目を伏せる。


「……ええ、そうですね。考えてみれば普通はもっと狼狽えるのでしょう。すいません、私は少々そう言うものに鈍いと言いますか、あまり狼狽えるということを経験したものが無いものでして」


「ああ、いや、謝ることじゃないし、むしろ助かる話ではあるんだけど……」


 静の予想外の反応に、竜昇も慌ててそうフォローを入れる。

 実際、助かる話ではあるのだ。ただでさえ余裕の無い局面でパニックにでもなられていたら、いくら魔法などという力があってもとてもフォローはしきれない。なにしろ一瞬先には竜昇の命でさえどうなるかわからないような場所なのだ。こうして出会えた同じ状況の仲間と言える相手が自分などよりはるかに冷静というのは、むしろ望外の幸運だったとも言える。


「……話を戻そう。とりあえずスキルの話なんだけど」


 静の様子に、あまりこの話題を広げるべきではないと判断し、竜昇は元々の、スキル構成についての話題に戻す。

 もとより現状もっとも話し合うべき議題だ。静も伏せていた視線を竜昇へと戻し、先ほどと変わらぬ冷静な声で竜昇へと問うてきた。


「私はゲームには疎いので互情さんにお聞きしたいのですが、この場合私はどのようなスキルを探せばいいのでしょうか。いえ、それ以前の問題として、私たちはこれ以上スキルを習得できるのでしょうか?」


「スキルの習得は……、たぶんだけど、できると思う。この手のゲームはいくつかのスキルを組み合わせて戦術を構築していくものだから。【不問ビル】内のルールがゲームのそれを模倣しているならばできるはずだ」


 問題はどんなスキルを習得するかだが、しかしこれについては現状考えてもしょうがない。

 次にいつどんな形でスキルを習得できるかがまずわからないし、その時にあの武器の部屋のような選択の余地があるのかも不透明だからだ。


「一応、参考までに聞いておきたいのですが、互情さんとしては私にどんなスキルを習得して欲しいですか」


「どんなスキル、か……」


「ええ。スタイル、あるいは役回りという言い方でも構いません。この先スキルを選ぶにあたって、事前に何らかの方向性を示していただけると助かるのですが」


 静にそう言われ、竜昇はしばし先のことについて考える。

 この先共に行動するとなれば、確かにもう一方のスタイルに合わせて自分の選択肢を決めるというのは有りと言えば有りだ。

 加えてゲームでのセオリーを思い起こせば、このパーティにかけている要素は比較的簡単に推測できる・


「やっぱり、近接戦用のスキルは鉄板かな。一応、俺がすでに習得しているスキルが遠距離攻撃の魔法系スキルだから、できればオハラさんに修得してもらうのは接近戦系のスキルの方がありがたい。魔法を撃つには若干の集中が必要になるから、その時間を稼ぐための壁役もいると助かるし」


「壁役……、つまり、防御に徹して時間稼ぎをする人間が欲しいと?」


「もちろん、これに関しては無理にとは言わない」


 そう言う竜昇の言葉に嘘はない。現状、壁役の存在の必要性は理解しているが、しかし同時にそれは最も危険な役割だ。

 確かに竜昇には静をお姫様扱いする余裕などありはしないが、だからと言って彼女を肉の壁として扱うことには流石に抵抗がある。

 感情的な問題も多々あるが、そもそも先が長いだろう現状、協力関係を結ぶべき相手をぞんざいに扱うことは、後々自分の首を絞めることにもなりかねないからだ。

 だから竜昇としては、静は当然断るだろうと思っていた訳だが、しかし静が返してきたのは予想外の反応だった。


「それくらいでしたら、現状でもなんとかできるかもしれません。要するに、相手の方の足止めをしつつ身を守っていればいいのですよね?」


「いや、確かにそうだけど、事はそう簡単じゃないぞ。なにより前に出て戦う分一番危険を伴う」


「防御、は盾も武器もない現状できそうにありませんが、相手の前で時間稼ぎをすればいいというならできないことはありません。幸い先ほども避けるだけならばそれほど難しくありませんでしたし」


「難しくなかったって……、そう言えば、さっきもあの黒武者の刀を普通に避けてたな……。ん? ちょっと待ってくれ」


 思い出してみれば、確かに静は先ほど黒武者に襲われた際、いっそ余裕すらうかがわせる動きでその刀を避けていた。確かにあんな真似ができるならば壁役、それも盾と言うよりもむしろ回避盾として前衛を務めることも可能かもしれない。

 だが、そこまで思い起こして、竜昇はようやく自身がとんでもない事実を見落としていたことに気が付いた。


「……そういえば、あれはどうやってたんだ? 殺気の黒武者の攻撃を全部よけてた奴、見たところオハラさんの習得しているスキルには、それらしいものはなかったはずだけど……」


