第9話 真相を突き止めました
鬱蒼とした森の中、ジメジメとした空気が漂っていた。地面はぬかるんでいて足に泥が海藻のようにまとわりつく。そんな状況で晴れやかな森林浴気分には当然なれるはずもなく、俺は無気力に包まれていた。
「あー、怠い。もう帰っていいかな?」
「ダメに決まってます! あと少しですから、頑張りましょう!」
そういって俺を励ましているのはユネハである。彼女はどうしてこんなに元気なんだろうと思いつつアズマさんの方を見たが、彼は相変わらず表情を変えずに黙々と歩いている。彼はこちらの視線に気付いたようで、こちらを見ると何も言わずに頷いた。
「はぁ、やっぱり安請け合いなんかするもんじゃないなぁ」
俺はぼそりとため息交じりに言い、肩を落とした。
今、俺がいるのは始まりの森。そこは冒険者なら誰しもが通る道で、ゴブリンやウルフなど初級冒険者向けの魔物が多く生息する。森の奥深くにはランクAのモンスター (ヌシと呼ばれている)がいると言われているが実際に見たものはほとんどいないらしい。曰くゴブリンキングだとか、曰くウォーウルフだとか噂の域を出ていない。今回は森の調査ということで来ているが、そういった存在に遭遇する可能性は低くは無いだろう。
とまあ、いざ調査をしに来たら拍子抜けであった。森に入ってかれこれ三時間、周りに注意をしながら隈なく歩いていたが、何一つ発見は無かった。それどころか魔物や動物にさえ遭遇していない。最近ゴブリンが減っていたというのは依頼をこなしていた時に感じていたが、ここまで出会わないのは明らかにおかしい。
「しっかし、暇だな。もうこの森の魔物は絶滅しましたってことで良くない?」
「よくありません! もしそうだとしたら動物とかがいない理由が分かりませんし。この原因は最悪の場合、ゴブリンキングがいるという可能性もあるんですよ!」
俺は怒る彼女の言葉を聞き流して、少し気になったことを聞いた。
「ゴブリンキングねぇ。もしそんなのがいたら逆にゴブリンが大量発生しない?」
「それは少し違います。確かにゴブリンキングがいるとゴブリンの発生率は格段に上がります。しかし、ゴブリンキングがゴブリンたちを統率しているので、むやみに人の目に付く所へは現れなくなりますが、一定以上の数が集まると軍隊を形成し、人里へ攻めて来るんです」
「へぇ」
聞いては見たものの大して興味も湧かず、おざなりに返事をした。そんな返しに彼女はふくれっ面でこっちを見てきた。
「ショウさん。貴方が聞いてきたから答えたのに、何ですかその返事は。それに退屈と仰るなら、何でもう少し会話を続けようとはしないんですか!」
「ん? 会話するのが面倒だし?」
「何で疑問形なんですか!」
そんな意味もないやり取りをしつつ、未だに何も見つからず歩いている。首を回し、何となく上を見ると、葉の隙間からわずかにオレンジ色が差し込んでいた。
「もう夕方か……」
「結局、何も収穫は無かったですね」
散々歩いて何もなかったのは正直不本意ではあるが、これ以上居ても仕様がないので街の帰ることを提案した。
「このくらいでいいだろ。そろそろ帰らない?」
「そうですね……、今日のところはここまでにしましょう」
何か聞いてはいけない単語を聞いた気がして、俺は確認を取った。
「今日のところは?」
「そうですよ? 取りあえず、今日の具合から他にも捜索隊を出しても大丈夫そうと判断されれば別ですけど、原因が分からないのでその可能性は低そうですね、」
それを聞いた俺はがっくりと肩を落とした。
「ショウさん、元気出してください。街に戻ったら何かおいしいものでも食べましょう、ね?」
彼女は俺の顔を覗き込むようにして、ぶつぶつ不満を言う俺を宥めるように言った。そんな彼女に不覚にも一瞬ドキッとしたが、そんな気持ちも掻き消すようにけたたましい鳴き声が聞こえた。
「ん? 何だ?」
そういうも束の間、何かがこちらに向かってくるのを感じた。
「来る」
「ええ、何か来ますね」
どうやら二人も感じたようで、武器を構え臨戦態勢を取っている。俺もアイテムストレージからムラマサを取り出し、両手持ちで構えた。
「三十、……いや五十はいるな」
「しかも、一体はかなり大きな力を持ってますね」
どうやら二人は気配から数が分かるようだ。恐らく気配探知の能力だろう。もちろん俺にはそんな事は分からないが、わざわざ言うつもりもない。
