第一層 時代逆行の博物館

4:最初の遭遇

 いったいどれほど階段を降りたのか、螺旋状に続く頼りない足元の先に扉を見つけた時は、こんな場所だというのに竜昇は少しほっとしてしまった。

暗黒の闇の中、宙に浮いた光の板のようなもので構成された階段は、それこそどこまでも永遠に続いているような気さえして、不安も相まって流石に精神が参りそうだったのだ。

 実際のところ、そんな精神状態の時間間隔のおかげで長く感じていたというだけで、竜昇が階段を下りていた時間などたいして長くもなかったのだが。


(さて、たぶんこっからが本番なんだろうな)


 多分無駄だろうと思いつつも、竜昇は扉に耳を当てて外の様子をうかがう。

 だがやはりというべきか、向こう側の様子がうかがえるような音は全く聞こえず、竜昇はあきらめて今度は扉を押して、中の様子を隙間からうかがうことにした。


 どうやら向こう側には誰も、あるいは何もいないようだった。見える景色は少々奇妙でよくわからなかったが、とりあえず扉の向うに入ってすぐに襲われる、と言う展開は避けられそうである。

 恐る恐る、扉を開けて中へと入る。周囲を見渡し、最初に目に飛び込んできた光景は、意外なことにえらく広々とした室内だった。

 不問ビルの外観は確かに広い。その全体像から推測しても、ワンフロアの面積は相当なものになることは想像に難くなかった。

 だが一方で、ここまで広い空間がいきなり現れるというのは少々予想外だった。見れば、かなり天井も高く作られており、ここが本当はビルの中とは違う、まったく別の建物なのではないかと言う疑問を竜昇に抱かせる。


(これは……、博物館、か?)


 周囲の光景、そして並べられた展示物や写真などを見て、竜昇はようやく今いる場所の正体をそう推測する。

 どうやら、今竜昇が出てきたのはスタッフ用の出入口だったらしく、少し歩いた場所には出入口と思しき受付と、券売機のようなものも見受けられた。もっとも、出口となるその場所は、シャッターが閉まって完全にふさがれていたのだが。


(展示されてるのは、かなり昔の雑誌や日用品ってとこか。昔の生活環境を紹介してる博物館なのか? それにしたってこんなビルの五十九階が博物館ってのもおかしな話だが)


 最初の扉を出てすぐの床、そこに書かれた『59』の文字を見ながら、竜昇はそう考え、首をかしげる。

 いや、おかしいというなら、あんな部屋で武器を選ばせておいて通された部屋が博物館と言うのもおかしな話だ。よもや今までのはすべて質の悪いいたずらだったのかとも楽観視しかけたが、竜昇は慌ててその危険な楽観を脳裏から振り払った。

 いくらなんでも、ただのいたずらに高層ビルを一つ用意するなどやりすぎだ。ビルに対する周囲の反応を考えても、とても人間の技術でやってのけられることには思えない。


(……となると、やっぱりまだ危険な状況は継続中と見た方がいいのか)


 気を引き締めなおして、竜昇はスマートフォンを取り出し、先ほど現れていたメッセージを確認する。

 どうやら、エレベーターの中で勝手にインストールされたアプリは、ゲームで言うところのメニュー画面の役割をするためのアプリらしい。とは言え、存在しているアイコンは今のところ三つだけで、先ほどまでのメッセージがすべてみられる『ログ』の機能を持つ本のようなアイコンと、何やら虫眼鏡らしきアイコンが一つ、そしてステータス画面とみられる人型のアイコンの三つだけだった。


 ためしにステータス画面を開いても、表示される項目は異常に少ない。と言うか表示されるのは、先ほどメッセージで通知された魔法スキルなる項目と、その下に枝分かれするように表示された魔法≪マジック≫が一つだけだった。

 【魔法スキル・雷】と、魔法マジック・【雷撃ショックボルト】が二つだけ。


(スキル……、スキルか。なるほど、これも確かにゲームじゃおなじみだよな。普通に考えたら、【魔法スキル・雷】ってのがさっきこの本を選んで手に入れた初期スキルで、魔法≪マジック≫・【雷撃ショックボルト】ってのがそれの初期魔法ってことになるんだろうが……)


 武器や魔法を選んだとして、それではたしてどこまで戦えるのか。もっと言うならば、魔法のまの字も知らない竜昇がどうやって魔法を使えるようになるのか気になっていたのだが、どうやらあの場所で武器を選ぶとそれに対応したスキルが一つ与えられる仕組みだったらしい。

 最悪本を読んで一から魔法を習得しなければいけない可能性もあったので、そういう方針は歓迎できるところだったが、しかしこの表示だけではまだ肝心なところがわからない。


(そもそもこれどうやって使えばいいんだ?)


