8:Front Door

 結論から言うと、その神様だという人物は随分とその気だった。

少なくとも、はたから見る分にはそう見える。なにせ、


「見よ!! この我が手に輝く聖なる光を!! これこそが、神たる我が諸君らに与える聖なる光である」


村の広場に集まる村人たちの前で、崖を背に壇上に立つ男が、掲げた右手の上に何やら発光する球体を浮かべながら、噂の神様らしき人物が声高に叫ぶ。

外からは見えない部屋の中から、ランレイの行動に沿う形で外の様子を観察していた勝一郎としては、それ以前に見ることになった断崖絶壁の岩棚に作られる形になっている村の構造や、はるか下のがけ下からわざわざ村の中央にあるため池へと水を運んでくる子供の様子、その子供たちを含め、村人たち全員に見られる肌の鱗模様など、ほかにも印象に残る風景は多く見られたのだが、それらへの印象はある程度時間がたってから壇上に上がって神の力とやらを見せつけ始めた男の印象に見事に上書きされてしまっていた。


 遠くから、しかも扉越しに眺める形になっているため細部まではわからないが、どうやら勝一郎より少々年上のようにも見える若い男。服装も勝一郎の中にある神様のイメージや、この世界の人間が着ているような服とも違い、比較的勝一郎の世界の服装に近いように思える。

 顔立ちまでは、流石にこの距離ではあまり判別できない。ただその髪の色が茶色みがかっているのだけは何とかわかり、その他の体格やしぐさなどの微妙な雰囲気も相まって、どこか外国の人間を見ているような、何となく自分と同じ日本人とも違うようなそんな印象だけは感じられた。


 そして問題の、神様の権能にあたるらしきあの光。


「何か手元にあるのはわかるけど、ライトか何かを付けてるって感じでもないな。光もやけに強いし……」


 ――少なくとも、地球の科学技術ではないか?

 改めて村の様子を目の当たりにし、科学文明の圧倒的な格差を認識していた勝一郎としては、自分と同じ地球人が何らかの化学的なツールを使って奇跡を演出している可能性も考えていたのだが、件の神様の手に輝く光は勝一郎にとっても未知と言える光だった。


「まさかほんとに神様ってことは……、いや、でもそれにしては……」


 判断に困りながら、今度は勝一郎は扉に耳を当て、壇上で語られる神の声に耳を傾ける。もしかするとその話す内容の方に何かヒントが隠れているかもしれないという考えだ。

 だが、


「お――、我が、君たちに求めるものはただの一事である。森にはびこる悪魔を根絶やしにし、森のどこかにある輝く地へと我を連れてゆくことだ!!」


 距離が離れているのにやけによく聞こえるその声に対し、集まっていた村人たちからどよめきの声が上がる。部屋の中にいる勝一郎には彼らがいったいなにに反応しているのかはわからなかったが、勝一郎自身にも気になることはいくつかあった。


「『輝く地』って何だ?」


 単に教えてもらえなかっただけかもしれないが、ランレイから教えられた知識にない新たに聞く単語に、勝一郎の意識が敏感な反応を見せる。

 もしかすると、村人たちが反応したのもその部分なのかもしれないと、少し遅れて勝一郎は思った。彼ら自身にとっても新しくもたらされる情報だったから、彼らはこれほどの反応を見せたのではないかと。

 そして村人たちの反応にこたえるように、神様は声高に最後の激励を投げかける。


「さ、さあ行け!! 我が敬虔なる信徒たちよ!! 我が光の加護を受け、彼の化け物をその手で打ち取りゅのだ!!」


(――噛んでんじゃねぇよ)






「それでどうなの? あの自称神様を見ての感想は? やっぱり本物の神様なのかしら」


「間違いなく偽物だろうと思いました」


 ランレイの質問に、勝一郎は珍しく迷うことなくそう言い放つ。その様子はランレイにとっても意外だったのか、部屋の外でマントを掲げてこちらを見つめる彼女は、驚いたような丸い目で勝一郎を見つめ返している。


「意外ね。っていうことはやっぱりあの男、あんたの世界の人間だったわけ?」


「えっと……、すまん。それについてはよくわからなかった。遠くて顔立ちとかはよく見えなかったし……」


「わからないって……。それじゃあわざわざあんたに見せた意味がないじゃない」


 部屋の外で深々とため息をつくランレイの声に、勝一郎は部屋の中で正座し、『申し訳ない』と反射的に謝罪の返事を返す。

 現在二人は、ランレイが周囲の眼から逃れて隠れた建物の陰で、扉をわずかに開けての密談の真っ最中だった。勝一郎としてはこの村についての興味もないではなかったが、目下の話題は先ほどわずか五分ほど現れて演説を終えていった神様についてである。


