3:選択必須の六十階
無数の武器が並ぶ部屋を前にして、竜昇は焦燥と共にエレベータの中で立ち尽くす。
(……ヤバい、……この状況は、かなりヤバい)
選択しろというメッセージと、その後に見せられた部屋を埋め尽くすほどの大量の武器の数々。
ふと見れば、竜昇の足元、エレベーターから一歩出たその場所には、ペンキか何かの白い塗料で、『60』という数字が床に描かれている。
感じる鉄と暴力のにおいと、自身が置かれたこの状況≪シチュエーション≫。現実ではほぼ有り得ないと思っていた光景に、しかし竜昇は否応なく一つのものを連想させられていた。
(……この状況、やっぱりこれって――)
頭をよぎる考えに恐れを抱く。
部屋の中に一歩でも入ってしまえば、その考えが現実のものになってしまうのではないかと、そんな考えに竜昇囚われて、悪あがきのようにエレベーターの中に留まろうとしていた、ちょうどそのとき。
(――!?)
突如足元がガクリと沈み、同時に真上から何かがちぎれるような音が聞こえて来た。
(――ッ、まさかッ!!)
直感的に危険を認識し、直後に竜昇はとっさにエレベータの床を蹴りつけて、大量の武器が待ち受ける室内へと自ら飛び出し、転がり込む。
間一髪、直後にワイヤーの破断する音がして、寸前まで竜昇がのっていたエレベーターが真っ逆さまに奈落の底へと落下した。
「――ッ!!」
予想通り過ぎるその現象に、しかし竜昇の脳裏には恐怖の感情しか浮かばない。
もしも乗り続けていたら命がなかった。そう実感させられる落下の光景を轟音と共にまざまざと見せつけられ、巨大な洞となったエレベーターシャフトの扉が、ゆっくりと、しかし確かに閉じていく。
すべてを見届け、自身が今命を落としかけたことを認識し、竜昇の全身からどっと汗が吹き出し、同時にようやく止まっていた呼吸を再開させることに成功した。
『ソレデハ、ゴジョウタツアキサマ、ヨキ「センタク」ヲ』
いつの間にかスマートフォンに表示されていたその文字を読みとって、そうして竜昇は、尻餅をついた状態から跳ね上がるように立ち上がった。武器にあふれた部屋を一望し、もう一度竜昇は自分が置かれている状況を整理しようと頭を回転させる。
荒い呼吸を整える。酸素を脳に安定供給しなければ思考もままならない。
まずは深呼吸を繰り返し、騒ぎ立てる心音を沈めながら、竜昇はまず閉じてしまったエレベーターの扉の方へと歩み寄った。
わかっていたことではあったが、閉じた扉はどんなに力を込めても開かない。ならばと部屋の反対側に向か、そこにある扉にも手をかけてみるが、しかしそちらも押しても引いてもびくともせず、もとより人の力で開けられるものではなかったと悟らされた。苛立ち紛れに竜昇は量の拳を金属製の扉目がけて叩き付ける。
(なんだッ、この状況は……。いや、落ち着け、冷静に考えれば――)
と、自分に言い聞かせかけて、即座に竜昇は己の両頬に両の掌を思い切りたたきつけ、考えを改める。
(――いや違う、冷静になるな、もっと焦れ……!! 今はどう考えてもそうしなきゃいけない状況だろうが!!)
一度は冷静に努めようと考えた竜昇だったが、直後にここで変に冷静になるのは危険だと考えを改める。
確かに冷静に頭を働かせることは重要だが、しかし変に冷静になって事態を楽観視してしまうようではむしろ危険だ。冷静になって常識などを頼りにし始めてしまったら、むしろ今の状況では目も当てられない。
特に現状はまだ直接的な危険は見当たらないのだ。ならば今はむしろ、しっかりと焦って危険な現状を認識しておいた方がいい。
(完全に嵌められた……。これは、どう考えてもかなりまずい状況だぞ)
まともな説明などないに等しかったが、強要されている事態はあまりにも明白だ。まんまとビルの六十階まで連れてこられて、地上と行き来するエレベーターは既に使用不可能。唯一示された行く先は金属扉の向うだけで、その先に進むにあたって物騒な武器を一つ選べと言われている。
(――ヤバい、俺、こんなゲームやったことがあるぞ……!!)