 どれだけ新しいアプリのメニューを探っても、魔法の使い方について書かれているページはどこにもない。ならばと先ほどの本を開いて中のページをめくってみるが、厄介なことに書かれていたのは奇妙な文様の数々と見たこともない文字の羅列だった。ためしに全てめくって調べてみるが、どれだけ見ても読める箇所は見当らない。


(まいったな。これははずれを引いたか? 表紙の文字は普通の文字だったのにこれじゃあな……。いや、この文字が神造言語って可能性もある。ならこいつを思念として魔力に働きかければ何かの魔法……、が……)


 考えていて、いつの間にか自分が考えていた言葉を自覚して竜昇はぎょっとする。

 知っている。習った覚えもないのに、どこにも書いていないのに、竜昇は魔法なるものの発動プロセスを明確に、そしてあまりにも自然に知識として思い出すことができていた。

 まさかと思い、先ほど表示された【雷撃ショックボルト】なる魔法の発動方法を思い出そうとしてみると、思いのほかあっさりとその発動手段と、そのために必要な神造言語なるもので構成された術式が頭の中に浮かんでくる。


「……なんだこれ。なんで俺はこんなこと知ってんだ?」


 背筋が冷たくなる感覚を味わいながら、竜昇はもう一度手にしていた本と、スマートフォンを交互に視界に収める。気持ちの悪い、生理的な恐怖を呼び起こされるような感覚はなかなか消えてくれなかったが、それでも少しの時間そうしていたことで、竜昇は自分に起きている状況をおぼろげながら理解した。


(……これが、これがスキルを取得して、魔法マジックを習得するってことなのか。習ってもいないのに、いつの間にか知っている、この状況が……!!)


 気味の悪い感覚ではあったが、脳裏に刻まれた覚えのない知識の内容が習得したと通知された魔法、【雷撃ショックボルト】についての知識であったことからも、その予想の正しさは裏づけられている。まだ使ってみるまでは断言こそできないが、どうやら竜昇はあの部屋での賭けに一応勝つことができたらしい。

 もっともこの賭け、勝てたとしても全くと言っていいほど喜べなかったが。


(……さてどうする? まずは実際に使ってみて、魔法の存在の最終確認を済ませておくべきか……。それとも、――!?)


 と、竜昇が両手の本とスマートフォンを交互に眺めていたちょうどそのとき、静寂に包まれた博物館の内部に響くかすかな物音を耳にした。

 思わず視線をそちらに向けて、神経を研ぎ澄まして身構える。


(……なんだ?)


 とっさに、竜昇は近くにあるガラスケース、古い雑誌などが並べられたものの影に身を隠す。耳を澄ましているとどうやらそれは聞き間違いでは無かったようで、一定のリズムの音が少しづつ音量を上げて、恐らくは竜昇のいる方に近づいて来ているようだった。


(これは……、足音か?)


 少し聞いていると間違い無いようで、聞こえているのはどうもこちらへと近づく誰かの足跡のようだった。同時に竜昇は、ようやくもう一人、自分以外にもビルの中へ侵入した人間がいたことを思い出す。ビルの前で見かけ、竜昇がここへ踏み込むきっかけともなったあの少女は、そういえば自分と同じようにこの階に来ている可能性もあったのだ。

 そんなことを考えて、しかしすぐに竜昇は別の考えで己の意識を引き締める。あの扉から先に進んだ際、なにかと戦わされる可能性と言うのは事前に考えていたことだ。今近づいてきている相手が、醜悪な形相のゴブリンである可能性も決して否定できるものではない。


(どっちだ……? 化け物か、人間か……)


 息を殺して、ガラスケースのガラス越しに足音のする方、ちょうど展示の順路の先の、曲がり角をじっと見つめて待ち構える。

 足音の感じでは、どうやらこの相手は二足歩行であるようだった。

 ただし、竜昇が知るゴブリンも二足歩行であるため、それはあまりあてにはならない。やはり姿を見るまでは、相手の正体に関して断定はできそうになかった。


(……あれは、人――?)