「そもそもあんた、気功術は使わなかったの? 気功術の『感』で視力を上げれば、あの程度の距離でもきっちり観察できたはずよ?」


「え? ……ああ、そっか、その手があったのか。っていうか、気功術ってそんなこともできるんだな」


「……まあ、あんたが気功術に関して何も知らないのはもうこの際問題にしないでおくわ。次に見るときは覚えておいてね」


 また少女の逆鱗に触れることになるのではと、内心びくびくしていた勝一郎に対し、意外にもランレイはそんなことを言ってくる。予想外の言葉に勝一郎がしばし呆けていると、何かを察したのかランレイが『何よ?』と追及の言葉を突きつけてきた。


「ああ、いや、その……。怒らないんだなって思ってさ」


「……別に、こっちが当然と思ってることが、あんたにとって当然じゃないってのは、いい加減わきまえてきただけよ。あたしだってあんたの言うことについていけないことがあるし。あんたは特に文句も言わないけど、非常識なのはあたしにとってのあんただけじゃなくて、逆もそうなのかもって思ってね」


「そ、そうか……」


 ランレイが思いのほかこちらの立場を慮ってくれていたことに、勝一郎は混じりけのない、純粋な驚きを覚える。勝一郎が先ほどとは別の理由で言葉を発せずにいると、何やらランレイが『ああ、もうっ!』と声を上げて、話を問題に戻してきた。よく見れば先ほどに比べ、その顔色が少しだけ赤い。


「それよりもあの神様のことよ。そんなに見えてなかったっていうのなら、どうしてあんたはあいつが神様じゃないってわかったの?」


「いや、だって、いくらなんでもあれは酷すぎるだろう」


 自称神様の発言内容を思い出し、勝一郎は呆れを通り越してげんなりする。正直勝一郎としては、あんなセリフに疑いすら持たないこの世界の人間の方が信じられなかった。


「あいつの話は一応聞こえてたけど、あれでお前らをだまそうなんて俺にしてみりゃもはや笑い話の域だぞ」


「そうかしら? 私はむしろ昨日よりもそれっぽくなっているような気がしたわよ? 言ってることもそれなりに神様らしかったし」


「……まあ、ほかの宗教を知らない人間からすればそうかもしれないけどさ。あの程度のセリフならたぶん碌に教えに関する知識がなくても言えると思うぞ。あいつが語ってたこと、たぶんほかの宗教相手に語っても通じる内容だろうし」


 『セリフも所々噛んでたし』とは流石に言わなかったが、その部分を抜きにしても怪しいというのが勝一郎が抱く強烈過ぎる印象だった。

 このあたりは、一つの宗教に染まらない、多数の宗教が混在して存在する現代日本の出身者ならではの判断だろう。この村に生まれ、一つの神しか知らないランレイには他の宗教でも共通する部分がどこなのかなど判断のしようがない。


「あんたの言うことに引っかかるものがないでもないのは今は置いておくわ。でもそうなると問題になるのは、あいつが出してた光がいったい何なのかってことになるのよね。一応聞くけど、あんたの世界って、あれと同じようなことができるのが普通だったの?」


「……いや、流石になんの仕込みもなくあんなことができる人間、少なくとも俺は知らないな」


 現代社会において光を放つものなどそこら中にあるが、しかし彼が生み出していたあの光はそういった電球やLEDの光などとはまた違うもののように感じた。

 そもそも何らかの道具を使っていれば勝一郎も遠目とは言えわかったはずである。だというのにあの男は何も持たない手からいきなり光を生み出して見せていた。少なく見積もっても、あれは地球における文明の産物とは思えない。


「そういえば夕べ聞いた話だと、あいつの力って光以外にもあるんだよな?」


「ええ、あるわよ。私が聞いた話だと、光以外にも火を出したとか、水を出したとかって聞いたわ。なんかこう、手元に気でできた丸い線とか字みたいなのが出てきて、そこから出してたって」


