6:銀光の演舞

 音の発生源にたどり着くまでは、警戒しつつ進んでも一分ほどしかかからなかった。

 とは言え、それでも一分と言う時間はこの場合かかりすぎである。先ほど竜昇が襲われた時も、実際に決着がつくまでは数分程度しかかからなかったのだ。到着までに一分も要していては、場合によっては全てが終わっていた可能性もある。

 とは言え。結果だけを述べるならば今回はそうはならなかった。これは別に見る前から、聞こえてくる音だけで判断できる。なにしろ先ほどから空を切るような鋭い音と、その音が生み出していると思しき破砕音、そしておそらくは二人分の足音が暴れる音が、ひっきりなしに博物館の順路の先から聞こえてきているのだ。


(【雷撃≪ショックボルト≫】――起動処理開始……完了――!!)


 左手に竹槍を持ったまま右手に魔法の準備し、竜昇は物陰に身を隠して音の発生源の様子を探る。ジオラマの影から顔を出し、まずは戦っているのが何者なのかを確認しようとして。


 そこで繰り広げられていた光景に、竜昇は思わず目を奪われた。


 一人の少女が、周囲に銀光煌めく中で踊っている。

 少なくとも最初に見た時、竜昇にはその光景がそうとしか思えなかった。


 そこにいたのは、予想通りビルの前で見たひとりの少女。先ほど目撃した時と変わらない霧岸女学院のセーラー服姿の、見るからにお嬢様と言った容姿の細身の少女が、背中まで届く長い髪をなびかせ、まるで踊るような自然な動きで目前に迫る凶刃から身をかわしていた。

 見れば、バックステップで退避した少女を追って、黒い和服に身を包んだ全身真っ黒の黒武者が刀を振るっている。

 顔や袖からのぞく肉体は先ほどのもんぺ女と同じ黒い霧。どういう訳か左手だけに籠手を装着した黒武者が、離れて見ていても目で追うのがやっとという速度で手にした刀で少女に斬りかかっていた。


 驚いたのは、先ほども見とれてしまった少女の動きだった。

 先ほど踊りと思ったのも無理はない。一歩間違えばその身をなますに刻むだろう刀の斬撃を、しかし少女は危なげのない、まるで芸術のような動きで次々と躱しているのだ。

 時にはたなびくスカートを片手で押さえる余裕さえ見せて、まるで演武のような無駄の一切ないそんな動きで、少女は己の命に迫る凶刃を危なげなく次々と回避していた。


(……すごい)


 あまりに見事なその動きに、竜昇はしばし感嘆の念と共にそれに魅入られる。

 とは言え、見とれていられるそんな時間も流石に長くは続かなかった。

 いかに芸術的な動きを繰り広げられていたとしても、目の前で行われているのは間違いなく殺人が行われようとしている現場であり、目の前の光景は演武でもなんでもない、ただ同じ年頃の少女が殺されかけている絶体絶命の光景だ。

 竜昇が我に返ると同時に、どうやら黒武者の方もしびれを切らしたらしい。

先ほどのもんぺ女が槍で行っていたのと同じように、黒武者が刀を構えてその刀身に何かの力を集約する。技の前触れのような気配が竜昇の感覚を刺激して、同時にそれを悟ったらしい少女が先ほどまでの優雅な動きからは打って変って、突如として鋭く動きを変えて相手の懐に飛び込んだ。


直後、振るわれる刃の下を少女がくぐり、相手の横を通り抜ける形で振るわれた刃を回避する。

 なぜ距離を取らないのかと言うそんな疑問は抱く余地がない。なにしろ少女が躱し、空を切ったはずの刃が、その軌道の先にあった付近の床を派手な音と共に一直線に抉り取ったのだから。


(おいおい、今度は飛ぶ斬撃かよ。どいつもこいつも攻撃力高すぎだろ……!!)


 床にくっきりと刻まれた切断痕に戦慄しながら、同時にもう一つ、別のものにも驚愕させられる。相手の斬撃が、刀の延長線上の一定距離を斬りつけるというのなら、確かに懐に飛び込む以外に回避のしようがない。逆に言えば、それを躱した少女はあの技の特性を見切って、瞬時に遠くに離れるという当たり前の判断を切り捨てたということだ。そんな判断、どう考えても竜昇や、普通の素人にできるものではない。


(何かのスキルか……? いや、そもそもなんであそこまでできるのにあの武者にとっとと攻撃を仕掛けない?)


 武者から少女の方へと視線を移し、竜昇は己の抱いた疑問の答えを探す。あれだけ余裕を持って躱すことができるのなら、反撃に打って出ることも難しくないように思える。

 そこまで考えて、ようやく竜昇は少女の姿に一つ足りていないものがあるのに気が付いた。


(……あの娘、武器らしきものを何も持ってない……。俺と同じように魔法系のスキルを習得したのか? ……いや、それとも――)


 ――何らかの理由で武器を喪失してしまったのか?


(……どっちにしろ、早いところ助けに入った方がいいのは確か、か)


 再び刀を振り上げ、襲い掛かる黒武者の姿を観察しながら、竜昇は焦る気持ちを押し殺し、相手が見せる最大の隙をじっと待つ。

 現状、あの黒武者は少女の方を攻撃するのに意識を裂いていてこちらには全く気付いていない。ならば竜昇がいまするべきはいたずらに飛び出すことではなく、不意打ちが可能であるこの状況を最大限に利用することだ。幸い、少女の方は回避に徹しているせいか、すぐに死に至るような切迫した状況にはないように思える。ならばこちらは確実に相手を仕留められる瞬間を待って、相手にこちらに手持ちの最大攻撃力を叩き込む。


(……そうだ、背中を向けろ。そう、もう少し……!!)