もうここまでくれば相手が何をさせようとしているのかは明らかだった。
|ロールプレイングゲーム≪RGP≫における初期装備の選択。今竜昇に迫られているのは、竜昇もやったことのあるまさにそれなのだ。
この不問ビルに竜昇を閉じ込めた相手は、今まさに竜昇に初期装備を選べと言っている。
(この中から、初期装備を、か……)
ようやく思考がそこまでたどり着き、竜昇は部屋の中に建ち並ぶ数々の武器へと向き直る。
並ぶ武器の数々を検めていくと、よくもまあこれだけの数の武器をそろえたものだとそのバリエーションに感心しそうになった。
同じ斧や槍でも、その大きさから形までそれはもうさまざまで、刀剣の類に至っては形状や大きさを見ても、大剣、長剣、片手剣、両手剣、短剣、片刃剣、両刃剣、さらには投擲用と思われるナイフや手裏剣までと、いったいどんなコレクターだと問いたくなるくらい、どこかで見聞きしたようなものから見たこともないものまで、驚くほどの種類が揃えられている。
しかもよく見れば、ご丁寧にハンマーや錫杖のようなものまでそろえられていた。いや、それどころか、あまり実戦的とも言えない杖のようなものまで――。
(――ん? 杖?)
目についたそれを思わず手に取り、その構造をしばし観察する。
長さは竜昇の身長ほど。杖の先端に小さな水晶玉のようなものが付いていてとても打撃武器のようなものには思えない。これはどう見ても現実で杖術に使う実戦的なものと言うよりも、もっとファンタジックな世界で使うような武器に見えた。
ファンタジック。たとえば魔法を使うための杖のような。
「……おい、ちょっと待て……!!」
杖を引き抜いてしばし眺め、一つの可能性が頭に浮かんでもう一度周囲を見渡してみる。
探すのは武器ではない。この武器だらけの部屋の中にあって、明らかに武器ではないそんな代物だ。
そして見つけた。部屋の隅の机の上に、ナイフなどと一緒に数冊の本が並んでいるのを。
(……まさか)
思いながら、竜昇は急ぎ足で机に近づき、並ぶ本のうちの一冊に手を伸ばす。
表紙は革張り、大きさは意外に小さく手帳のサイズ。どこか古ぼけたそんな本の表紙には、竜昇が予想していた、しかし信じがたい文言が並んでいた。
すなわち、【雷の魔導書】と。
「……魔法まで、あるって言うのかよ……!!」
流石に驚きを禁じ得ない。本当に何かの冗談なのではないかとさえ思えてきた。
だが手の内にある本の示す事実はたった一つだ。この先には魔法もありなのだと、明言することなくこの部屋はそう示していた。
(これは……、どう判断すればいいんだ?)
魔法という突拍子もない単語に、竜昇はこの本に対する考え方でしばし迷う。
この相手は間違いなく本気だ。でなければ人一人閉じ込めてエレベーターを落とすようなまねは絶対にしない。
だがそれとは別に、この相手が“正気なのか”という問題が頭の中に浮かび上がって来る。
実際正気を疑うような仕打ちなのは確かなのだ。まっとうな感覚の持ち主ならば、まずこんな状況を作り上げようとさえ考えない。
(ヤバいな……。本格的にゲームと現実の区別がつかなくなってきたぞ)
正気を失っているのは果たして自分なのか相手なのかと、そんなことさえ考えながら、ためしにと竜昇は手にした【魔導書】を開こうとしてみる。
だが手にしたそれだけでなく、立ち並ぶ魔導書は全てベルトが巻かれて鍵をかけられており、現状では開くことはできそうになかった。
(魔法は存在するか否か、か。まさか人生の中でこんなことで悩む日が来るとはな……)
普通に考えれば答えは『否』なのだろうが、このビルに限ってはそうとも言い切れない。なにしろ勝一郎の頭の中には突然街中に現れた巨大ビルという、これはこれで魔法のような異常な事例が確かに存在しているからだ。
そして、もしも魔法などというものが存在しているとしたら、実は竜昇が置かれている事態は思っていた以上に深刻だ。
(もし、仮に……、魔法なんてものが存在するとして……。もしそうだとしたら、“この先にいるのはいったい何だ?”)
