第2話 羨ましい。だけど、憎い。
何時かの暖かい季節。
薄暗い部屋に窓から光が淡く差し込む。少し湿気てて、埃臭く薄暗い部屋。
朝ご飯を食べた記憶は無い。
時計の針が一時過ぎを指した頃にキッチンから食べ物の匂いがしてリビングへと足を進めた。
いつも通り食器を机の上に運んで並べる。
母親とは、同じ空間にいるのに会話なんてない。
私は二人分の食器を机の上に並べてその場から離れた。
襖の裏側に回って母親から私の姿が見えないようにする。
母親の目に私の姿が映ったとたんに不機嫌になる。すると、私のその日のお昼ご飯が無くなってしまうので私はいつも陰でじっとしていた。
暫くするとキッチンからコンロを止める音が聞こえた。
母親の足音が部屋に響く。
「拓、昼ご飯。おいで。」
「はーい。」
食器の音と食べ物を食べる音。兄と母親はいつも二人で食事をする。
私はそこには入ることは許されない。
だから、いつも二人が食べ終わるのを待つ。
どんなにお腹が空いた日でもいつもこのままで、冬はとても寒い。
子供の私にはこれが普通だった。おかしくなんかない。他の子の家でもこうなんでしょ、って思っていた。
ただ、不思議だったのは父親が家にいるときは私も同じ机を囲んで食事をすることだった。
不思議で、モヤモヤした気持ちだった。でも、不快ではなかった。
ただ、一緒に食べるときは早めに食べ終わらないといけなかった。
味なんか、覚えてないけど家族が集まるこの時が好きだったことはよく覚えている。
でも、いつもは母親と兄が食べ終わった後に一人で食事をする。
二人が食べ終わるころにタイミングを計って襖の陰から出る。
出る時を間違うと、お昼ご飯が食べれなくなってしまうことが多い。
「いたの。そこからとれ。」
「…うん。」
母親が立ち上がり食器を持ってキッチンへと向かう。兄は買ってもらった玩具の置いてある場所へ行く。
「さっさと食べろ」
器と箸を差し出され受け取り、速足で机へと向かう。
食事は早く残さず食べる。終わると流しに置いて母親の目につかないところに行く。
それが私のいつも通りの生活だった。
この時は、母親を怒らせない限り暴力は無かった。
お互いに関わらない。接しない。ただいるだけ。
私の母親は優しかった。
わざわざ私の食べるものを作ってくれる。
私の寝るところを用意してくれる。
私の帰る家を用意してくれる。
私と話してくれる。
私を、苦労して生んでくれた。
だから、母親に構ってもらえる兄が羨ましかった。
名前を呼んでもらうことが恨めしかった。
触れてもらえることが憎かった。
だから、嫌いだった。
嫉妬。
そんな感情を幼いころに私は兄に抱いていた。
私もいつか、母親に話しかけてもらって、
名前を呼んでもらって、
頭を撫でてもらいたい。
子供の私はそればかりを思っていた。
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