「……? えっと、先ほど刀をよけられていた理由、ということですか? あれはまあ、なんとなくできそうな気がしたのでやってみたらできたと言いますか……。スキルのせいでないとするなら自前の技能と言うことになるのでしょうか……?」


「いや、そんな馬鹿な」


 静の解答に、思わず竜昇は反射的に突っ込みを入れる。もしも静の答えが本当であるならば、彼女はスキルによる補助など何もなしに、本当に自前の才能だけであの攻撃をかわしていたことになるのだ。簡単そうに回避していたため錯覚しそうになるが、常人があんなことを普通にできるとは到底思えない。


「いや、まて。もしかしてオハラさんって何か武道系の経験がある人なのか? 剣道や空手の有段者とか?」


「いえ。テニスならばそれなりに自信がありますが、武術の経験などは特にありませんね。もちろん刀で斬りかかられたのもあれが初めてですし」


「おいおい……」


 テニスなどと、思いのほかお嬢様らしい答え誤魔化されそうになったが、しかしそんなものでは誤魔化しきれない戦慄が、理解と共に竜昇の全身を駆け抜けていた。

 つまり静は、なんの経験も知識もなしに、ただ持ち前の才能だけであの攻撃を避け続けていたことになるのだ。

 それはもはや才能などという言葉で済まされる話ではない。もっと強烈な別の要素だ。


そんな竜昇の戦慄をさしおいて、静は『さて、そうなると』と言って持ってきていた自分のカバンをあさり出す。これから命をかけようというのに、あまりにもあっさりとしたその姿に竜昇が唖然としていると、静は自分のカバンから花柄のきんちゃく袋を取り出した。


「それは……?」


「秘密です。女の子にはいろいろと必要になる小物があるのですよ。まあとは言っても、今用があるのは中身ではなく袋なのですが……」


 そう言うと、秘密と言った舌の根も乾かぬうちに、静は袋をひっくり返し、中に入っていたコンパクトやブラシ、リップクリームと言った、化粧品に当たらないギリギリの小物の数々を畳の上にぶちまける。そうして袋を完全に空にすると今度はあたりを見回して、長屋の入り口から身を乗り出して今いるジオラマの周囲に撒かれている砂利を掴んで手に取った。


「……ちょうどいいです、これにいたしましょう。最悪小銭などを入れてとも思っていましたが、手持ちの小銭だけでは量が心もとないですし。

 ところで互情さん、本物の江戸時代の長屋に、砂利なんて敷いてあったんでしょうか」


「いや、たぶんなかったんじゃないかと思うけど……、いや、それより何してんの? まさかそんな砂利を袋に入れて持ち歩くつもりじゃ――」


「いえ、そのまさかと言いますか……。端的に申しあげまして、荒事に向かう上で一つ武器でも作ってみようかと」


 言いながら、静は巾着に適度に砂利を詰め終わると、口を絞って紐を結び、そしてその紐を指に引っ掛けて砂利のたっぷり詰まった巾着をブンブン振り回す。

 出来上がったのは人くらいなら容易になぐり殺せそうな花柄鈍器。即席で作ったとは思えない凶悪な装備が、少女のたおやかな手の中で唸り声をあげていた。

 思わず、竜昇の顔が戦慄に引き攣る。


「とりあえず、これで殴れば多少なりとも攻撃にはなると思うのですよ。流石に会ったばかりの互情さんに、なけなしの武器であるその竹槍をいただくわけにもいきませんし、そもそも相手の攻撃をよけると考えるならば、使う武器はある程度小さい方がいいのではとも思いますしね」


 あまりにもこのビルの節理に適応した回答を聞きながら、竜昇はもう何度目になるかもわからない驚きを味合わされる。いくらんでもこの少女、不問ビルに適応しすぎている。足手まといを守りながら戦う羽目にならなかったのは助かったが、しかしこんな調子でこの少女、いったいどうやって平穏な日常を暮していたのだろうか。


「ついでです。この際命がかかっているのですから、使えそうにない教科書などはここに置いていきましょう。ああ、そういえば先ほどの武者の方が手甲を落としていったのでした。互情さん、これはどうしますか」


「ああ、そういえば……。ちょっと待ってくれ。実は少し試しておきたいことが――」


「――お静かに」


 唐突に自身の唇を少女の人差し指によって塞がれ。竜昇の心臓が体の中で飛び上がる。

 異性が、それも飛び切りの美少女が唇に触れているという、経験したことの無い状況に竜昇の心臓が跳ね上がるが、しかし直後に静が口にしたのはそんな浮ついた気分を吹き飛ばすのに十分な言葉だった。


「互情さん、魔法の準備をしてください」


「――え? なんだいったい、どうしたんだ?」


「静かに。……今足音がしました。恐らくは敵≪エネミー≫かと」





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:3

  雷撃ショックボルト

装備

 竹槍


小原静

スキル

 投擲スキル:2

装備

 小さなナイフ

 花柄鈍器(New)

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