冬の日の記憶と幼馴染みと

 あれは十二月の雪が降る日のことだった。

 『恋するメトロノーム』の聖地である和合市、その駅前にあるファミリーレストランが俺と詩羽先輩がよく使っていた場所だ。窓際の席からは線路と駅のホームが見えて、いつもその席が俺たちの指定席だった。


「あ、もしもし、倫也君ですか?」

 俺が自室でゲームをやっていたときに詩羽先輩から電話がかかってきた。それに気付いて電話に出ると、いつもに比べて真剣そうなトーンで通話相手は俺の名前を呼んだ。


「う、詩羽先輩?」

「……今から来れないかしら」

 ここで「表示を見れば分かるでしょう」とか挟まないあたりに真剣さが垣間見れて。


「えぇと……和合市に?」

「えぇ、ダメ、かしら」

「いや、行くよ。ちょっと待ってて」

「うん、待ってる。待ってるから」


 そして俺と詩羽先輩は道を違える。

「言わなきゃわかんないのかよ!」

「え……」

「そんなの、大ファンだからに決まってんだろ!」


       ※ ※ ※


 現在に戻って同時刻――

 詩羽と倫也の会話を柱の陰からのぞいている存在があった。

 その柱から覗く金色のツインテールの片翼。そのツインテールが震えては、その持ち主の表情が伝わってくる。


 澤村・スペンサー・英梨々。イギリス外交官を親に持つハーフのお嬢様だ。私立豊ヶ崎学園に通い、美術部に入ると同時に各賞を総ナメ。その容貌と合わせてやはり学内の男子生徒からの評判は高く、よく男子生徒から告白されては玉砕しているところを目撃されている。


 そんな英梨々の姿に気付いて近づいていく生徒の姿が一つ。

 霞ヶ丘詩羽である。


「あら、澤村さん。その「いかにも負け犬ヒロインですぅ~」って主張しているツインテールが思わず目に入っちゃったわ」

「あら、それはあなたの目が腐ってるんじゃなくて? この霞ヶ丘詩羽ぁぁぁ~!」


 ふん、と憤怒の表情を見せながら英梨々は胸を反らす。

「あら、胸を反らしてもそんなに凹凸無いのね。それじゃあどこかのだれかさんは靡かないんじゃないかしら」

「それ以上言ったら『恋するメトロノーム』のダブルヒロイン凌辱本書くわよ霞詩子」

「あら、自作品の同人誌が出ることは光栄だからぜひお願いするわ? 柏木エリ先生」


 そう、詩羽と同じように英梨々もいわば〝偽りの仮面〟を被っている。

 表向きは美術部のエースで外交官の愛娘というザ・お嬢様。

 裏向きには、コミケやコミティアではいつも壁に配置され、凄いときには30分程で新刊が完売するというサークル・egoistic-lilyのサークル主にしてイラストレーター・柏木エリ。


「じゃあ沙由佳の獣姦本とかでもいいわけ?」


 ちょっと言葉に詰まってから、詩羽は答える。


「……今までの作品でもそれは無かったのだし、柏木エリの新境地が私の作品で読めるのなら嬉しいわ」

「あっそ」


 英梨々は詩羽に背中を見せて、倫也のロッカーからこっそり持ち出した〝それ〟を大事に抱えて昇降口の方へ向かう。

 しかし、何かを思い出して足を止め再び詩羽を呼び止める。


「か、霞ヶ丘詩羽!」

「何かしら、もう用事がないんじゃなかったのかしら」

「……一つだけ。あんたと倫也、何でそんなに窮屈になってるの?」

「澤村さん。あなたには関係ないわ」


 冷酷な声でぶった切る。詩羽にとっては触れてほしくない過去で、改善を図りたい過去。

 何故、あのときそんなことを言ってしまったのか。

 何故、あのとき彼はそう言ってきたのか。

 何故、それを私は予想していなかったのか。


「……そう」


 その言葉を聞いて、英梨々は再び昇降口へ足を進める。


「これは私の、問題、なんだから」


       ※ ※ ※


 そして、無情にも月日は過ぎて六月。

 雨の降る日が多くなり、心もどこか沈んでゆくが、またこの時期も年に四回のうちの一つ、番組改編期に当たる。そして、年に二階のビッグイベントであるコミックマーケットのサークル当落発表も行われ、「進捗どうですか」だとか「締切間に合わない」という心理戦が随所随所で繰り広げられ始める。


「ふっふっふっ……コミケwebカタログができた今、俺に抜かりはない……」


 俺の目当てのサークルは何件もあるが、最近の個人的ヒットといえばサークル・Cutie Fakeの作家・嵯峨野文雄以外にあるまい。

 最近の流行をきちんと押さえた上に、その作品への愛情があふれる同人誌を作り続けている作家で、島中からお誕生日席へ、そして壁へとコマを進めたサークルの一つ。

 俺がCutie Fakeを知ったのは最近も最近だが、そのキュートな絵柄と愛に満ちた作品に一目惚れした。


「Cutie Fake、今度の新刊は『僕ノエル。』のいろねる本か……。的確に俺のツボを突いてくる……」


 そして、何よりも作品の、キャラクターの好みが俺と似通っていて。


「これ描いてるの、どんな人なんだろうな……」


       ※ ※ ※


 六月の、珍しく晴れた日の放課後。数日振りに浴びる日差しは、俺の身体を激しく照らす。その温かいを通り越して熱い日差しは俺から体力を削いでいく。

 また今日も、自分のロッカーに入れておいたアニメBDがなくなっていることを確認し、昇降口へ向かう。

 校門のあたりでは友達を待っている人や、友達と話している女子生徒が多数いた。ちなみに今日は喜彦は何か所用とかで早く帰って行った。

 いや、ぼっちとかそういうのじゃないから! 友達はちゃんといるから!

 それにしても……


「昇降口から校門、って出会いのポイントだろ? もうちょっと学校一のアイドルが男子生徒を待ってるとかそういうイベントがあっても……」


 でも実際はそんなに甘いわけではなくて。

 そんなラッキーでミラクルなハッピーデイズが起こるはずもなくて。

 俺は知っている。創作と現実が異なるくらい――


「……先輩?」


 虚構とリアルを必死に離そうとしていたところでとっさに俺の脳内をハックしてくる萌えボイス。あたかも『○修羅』のメインヒロインのような……


「倫也先輩……?」

「あれ?」


 校門に立った豊ヶ崎学園以外の制服に身をまとった少女。出るところは出ていて、背は小さく髪がお団子状にまとめられているその少女。


「やっぱり、倫也先輩だ!」


 戸惑っている俺をよそにしてその少女は俺に抱き着いてくる。

俺の身体に当てられた二つの爆弾のおかげで、俺の拙い脳はすでに処理落ちしていた。


「えっと……えっと……」


 必死に脳内を探り、その少女の名前を思い出そうと試みる。

 本音は、そろそろ周りの目がキツくなってきたから早くこの場から逃げ去りたい一心なんだけどね。

ほら、近くにいる英梨々や詩羽先輩も睨んできてるし。


「帰ってきたよ? わたし、先輩に会うために帰ってきたんだよ?」

「ま、まさか……」


 一つの答えに行き当たった俺は、答えとその変貌した容姿を見比べた。

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冴えない絵師の倒しかた -Blessing you!- 羽海野渉 @agemuraechica

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