7:情報交換

 とりあえず落ち着けるところで話そうとなった時にぱっと目についたのは、近くにあった家屋の実物大ジオラマの中だった。

 現在竜昇たちがいる場所はすでに江戸時代の展示コーナーとなっている。その片隅に作られたジオラマは当時の江戸時代の家屋いくつか再現しており、竜昇たちはその中から、長屋と思しき建物を再現したジオラマの中、その一室へと身を隠していた。

 扉は構造上閉めることができなかったが、周囲を警戒することを考えればそれでもいいと割り切り、竜昇たちはひとまず外からは見えない壁際に腰を落ち着ける。


 竜昇が周囲を確認して畳の上に胡坐をかくと、目の前に着た少女は礼儀正しくも正座していた。


(……なんていうか、嫌味でなくお嬢様って感じの人だな)


 少女の姿を改めて観察し、竜昇は漠然とそんな感想を抱く。

仮に彼女の着ている制服がお嬢様学校で有名な女子校の制服でなかったとしても、竜昇は同じような感想を抱いたことだろう。制服をスカート丈など下手に上げずにキッチリと着こなしている点と言い、肩まで伸ばした、若干色素の薄い髪も前髪や毛先までキッチリと整えられている点と言い、何というか彼女からは全身からにじみ出るような上品なオーラが漂っていた。

嫌味さを感じさせずに、住んでいる世界の違いだけを認識させられるような、そんなある種完成された感すらある少女である。

なんとなく、高値の花と言う言葉を思い出す。


「さて、いろいろと話したいことはあるのですが、まずは改めてお礼から申しましょう。先ほどはご助力いただき、本当にありがとうございました。正直いきなり襲われたため逃げるので精いっぱいで、手を出しあぐねておりまして……」


「ああ、いや。それはこっちこそ。むしろこちらの方が敵(エネミー)から助けてもらう形になってしまって……」


 礼儀正しい相手の態度に思わず正座し、竜昇自身も意図せず敬語になる。完全に雰囲気にのまれていると、そんなことを自覚しながら、それでも竜昇はその雰囲気に逆らうことができなかった。

 そんな竜昇の態度から何かを察したのか、静が口元に手を当ててクスリと笑う。


「別に、同い年なのですから敬語などは使わなくて結構ですよ。私のこれは、ほとんど癖のようなものですから」


「そうです――、ああ……そうか。それじゃあお言葉に甘えて」


 この場所を探して隠れるまでの間に、簡単にであるが竜昇と静は名前以外の自分たちの自己紹介を済ませている。ビルの前で制服から予測した通り、どうやらシズカは霧岸女学園の生徒であるらしく、学年も二年生と竜昇と同い年らしかった。

 生まれ育つ環境が違うだけでここまで人間と言うのは人種が違ってしまうのかと、そんなことを考えながらも、しかし竜昇は早めに話の本題に入ることにする。


「とりあえずこの【不問ビル】について、できうる限りの情報交換がしたいんだけど……、いや、こっちは少なくともあまり知らない訳だから交換は成立しないかな」


「……知らない、のですか? なにやら先ほどから、ずいぶんとこのビルに通じていそうなイメージを抱いていたのですが」


 面と向かって首を傾げられ、対する竜昇は少々反応に困る。

 というのも、竜昇はむしろ、この少女の方がこのビルについては玄人なのではないかと疑っていたくらいなのだ。


もちろん、ビルが現れた時期や、外に出られないこの状況を考えればその考えは大きな矛盾をはらむのだが、しかし静のこの落ち着き方や、先ほど見せた驚くべき回避能力などに関しては、彼女がそれ相応の経験をしているが故と考えた方が納得できるくらいだ。

――と、少なくともこの時まで、竜昇はこの少女についてそう考えていたのだが。


「申し訳ありません。私もこのビルに来るのは初めてでして、できればビルについてよく知る方に話を聞きたいと思っていたのですが……」


「え、初めて? 前々からこのビルに出入りしていたとかは……」


「いえ、今日が初めてですね。そもそもこのビルが現れてから、まだ十日ほどしかたっていませんし。

 私はむしろ、【不問ビル】や【敵≪エネミー≫】と言った名前を知っている互情さんの方こそ、このビルについて詳しいのではと思っていたのですが」


「え? ……ああ、そう言うことか」


 静の言に、ようやく竜昇は静の抱く勘違いを理解する。

 恐らく静は、このビルを【不問ビル】と呼び、さっきの黒武者を【敵≪エネミー≫】と呼ぶ竜昇の態度に、それがどこかで誰かが決めた正式名称のようなイメージを抱いたのだろう。確かに訳の分からない相手について、きちんとそれらしい名前を付けて呼んでいれば専門家のように見えるかもしれない。


「いや、違うんだ。実は俺もこのビルに初めて入った人間でさ。【不問ビル】とかその辺の名前も、こっちで勝手につけた名前なんだよ。むしろこっちは、小原さんの方がこのビルに詳しいんじゃないかと思ってたんだけど……」