視線を移し、竜昇は自分が進めと言われた鉄の扉を盗み見る。
武器を一つ選んで勧めとビルの主はそう言った。
それは否応なく、この先で何かと戦わされる未来を予想させる要求であったわけだが、問題はこの先で何と戦わされるのかということだ。
これまでそこまで考えが回っていなかったが、しかし仮に本当に魔法が存在するとなった場合、それはこの先に待つ困難が常識の範疇に留まらないということにさえなって来る。
まっとうな可能性として真っ先に思いつくのは、やはり機械や猛獣、そして同じ人間だ。
それとて相手取って戦うとなればいろいろな意味で困難を極める相手であったはずだが、もし魔法の存在を認めるとなればさらに厄介な相手がこの先に存在している可能性も出てくる。
例えるならドラゴンのような、ファンタジーな怪物。それこそゲームなどでおなじみの常識外の化け物が、この先の対戦相手として待ち受けている可能性が出てくるのだ。
(……これは、……本当に、冗談じゃないぞ……!! いったいこの先には何がいるって言うんだ……!?)
冷や汗のにじむ手で魔導書を握る力を強めながら、竜昇はじっと自分が進まなければいけない扉を見つめ続ける。
重苦しい雰囲気を纏った鉄の扉はもちろん竜昇の疑問に何の答えも示さなかったが、しかしそれが逆に竜昇の最悪の予想を肯定しているようにさえ感じられた。
(落ち、着け……。危機感はもう十分だ)
大きく息を吐き、意識して呼吸してどうにか思考を安定させる。
未だ鉛を飲み込んだような重苦しい気分は晴れなかったが、それでも呼吸を繰り返すことでどうにか思考は一定の安定を取り戻してきた。
そうして安定した思考で、竜昇はこの先の敵と目の前の選択肢について、その是非を真剣に吟味する。
(最大の問題はこの魔法って言うのが、この先で本当に使えるのかって、そこにかかって来る)
ここまで不問ビルという、異常の塊のような存在を嗅ぎまわってきた竜昇である。その点で言えば魔法という概念に対する精神的ハードルは幾分低くなっていると言えた。
とは言え、流石に魔法である。しかもここで一つ重大なのは、この先で魔法を使わなければいけないのは【不問ビル】の側の何かではなく竜昇自身であるということだ。
果たしてこんな本一冊で、本当に竜昇は魔法などというものを使うことができるのか。
(……ここから先は、ある種の賭けだな)
魔法が本当にあるのか、この先に何がいるのか、考えられるだけ考えてみたが、しかしいくら考えたところでその結論の正否を知ることは叶わない。
ならば竜昇にできるのは、自分が出した結論に賭けて、それを前提にこの場での最善手を選択をすることだけだった。
後は魔法を含めた武器の中から、いったいどれを選ぶかという話。
(よし……、これだ)
並ぶ魔導書のタイトルを確認し、一通り立ち並ぶ武器を見て回って、最終的に竜昇は、机の前に戻って一冊の本を手に取った。
(……これで、行く……!!)
竜昇が手に取ったのは、奇しくも最初に手にしたのと同じ【雷の魔導書】。
魔法が無い可能性を考えればリスクが大きい、さらに言うなら魔法が有ったとしても効果が不透明なそんな選択肢を、あえて竜昇はこの場での最善手として選びとっていた。
もちろん、多少のリスクは承知の上で。
この場はリスクを冒してでも賭けに出て、思い切った選択をしておくべきだろうと、そう踏んで。
深呼吸して覚悟を決めて、竜昇は本を持ったまま扉の前へと移動する。
まるで待ち構えていたかのように、竜昇が扉の前に立った瞬間、固く閉ざされていた扉はあっさりと開いてその向こう側を竜昇へとのぞかせた。
暗い、まるで闇そのものと言った無明の空間。そんな中、足元にだけは輝く板のようなものが存在し、それが螺旋を描くように下へ下へと続いている。
同時に、扉が開いた故なのか本のベルトがひとりでに外れ、本の隙間から光の粒のようなものがあふれ出して竜昇の目の前に集い始める。
「な、なんだ!?」
光が集まり、竜昇の目の前に現れたのは一枚のカード。
ローブを被った人影が雷のようなものを発生させているような絵柄のそれは、その絵柄を見せつけるようにわずかな間竜昇の目の前で輝きを放つと、やがて再び光の粒へと変わり、今度は竜昇の体に吸い込まれるように消えていった。
同時に、竜昇の手の中で、スマートフォンに二つのメッセージが表示される。
『【魔法スキル・雷】を習得しました』
『魔法≪マジック≫・【雷撃≪ショックボルト≫】を習得しました』
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:1
雷撃(≪ショックボルト≫
保有アイテム
雷の魔導書
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