 そうして、ちょうど展示の影になる位置から、それらしい人影が現れる。

 ただし、その姿は予想していたものの斜め上をいくもんぺ姿。頭に防災頭巾をかぶった戦時中のような姿で、右手に何やら長い棒状のものを持っており、衣装やシルエットからはどうやら女性のようだった。

だが、竜昇がホッと一息つこうとしたその寸前、ガラスケースのむこう側でもんぺの女が周囲を見回し、そののち竜昇の方へと顔を向けた。


「――!!」


 瞬間、向けられた顔を見て、竜昇は己の間違いを自覚する。いや、正確に言えば、もんぺ姿の女性に顔などなかった。顔があるはずの防災頭巾の狭間には、何やらどす黒い煙のようなものが渦を巻いており、その向こうに赤く輝く発光体が爛々と光を放っている。


(――ッ、目が合った)


 もんぺ姿の怪人に顔などはなく、当然目など影も形も見当たらない。

だがその瞬間、竜昇は確かにもんぺ女がこちらの姿を捕らえたことを、思考ではなく直感で確信した。

 そしてその確信を証明するかのように、もんぺ女は右手に持っていた、何やら長い棒状のものを持ち上げ、体の後ろで地面と水平になるように構えをとる。


 先端が鋭く尖るように削られた、簡易ではあるが十分な殺傷力を備えた【竹槍】を。


「――っ!!」


 ――悪寒。竜昇がその感覚を覚えてガラスケースの影から飛び出したのと、もんぺ女が竹槍を突き出した姿勢で、直前まで竜昇が隠れていたガラスケースをぶち抜いたのとはほとんど同時のことだった。


「なッ――!!」


 ガラスが飛び散り、ケースのフレームがありえない力でひしゃげて歪む。転がるようにして距離をとる竜昇のすぐ後ろで、直前まであったガラスケースが木端微塵に砕け散る。


「――なんだぁぁぁあああっ!!」


 飛び散ったガラスが地面に落ちるけたたましい音がする。相当な重さがあっただろうガラスケースの土台が真上を襲った圧力で斜めにひしゃげ、強烈な音と共に床の表面を殴打し、転倒する。

 そしてその中央で、竹槍を手元に戻したもんぺの女が逃げた竜昇の方へと向き直る。


「……なっ、納得したわ。戦中に戦闘機や戦車に、竹槍で対抗しようって馬鹿な話があったらしいけど、これを見たら納得だ……!!」


 立ち上がり、後退りながらも、竜昇は震える声でそんな馬鹿なことを口走る。

 むろん、本気で言っているわけではない。いくらなんでも、今のこの破壊が常識的な力によって起こっているなどとは、言っている竜昇自身が一番よくわかっている。

 だが一方で、竜昇はもう一つ、決定的な確信を己の胸に抱いていた。


「確かにこれなら、戦車も壊せる――!!」


 次の瞬間、再びもんぺ女が竹槍を体の後ろで水平に構え、飛びのいた竜昇の真横を通り抜けて背後にあった壁を粉砕する。

 背後で壁面に巨大なクレーターができるのを感じながら、竜昇はその衝撃に背中を押される形ですぐさま立ち上がり、陸上部で鍛えた脚力を頼りに、その場から全力で離脱を開始した。


(――死ぬ!!  ――死ぬ!!  ――死ぬ!!  ――死ぬ!! あんなのまともに喰らったら間違いなく死ぬ!! 木端微塵になって原型なんて残らない――!!)


 背後からあの突撃に襲われないように、手近なガラスケースを間に挟むようなコースを選び、竜昇は最初にもんぺ女が出てきた角まで走って、そこを曲がってその影へと身を隠す。


(……考えておくべきだった……!! 俺が【雷の魔導書】を選んで魔法を習得できたなら、剣や槍を選んでいたらどうなっていたのかも、ちゃんと考えておくべきだった――!!)


 近代兵器ではない、それどころか簡易武器であるはずの竹槍を使ってなおあの破壊力。そんなものが竜昇の知る物理法則の範疇で、あっさりと生み出せるはずがない。となれば、あれは竜昇が習得したらしい魔法と同じ、この【不問ビル】内部のルールにのっとった技なのだろう。


(いや、落ちつけ。こっちだって恐らくではあるが魔法を習得してるんだ。対抗手段はないわけじゃない。今度は焦るべきじゃないとにかく落ち着け。いやこの際だ、もうここまでゲーム的なんだ、本当にゲームとして考えろ。もしこれがゲームだったなら、俺はあの敵をどう攻略する!?)