「いえ。私もついさっきここに来たばかりです。つい先ほどこのビルに入って、エレベーターに乗ったら閉じ込められまして……。その後この上の六十階まで連れてこられました」


「そのあたりはこっちと同じか……」


 腕組みをし、竜昇は静の言うことを頭の中で真剣に検証する。

 一応ではあるが、これまでのところ彼女の言動に嘘は感じない。というよりも、彼女がもしこのビルについて深く知る人間だったとしても、竜昇に対して嘘を吐く必要性が思い浮かばないからだ。一応彼女が不問ビルの側の人間であれば話は変わって来るのだが、しかし【敵≪エネミー≫】は変わらず彼女にも襲い掛かっていたし、竜昇を騙そうとしているにしては『知らない』ことが多く、少々こちらを騙すための嘘が足りないように思える。


「……そうか、やっぱり小原さんも俺と同じ立場なんだよな」


「……? 同じ立場、というなら確かにそうですけど……」


「ああ、いや、なんていうかうれしいというか、救われるというか、さ……。なにしろこのビルが現れてから、このビルに同じように疑問を持てる同類っていなかったから」


 実際、【不問ビル】という明らかな異常に対して、疑問を抱いているのが自分だけというのは精神的にかなりきつい状況だった。不問ビルそのものへの恐怖もさることながら、自分一人が他とは違う反応しているというその事実が、まるで周りではなく自分の方がおかしいのだと言われているような気さえして、正直ここ数日の竜昇は自身の正気に対して何度も不安を覚えたし、それによる心細さのようなものもここ数日で何度も感じた。

 それはきっと、この酷く冷静な少女でさえ同じだったのだろう。


「……そうですね。確かに救われるというのは、大げさな言い方のような気もしますが、同意できる話です。

 なにしろこのビルが相手では、私もあまり平静ではいられませんでしたからね。

まるで……、そう、私一人が異常なのだと言われているようで……」


 と、ここに来て初めて、静がその表情に感情のようなものを滲ませる。

 ただし、静の浮かべていたのは竜昇のような不安や心細さとは少し違うようだった。

 どちらかと言えばそれは、むしろビルの前で彼女の背に感じていたのと同じ、まるで逆鱗に触れられたかのような、そんな怒りの感情だった。


(……?)


 そんな静の表情に、竜昇はわずかな疑問と共に戸惑いを覚える。

 なぜ怒りなのだろうとそう思う。確かにこんなビルを相手に心穏やかでいろというのは難しいかもしれないが、しかし出現した“だけ”のこのビルに抱く感情というなら、怒りなどよりむしろ困惑や不安と言った感情の方が強く出るような気がしていたのだ。


 とは言え、竜昇がその感情について問いかけることはさすがにできなかった。

 初対面の相手に流石にそこまで踏み込めなかったというのもあるが、静自身が意識してなのか、話題を次のものへと進めてきたからだ。


「……さて、とりあえず互いの立場も分かったことですし、そろそろ今後のことについて話をしたいのですが」


「……ん、ああ、そうだな。確かに、今最優先でするべきは今後のことと現状だろう。

確認したいんだけどさ、小原さんは今置かれている状況をどこまで理解してる? 聞いた感じだと、ここに至る経緯は俺とほとんど同じみたいだけど」


「状況、ですか……。そうですね。正直に言いますと、状況を掴みかねているというのが実情です。いえ、状況だけを端的に理解するならば、おかしなビルに監禁されて正体不明の怪物に襲われている、で全てなのですが」


「ちなみに小原さんはそれらをどう解釈してる? 俺としては、この状況がどうしてもよく遊んでたRPGを思い出してしょうがないんだけど」


「RPG……、テレビゲームですか。いえ、申し訳ありません。生憎とそういった物には疎いもので……」


「……なるほど」


 話を聞き、竜昇はこの少女が、現状にあまり見当をつけられていないらしいと結論付ける。確かにこの不問ビル内で起きた現象は、ゲームに疎い人間には少々理解しかねるものではあるかもしれない。


「俺はこの不問ビル内のルールが、さっきも言ったRPGの、特にダンジョン攻略系のゲームを模倣しているように感じてるんだ。ああ……、ダンジョン攻略系って言うのは、なんていうんだろう……。要するにゲームの主人公たちの武装や技、魔法なんかを整えて、ダンジョンって呼ばれてるような、敵≪エネミー≫や罠にあふれた迷宮に入り込んで、主人公たちを強化しながらゴールである最深部を目指すって言う感じのゲームなんだけど……」


「……なるほど。確かに武器を与えられておかしな建物内に放り出されて、よくわからない敵≪エネミー≫、敵≪エネミー≫ですか? それらしきものと戦わされる部分はよく似てますね