「で、どうする。多分、殲滅できると思うけど?」
二人に尋ねると、バッと目を見開いてこちらを見てきたが、すぐに気を取り直した。
「えーと、ショウさん? 恐らく敵はゴブリン兵達ですよ? しかも力が大きい個体がいることから、ゴブリンキングが率いている軍隊だと予想されます。こちらの方が個々の能力が優れているからといっても、流石に数の暴力には勝てないと思いますよ?」
「俺も同意見だ。ここは一時撤退して、ギルドに報告した方がいい」
どうやら二人は撤退するという意見らしい。実力的にこの二人なら殲滅できると思うし、何なら俺一人でも大丈夫な気がするんだが。取りあえず、二人の意見を尊重しつつ、俺の意見も取り入れて説得してみるか。
「ふーん。じゃあ、二人はギルドに報告に行って。俺はここであいつ等の足止めをしておくから。多分、振り切るのはきついと思うから」
「そんな! 無謀ですよ! 確かにショウさんは一人で四体のゴブリン兵を倒したのかもしれませんが、今回は訳が違います!」
「そうだ。自分の力に自信があるのはいいが、それで慢心して実力を見誤り死んでいった奴らは何人もいるんだ」
「大丈夫ですよ。なんでも俺は天変地異らしいですから」
二人は必死に俺を説得しようとしていたが、俺は頑なに拒み、ここで迎え撃つことを主張した。そうしているうちにも段々と気配が近づいて来ていて、決断する時間が迫ってきていた。その状況に、二人は俺の説得を諦め、覚悟を決めたようだ。
「はぁ、分かりました。それじゃあ、私がセリーヌさんに通信で報告するので、二人は周囲の警戒をお願いします」
彼女は魔道具に魔力を込め、通信を始めた。そして俺たち二人は周囲に気を配り、いつでも戦闘が出来るように集中していた。
「敵がどのあたりにいるかわかりますか?」
「……、五十メートル程先に右二十、中央十、左二十くらいだ」
「そうですか……、ありがとうございます」
それを聞いて、俺は倒す手段を考える。それぞれの集団の各個撃破ならそれぞれにファイアを掛ければ終わりそうだが、ゴブリンキングってのが気になる。倒したと思って火柱の中から不意打ちされるとかご免だ。
そうすると、まだ試してない初級魔法を使うべきか。中級魔法だと自分にまで被害が来そうだし。取りあえず、両翼はファイアで、中央は何か別の魔法を……、と考えているどうやら射程圏内に来たようだ。
「相手が見えたらまず、俺が牽制に魔法を使いますね」
俺がそう言うと、アズマさんはコクリと頷き前を見据えた。足音が近づくにつれて、魔物の殺気を感じた。気配察知って恐らくこういうのに敏感になるんだろう。すると、突然前方から火の玉が迫って来た。
「はっ!」
突然で驚いたが、難なくムラマサで切り捨てた。こちらの射程圏内なら、あっちの攻撃も受けるのは当然か。俺は即座に標準を定め、魔法を使った。
「ファイア!」
すると、いつものごとく前方に二つの火柱が出来上がった。
「えっ!」
「っ!」
それを見た二人は驚きの声を上げた。どうやらユネハの方の報告も終わっていたようだ。そんな二人の様子に気づかぬふりをしつつ、次の魔法を使った。
「ウィンド!」
ウィンドとは風属性の初級魔法で、相手に風を送り、切り裂く魔法だ。ただ俺の場合は切り裂くのではなく、切り刻むことになる。それを俺は中央の集団目掛けて放った。完全に目視することはできないが、何か断末魔のようなものがあちこちから聞こえてきた。
「ふぅ、取りあえずこんなもんか」
「ふぅ、取りあえずこんなもんか、じゃありません! 何なんですか、今のは!」
「何って、魔法?」
「だから何で疑問形なんですか! はぁ、まあ、素直に答えてくれるとは思っていませんけど……」
「なら聞くなよ」
「あー! もう!」
彼女は苛立ちからか、髪をくしゃくしゃと掻き乱していた。一応女の子なんだからあんまりそういうことはしない方がいいと思うが……。そんな気の抜けた雰囲気であったが、前方から聞こえてきた音で一変した。
「嘘ですよね……。あれだけの魔法を受けたのに」
彼女は後ずさり、足がガクガク振るえていた。その視線の先を見ると、そこにはゴブリンの大きさの五倍はありそうな奴が無傷の状態でいた。
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