「丸い線や字?」


「ええ、実際さっきの演説でも……、ああ、そういえば見えてなかったんだっけ」


「あったのか……?」


「ええ。口の前あたりと、手と光の間くらいにうっすらとね」


 扉の前で手のひらを指さしてのランレイの証言に、いよいよ勝一郎は腕を組んで考え込むはめになる。

 ランレイの言うその丸い線や文字というのがいったい何のことなのかはわからないが、どうにもあの男の力は勝一郎の持つそれとは違うように思える。その線や文字と言うのが勝一郎の右手にある輪を噛む獅子の印と同じものかとも考えたが、しかしそうであるならば同じく輪を噛む獅子を知るランレイがそうと言うはずだ。


(光を出してた手だけじゃなくて口にもってのはどういうことだ? もしかしてやけに声が大きく聞こえてたのもそのせいなのか? いやいや、まてまて、だとするとそいついくつ力を持ってるんだ? 俺だって今のところこの扉の力一つだけだぞ……)


 ざっと教えられただけでも、火、水、光、さらに音を拡大している可能性も判明しているこの現状、持ちうる力の量は圧倒的にあの自称『神様』の方が上だ。もっとも実際に見た光も拡声も勝一郎の知る近代文明で再現可能なあたりが、この神様のイメージをさらにショボイものへと変えている要因にもなっているのだが、しかしあの『神様』が、勝一郎とはまた別の形で奇跡を起こせる存在であることは認めなくてはいけない事実だ。


(そんな存在が神様じゃないと、神を信じるこの世界の人間にどうやって説明する……?)


 勝一郎の考えが行き詰まりを見せていると、不意に外から『パシッ』という音とともに『仕方ない』という声が漏れてくる。

 なんだろうと勝一郎が窓の外に視線を戻すと、窓の上からランレイが少し強めの口調で宣言してきた。


「もしもこのまま夜まで何も掴めなかったら、もう直接あいつに問い質してみましょう。あいつが本当に神なのかどうか、それともあんたと同じ異世界人って奴なのか」


「えぇっ!? いや待て、それって大丈夫なのか? 曲がりなりにも相手は神様を名乗ってる奴なんだろう?」


「でもそれ、あんたは信じてるわけじゃないんでしょう?」


 そう言い放つランレイの視線も、やはりあの神様に対する疑念の光が垣間見える。どうやらなんだかんだ言っても、彼女自身あの神様の存在には懐疑的らしい。


「でもさ、そんな神様かもしれない奴に直接面と向かって聴けるのか? 一応村の中にもそのことを信じてるやつがいるんだろう?」


 勝一郎が心配しているのは、どちらかと言えばそういう部分だった。

 ランレイ自身が信じていなくて、本当にあの男が神でもなんでもなかったとしても、それを信じている人間にとってはランレイがしようとしている質問は恐れを知らない暴挙にしかならないだろう。

 ただでさえこの少女、話を聞く限りでは村の中でも浮いた立場にあるというのに。


「大丈夫よ。事はあんたの力を使って、夜中の邪魔の入らないときにこっそりやるつもりだから。もちろんあんたにも協力してもらうけどね」


「それは、まあ、かまわないけどさ……」


「それに、もしあの『神様』が偽物だとすれば、その解明は早い方がいいわ。どのみち退治する予定ではあったけど、あの『神様』は森にいる咬顎竜の退治を命じてる。男共の力を見誤る訳じゃないけど、魔獣退治は少しの油断が命に係わる命がけの仕事よ。加護だか何だか知らないけど、それが本当にあてになるのかどうかは早いうちにはっきりさせておかなくちゃまずいわ」


「まあ、俺の世界でもこういうカルト宗教染みた真似をする奴に、唯々諾々と従うのは得策じゃないけど……」


 この世界の人間を騙して、いったい何を搾り取れるのかは不明だが、もしもあの光が与えるという加護が偽物で、それを信じた戦士たちが無茶をすれば、最悪それによって死傷者が出かねない。普段ならば考えすぎと笑ったかもしれない勝一郎も、あの巨大生物の存在を知ってしまった今となっては一笑にはできなかった。むしろあの化け物と戦って勝てるという、この村の戦士たちの方が信じられないくらいなのだ。


「決行は今夜。あんたにはその部屋に入ったままついてきてもらうわ。あんたには忍び込む手伝いだけしてもらうつもりだけど、一応心の準備だけはしておいて」


 強い口調でそう言い切って、ランレイは勝一郎と会話するために開けていた扉を静かに閉める。

 結局その日、勝一郎たちは神とやらに接触する機会を持てず、手がかりを得られなかったことによりランレイの潜入が決定した。

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