 そう言えば、この博物館や前の部屋に入った時、床に数字が書いてありましたが、あれはもしかして……」


「ああ。たぶん階層表記なんだと思う。たぶんこんな階層が六十から一まであって、それを一つづつ順番にクリアしていけってことじゃないかと」


「それは随分と無茶を言われていませんか?」


 ビルの階層の数について、抱く感想が静と竜昇の間で嫌な形で一致する。

実際、最初の六十階と最後の一階を除くとしても、もしも予想が確かならば二人は五十八階層ものダンジョンをクリアして地上を目指さなくてはならなくなっているのだ。まだ一階層もクリアしていないのに、すでに一・二度死にかけている二人にしてみればこの階層の数は余りにも多い。


「……いえ、ここまで来たら文句を言っていても始まらないでしょう。私たちをこの状況に追い込んだ方がこちらのクレームを受け付けてくれるとも思えませんし……」


「ああ。それどころかこの建物内、携帯電話が通じない圏外だ。外に助けを呼ぶこともできないから、出るには自力で何とかするしかない」


「……そうですね。私も助けを待つのは得策ではないと思います。ただ、そうなるとやはりこの相手の思惑通り、私たちはこの不問ビルの中を捜索しないといけない訳ですが……」


「どうにも乗せられているようで釈然としないが、それでも進むしかないか。途中でルールを破って脱出できるなら遠慮なくその方法をとってやるんだが……」


 相手の思惑通り、このダンジョン探索系ゲームをプレイしなければいけないという事実に悔しさを滲ませながら、竜昇は頭の中でほかに方法がないかを往生際悪くも模索する。だがやはりうまい考えは浮かばず、必然的に竜昇の思考は最も優先するべき、こちらの直接的な対抗手段へと移っていくことになった。


「しかし、先に進むとなるとやっぱり問題はあの敵≪エネミー≫の存在だな。やっぱりこれから先もあれとは戦っていかなきゃいけない訳だろうし」


「……そう、ですね。……ところで、つかぬ事を覗いたいのですが、先ほどゲームの話を引き合いに出すときに『魔法』と言う言葉を使っておられましたが、 もしかして、先ほどの黒い暴漢に浴びせていた電気のようなものが魔法と言うことになるのですか?」


「ん? ああ、そうか。そういえばその説明がまだだったな。結論から言うならその通り、この不問ビルのゲームでは俺たちは魔法が使えるらしい。最初の武器庫みたいな部屋に本が有っただろ? その本の内の一冊を選んだら、【魔法スキル・雷】って言うのを習得できたんだ」


 と、そこまで話して、竜昇は先ほど気になったことを一つ思い出す。すなわち、先ほど彼女が武者と戦う際に見せていた絶妙な回避行動、あれを可能にしていた、彼女が選んだと思われるスキルは何なのか、と言う点だ。

 だがその質問を竜昇が口にする前に、思わぬ質問が静の口から放たれる。


「【魔法スキル・雷】、ですか。失礼ですが、その名前も貴方がご自分でお付けになったのですか?」


「……ん? ああ、いや。その名前は例の携帯のアプリに表示されていたんだ。さっき使った魔法も、正式に【雷撃≪ショックボルト≫】って名前がアプリで表記されてたし」


「アプリ、ですか……?」


 問い返し、首をかしげる静の様子に、竜昇も少し嫌な予感というものを覚え始める。まさかと言う、そんな可能性が脳裏をよぎり、慌てて竜昇は静に対し、否定してくれることを期待して質問を投げかけた。


「あの、さ。まさかとは思うけど、ケータイに送られてくる指示は、ちゃんと見てたんだよな?」


「携帯電話……ですか? 言われてみれば、確かに着信がいくつか来ていましたね。正直それどころではなかったので、見るのを後回しにしてしまっていたのですが……」


 この場に隠れるにあたって拾ってあった少女の通学カバンからスマートフォンを取り出し、そこに届いていたメッセージを“ようやく”確認する。

 その様子に、竜昇は否応なく静がメッセージの一切を無視してここまで来てしまったのだということを理解させられた。

 そしてそうなれば、もっと重要な別の懸念も頭をよぎる。


「ステータス画面、アプリの中にある、人型のアイコンを表示できるか?」


「え、ええ。人型のアイコン……、これですね。これはいったい――」


「ごめん、ちょっと見せてくれ。小原さんが初期スキルに何をとったのかが知りたいんだ」


 差し出した手に静のスマートフォンを受け取りながら、竜昇は自分の懸念が空振りに終わるよう必死に祈る

だがはたして、竜昇の抱く懸念は見事に的中してしまっていた。ステータス画面に表示されるただ一つの彼女のスキル。この先生き残る上での命運を握る、

最初のスキルであるがゆえに必然的に戦術の根幹とならなくてはいけない、そういう意味でも重要な静の初期スキルは――。


――【投擲スキル】、だった。






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:3(↑)

  雷撃≪ショックボルト≫

装備

 竹槍



小原静

スキル

 投擲スキル:?

装備

 ???

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