 今でこそ陸上部と言う体育会系の部活に身を置く竜昇だが、友人づきあいで高校から始めた陸上と比べれば、実はテレビゲームとの付き合いの方がはるかに長い。この【不問ビル】のルールのようなRPG系のゲームはもちろんやってきたし、その中にはリアルタイムで動く敵と戦うアクション要素の強いものも含まれる。そうしたアクションRPGの醍醐味の一つが、敵キャラクターの初動から相手の出してくる攻撃パターンを分析し、それらを的確に防御、回避して反撃の一手を叩き込む状況判断と戦略性だ。そういったゲームを、竜昇はこれまでの人生の中で何度もプレイしてきている。

 そうした経験を自信に――、はさすがにできなかったが、しかし思考の下敷きとしては採用し、竜昇はすぐさま周辺へと視線を走らせる。

 まず把握しておくべきは自分が今いる環境だ。


(このあたりは……、もう戦時中の展示コーナーなのか……。なるほど、あいつはここから来た訳だ……)


 幸いなことに、どうやらこの博物館、内部にその時代の家屋をジオラマで再現して、中に解説付きの展示物を置くという手法をとっているらしい。おかげで盾として機能するかはともかくとして、隠れるだけの場所ならばいくつか見つかった。

 背後からはまだあのもんぺ女が迫っている。足音からするとどうやら走ってはいないようだったが油断はできない。


(あの敵は五メートルはあった最初の間合いを一瞬で詰めてガラスケースを粉砕しやがった。けど逃げる際に障害物を間に置くように逃げたら攻撃されなかった。たぶん一直線に進める場所にしかあの技は使えない。ってことは、逆に言えば遮蔽物もなくあのもんぺ女と一直線に対峙したら命に関わる……!!)


 努めて冷静さを保ち、周囲の様子を探りながら、竜昇は頭をフル回転させて先ほどのもんぺ女の動きを思い出す。


(あの突き技、使用した二回が二回とも、繰り出してくる前に妙な構え、いや“ため”があった。動きも見た限りじゃ機械的。これは確かにゲームの敵≪エネミー≫に近い……か)


 一通り分析を終えて、ひとまず竜昇はその場を立ち上がり、なるべく音を立てないように早足でさらに奥の展示スペースへと移動する。

 足音から考えて、あのもんぺ女も相当に近づいてきている。もう追いつかれるまでにそう時間もない。


(懸念事項は二つ。あいつが『あの突撃技以外に何らかの超常的な技を持っているか』ってことと、『そう言った技に頼らない純粋な槍の腕があるか』ってこと。いや、けど、前者はともかく、後者に限っては考えても無駄か)


 小走りに展示スペースのT字路に立ってもんぺ女が追いついてくるのを待ちながら、竜昇は直前に抱いていた懸念のうちの一つを放棄する。

 あのもんぺ女に槍の腕が有ろうがなかろうが、対する竜昇の方にまともな接近戦のスキルがないのだ。しかもこちらは徒手空拳なのに対し相手は槍持ち。リーチの差と言う絶対的なアドバンテージがある以上、あの相手にはまともな接近戦を挑むという考え自体を捨てた方がいい。

 そしてもう一つの懸念事項、相手の突撃技以外の技の有無に関しても竜昇は考えことを放棄して賭けに出る。


(……ここが腹の括りどころだな)


 角を曲がり、遂に竜昇の姿を視界に正面に捕らえるまでに追いついてきたもんぺ女の姿を見て、竜昇は大きく息を吐いて覚悟を決める。

 物陰に隠れるようなまねはしない。両サイドにジオラマの展示を置いたT字路のど真ん中に立って、竜昇は己の行動そのもので相手に突撃技の使用を誘う。

 同時に頭に思い浮かべるのは、さっきいつの間にか脳裏に刻まれていることを確認した魔法の記憶。


(神造言語を使用。【雷撃ショックボルト】起動処理開始――、完了!!)


 左手を添えて地面に向けて構えた右手に力が宿る。先ほどもんぺの女が構えた槍にも感じた、恐らくはこれこそが魔法に使うエネルギーの感覚。それが自分の右掌で解放を待っているのを感じながら、竜昇もまた迫る敵の動きを全神経を研ぎ澄まして待ち続ける。


(……そうだ、来い。……来い。来い、来い、来い来い来い来い――、来い!!)


 呼吸を止める。そんなものに使う神経ももったいない。相手の初動を少しでも見逃したら、その瞬間に竜昇の命運は尽きるのだ。

 気が遠くなるような濃密な時間。やけに遅く感じる相手の一歩一歩の足音に、まるで心臓を殴られているような感覚さえ覚えながら、それでも竜昇はこの相手から少しも視線を離さない。

 そして五歩、角を曲がって五歩の距離を進んだもんぺ女のその動きが、それまでの機械的な歩みからわずかに変わり、同時に手にした竹槍が振りかぶるように背後に回される。


(――来た!!)