 死角から攻撃するべく、竜昇は相手がこちらに完全に背中を見せる瞬間を待ち受ける。緊張と共に今も目の前で襲われている少女をそのままにしていることへの後ろめたさのようなものを感じて、一瞬だけ少女の方へと視線を向けて――。


(――ん!?)


 瞬き一つのわずかな時間、まるで何かの偶然であるかのように、刀による剣劇を潜り抜ける少女本人と目があった。

 直後、竜昇が気付かれたのかと思う間もなく少女が横へと飛び退き、それを追って黒武者が竜昇の方と背中を向ける。


(――っ、今だ――!!)


 驚きを押し殺して物陰から飛び出し、二歩を駆ける間に右手を武者へと向けて狙いを定める。

 どうやら足音に気付いたらしい。武者がこちらへと振り返ろうとするが、しかしそれより竜昇の術名喚起の方がわずかに早い。


【雷撃≪ショックボルト≫】――!!」


 狙いたがわず、放たれた紫電が振り向く武者を背中から貫き、武者は雷撃の衝撃でわずかにのけぞり、直後に力を失って地面に膝をつく。

 やはりまだ消滅はしない。もしもこれが先ほどのもんぺ女と同じ存在であるならば、こちらも先ほどと同じように核を破壊しなければ消えないはずだ。

 武者の頭部、本当ならば顔があるはずのその場所に、赤くこうこうと輝く核を破壊しなくては。


(魔法――、いや、この距離なら――!!)


 もう一度魔法を使用しようとして、しかしすぐに思い直して武者の元へと距離を詰める。この間合いであるならばむしろ手にした竹槍で突いた方が確かで速い。

 陸上で鍛えた足で一気に黒武者へと距離を詰め、膝をついたままのぎこちない動きでこちらを振り返る武者の顔面の核へと、手にした竹槍で突きかかる。

 素人の攻撃にしては狙いたがわず、竹槍が核へと突き刺さろうとした、その寸前。


「――っ!?」


 突如、武者の体から魔力と思われる感覚が勢いよく広がり、突き出した竹槍が壁にでもぶつかったかのように強い力で弾かれた。


(――なんだ、これ……!!)


 見れば、武者の周囲には半透明で球体状の壁のようなものがいつの間にか形成されている。その様子はまるで壁のようで、否応なく竜昇に黒武者の防御なのだということを教えていた。


(――シールド!?)


 竜昇がその正体にあたりを付けたのと時を同じくして、目の前にあった半透明の壁が薄れて消える。どうやら自分で消したらしく、武者自身はすでに己の足に力を取り戻し、こちらへの攻撃体制へと移行を開始していた。対して、竜昇は竹槍をはじかれた拍子にまだ体勢を崩したままだ。このままいけば背後に倒れたその瞬間に黒武者が反撃に動き出すことになる。


(まず――!!)


 反撃される、と、竜昇がその可能性に青ざめかけたその瞬間、こちらへと矛先を向けた黒武者の頭に石のようなものが飛んできて、武者の頭をかすめてその体を形成する煙をわずかながらも霧散させる。

同時にそうなったことで『攻撃』に気付いた武者が石の飛んできた方へと視線を向けて――。


「狙うべき場所はその赤く光っている場所、でよろしかったでしょうか?」


 振り向いたその瞬間、まるで最初から刺さっていたかのように黒武者の顔面に一本のナイフが突き立ち、凛としたそんな声が竜昇へとそう問いかけた。

 注意を引いて、自分の方へと弱点部位を向けさせての鮮やかな手際。

 核を貫かれた黒武者の方も、まるで自分がやられたことにようやく気付いたように徐々にその姿を霧散させ、右手に着けていた籠手だけを残して跡形もなくその場から消滅していった。

 驚く竜昇を置き去りに、黒武者が消えて少女と竜昇だけがその場に残される。


「おや、服や刀などはそれなりにはっきりした実態を持っていたのに、そちらも消えてしまうのですね」


 唖然とする竜昇の前でドロップアイテムとして残った籠手を拾ってそんなことを言いながら、少女は暴れて乱れた制服を直すと、両足をそろえ、背筋をスッと伸ばして丁寧な様子で頭を下げた。


「改めまして、まずはお助けいただいたこと、お礼を申し上げます。……まあ、本当はもう少し早く助けていただきたかったのですが」


「……あ、ああ」


 一礼した後、悪戯っぽくそういう少女に、竜昇は気の抜けたような、そんな返事しか返せない。はっきり言って今の竜昇は、立て続けに見せられた少女のありように圧倒されてしまっていた。

 まるでなんでもない事のように敵≪エネミー≫を屠り、襲われた直後だというのになおもその優雅さを失わないそんな態度に。


「申し遅れました。わたくしは小原静≪おはらしずか≫と申します。よろしければ少しお話を伺いたいのですが、今お時間よろしいですか?」


 まるでお茶にでも誘うような口調に、竜昇は思わずうなずき、言われるがままに少女の言うことに同意する。

 それが、互情竜昇と小原静の、凡庸な少年と異端の少女との最初の会合。

 あるいは【不問ビル】との遭遇よりも強い意味を持つかもしれない、極めて異質な彼女と、竜昇が交わした初めての会話だった。






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:2

  雷撃≪ショックボルト≫

装備

 竹槍



小原静

スキル

 ???


保有アイテム

 雷の魔導書

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