 瞬間、跳ね上がる心臓の悲鳴を無視し、竜昇はすぐさま自身の右側へと全力で飛びのいた。

T字路の左手側へと、背中から倒れ込むような強引な回避。案の定直前まで竜昇が立っていたその場所を、もんぺ女の槍が目にもとまらぬ速度で貫き、背後にあった壁が粉砕されて、強烈な衝撃波が遅れて竜昇の全身へと襲い掛かる。

 だが、躱せた。躱すことができた。


(こ、こだぁぁぁああああああ――!!)


 まき散らされる破壊などお構いなしに、竜昇は背中から倒れ込むそのままの姿勢で、左手を添えた右掌をもんぺ女目がけて突きつける。

 技を繰り出した直後のわずかな隙。そこへ打ち込むカウンターの一撃に、竜昇は己の命運の全てをかける。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 術名喚起。得ていた知識の中にある名前をそのまま叫び、同時に手のひらに集まっていた魔力が、その呼びかけに答えて姿を現す。

 空中を走る紫電の一撃。放たれた電撃が光と共に空中を迸り、槍を突き出した状態の無防備な敵の体に容赦なく直撃する。


「――ブ、ブ」


 それは果たして声だったのか。雑音のような奇妙な音と共にもんぺ女の体から黒い煙のようなものが噴き出して、同時にその体が力を失いそのまま床へと倒れ込む。

 奇しくも、背中から倒れ込んだ竜昇とまったく同じタイミングで。


「――ハァッ!!」


 止めていた呼吸を再開する。自発的にと言うよりも背中に受けた衝撃で。

 だがそこで寝っ転がっていられるほどまだ竜昇は緩んでいない。すぐさま手足を使って飛び起きて、同じく倒れ込んだもんぺ女の姿をその視界の中へと再び収める。

 案の定、まだこの敵は動いていた。


(――やっぱり、まだこいつを倒しきれてない!!)


 痺れているためなのかそれとも別の要因故なのか、ぎこちない動きで起き上がろうとするもんぺの女に、今度こそ竜昇は全力でとびかかる。

 竹槍を構えられ、相手に近接戦闘に持ち込まれては勝ち目がない。

もんぺ女が起き上がる前に馬乗りになって体を抑え込み、防災頭巾をかぶせられた不気味な煙のような顔面に全力で拳を叩き込む。

 拳に返るのは、まるでサンドバックでも殴っているような、人のものとは思えない奇妙な感覚。

 殴られた個所で黒い煙が空気に散るが、それでもこのもんぺ女は構わず動いている。近くで見れば、先ほどまで竹槍を握っていた手も顔と同じく黒い煙でできているようだった。どうやらこの相手、服の中にある全身が、すべてよくわからない煙の塊でできているらしい。


(――っ、どうすりゃいい――!! どうすりゃこいつは倒せるんだ――!?)


 取り落した竹槍を求めて暴れる相手の体を力技で抑え込みながら、竜昇は必死でこの敵を倒す方法を思考する。

 と、そんな竜昇が見詰める先、もんぺ女の黒い煙のような顔面の中に、先ほども見つけた赤く輝く光があるのに気が付いた。

 正体はわからない。だが竜昇の直感が、その赤い輝きへの攻撃を全力で推奨していた。


「その目立つのは――」


 再び思考の中で神造言語による処理を開始する。選択するのは竜昇が持つ唯一の魔法雷撃ショックボルト。右手に再び魔力が集まるのを感じながら、竜昇はその右手を防災頭巾の中の、黒い煙の中へと突っ込んだ。


「――なんだァッ!!」


 ドライアイスの煙に手を突っ込んだような冷たい感覚。煙の様子を見れば実体などないはずなのに、竜昇を振り払おうとする不気味な体。それらすべてを撃ち払うべく、竜昇は己の右手の魔力に最後の言葉で呼びかける。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 再び電撃がほとばしる。竜昇の真下、本来ならば竜昇自身も感電していて当然のその位置で、放たれた電撃が赤い光を掻き消して、黒い煙の体の中を駆け巡る。

 強烈な光の後の一瞬の静寂。だが取った行為の結果は絶大で、もんぺの女はやがて黒い煙となってその実態を失い、最後には跡形もなく霞のように空中に消えていった。

 否、黒い煙が消えた後にただ一つだけ、もんぺの女の手から離れた竹槍だけが、冷たい博物館の床の上へと転がっていた。






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:1

  雷撃ショックボルト

保有アイテム

 雷の魔導書



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