18 店内改装

 リサイクルショップでテーブルと椅子を購入して二日後のこの日。

 本日の桜木堂は閉店。それというのも店の改装を行うことになっているからだ。

 いままで配置していた棚や平台などの移動、床や什器などの清掃、そして小型テーブルと椅子の設置等々、今日のうちに全て終わらせる予定になっている。

 桜木堂に集まっているのは高臣、吉平、ふゆの三人の他、光汰朗も朝から出勤してもらっている。大学は大丈夫なのかと訊いたら、軽い感じで「平気ですよ」と返された。寧ろ桜木堂の心配をされてしまったぐらいである。「一日休んだくらいで俺の単位は危うくなんかなりません。それより桜木堂ですよ! 俺がいまいなかったら、高臣さんたち困るでしょう?」と、力説されてしまったのだ。

 確かに光汰朗がいてくれて助かった。寧ろいてくれなければかなり苦しい状況だった。重いものを持ったり移動したりの作業が多いなか、若者の手があるのは非常に助かる。よく働いてくれる光汰朗に改めて恩に着る思いだった。

 いつもは制服に着替えるが、今日は動きやすく汚れてもよい服で作業にあたる。高臣は着古したジャージに着替え、もう着ることのない長袖のシャツをふゆに渡す。いつかちゃんとふゆに洋服を買ってやらないと、と思いながらいまもまだ買いに行けていないままだ。

 吉平や光汰朗もラフな格好になって早速作業に取りかかる。まずは棚や台を移動させることから開始する。重いものはふたりがかり、ないしは三人で持ち上げることになる。ふゆには軽いものを移動してもらおうと、高臣が入口近くにいたふゆに声をかけようとした丁度そのとき、おもむろに扉が開かれた。

「もしかしなくとも今日も休み、だよな?」

「伸雄」

 遠慮がちに扉から顔を覗かせる伸雄が「ついてないな」と頭を掻く。それから店内をぐるりと見回した。

「すまん。クローズの札かかってたけど、ひとの姿が見えたから勝手に開けさせてもらった……もしかして店内改装的な?」

「イートインスペースを作るんだ。その作業で店は休み。……彼女は一緒じゃないのか?」

 先日、彼女とふたりで来店すると言っていただけに気になった。伸雄は首を振る。

「今日は気分じゃないんだと。なんか悪いな」

「いや、いいんだ。また都合がいいときにでも来てくれ」

 伸雄が再度「悪いな」と口にしたあと、店の奥から吉平の声が響いた。

「なんだよノブ、手伝いに来てくれたの? さすがノブは優しいねえ」

 素早く入口にやってきた吉平は伸雄の腕をがっちりと掴む。願ってもない助っ人の登場に、逃すまいとしているのがわかった。

「吉平、無理やりはよせ」

 確かに手が足りないのは事実であるが、相手の予定そっちのけで手伝ってもらうわけにもいかない。しかし伸雄は清々しい笑顔を見せた。

「いいぞ。このあと特に用はないし、手伝うよ」

「いや、でも……」

 申し訳ない気持ちから渋ってしまう高臣だったが、伸雄は声をあげて笑うだけだった。気にするな、と言って高臣の背中をバシッと叩く。店内に入るなり上着を脱ぎ捨て、腕まくりをする伸雄は早速やる気を見せる。

「よし、どれから運ぶんだ?」

「じゃあノブ、そっちの平台運ぶの手伝って」

「はいよ」

 吉平の指示に従って働く伸雄に悪いと思いつつも、感謝せずにはいられない。

 新たな即戦力が加わって、桜木堂の改装は勢いづいて進められた。



 朝から続く作業は昼に一旦休憩となった。

 いつも以上に身体を動かすので皆一様に疲れが見えた。慣れない作業は思った以上に疲弊するものだった。けれど見渡す表情は誰もが皆爽やかだ。

 桜木堂をもっといいものにしたい、というそれぞれの想いが垣間見えるようで、疲れていても高臣の胸はじわりと温かくなり、そして弾むのだった。

 昼食は弁当屋で購入することになった。駅前に新しく出来たその弁当屋は大変な人気らしく、一度食べてみたいと言った光汰朗の希望を聞き入れた形だ。

「リクエストしたの俺なんで、俺が買いに行きますよ」

「……んー、じゃあ俺も行くわ。ひとりじゃ全員分は重いでしょ」

「え。吉平さん一緒に来てくれるんですか?」

 買い物を手伝うという吉平に光汰朗は目を剥く。

「なんでそんな驚いてんの。曲がりなりにも俺はここの店長さんよ?」

「いやあ、いつもの吉平さんより素直だなあと思っ……痛い!」

 吉平の肘鉄が光汰朗の脇腹に炸裂する。悶絶する光汰朗に容赦なく「さっさと行くぞ」と言い放ち、吉平は足早に店を出て行った。

 高臣は光汰朗の肩を叩く。見上げる彼に微苦笑を返した。

「悪いな……よろしく頼む」

「いえ、とんでもないですよ。それじゃあちょっと行ってきます!」

 吉平のあとを追う光汰朗を見送っていると、背後で笑い声が響いた。

「わかりやすいやつだよな吉平は。ああいうところ変わってないし、見るとほっとするよ」

「ほっとするのか」

 苦笑しつつも、伸雄の言に高臣も頷いてしまうところがある。

 きっと吉平は手伝ってくれる光汰朗を、それだけでなく、伸雄やふゆ、高臣のことを想って行動を起こしたのだ。感謝の気持ちから。

 それを正面から示されて恥ずかしかったのだろう。吉平らしい返し方には高臣も心中で笑ってしまう。

「まあ昔に比べて、吉平も高臣も穏やかになったと思うよ」

「穏やか?」

 伸雄は「うーん」と顎に手を添えて首を捻る。

「なんていうか、ふたりとも学生の頃はもっと刺々しかったというか……こっちに寄ってくんなオーラを放っていたというか……」

 いま思えば、十代の若者だったとはいえ、尖っていた自分はあまりにも幼かった。友人である伸雄にそういう風に感慨に浸られるというのは、ひどく面映ゆいものがある。

 自覚がなかった……と言えば嘘になる。あの頃の高臣は確かに、周りに対して高い壁を築いていたように思う。自分からは深く入り込もうとせず、入ってこられても一定の距離を保っていた。それは傷つくことを恐れたゆえの行動だった。

 しかしそんな防御壁をひょいと超えてきたのが伸雄であった。それはもう軽やかに。こちらが後退りした距離を簡単に縮めて伸雄は高臣に接してきたのだった。

「あの、伸雄さんは高臣さんたちの昔からのお友達なのですか?」

 傍で話を聞いていたふゆが尋ねる。輝く瞳は興味に満ちていて、ふゆのうずうずとした興奮が手に取るようにわかった。伸雄は「そうだよ」と、小さい子に言い聞かせるように笑顔を向ける。

「高臣とはクラスが一緒でね。高臣の最初の友達になったのが俺なわけ。コイツいまも怒ってるような顔してるじゃん? でも昔はもっと怖い顔しててさ。髪型とか服装とかは真面目くんって感じなのに、目つきが険しくてさ。最初不良かと思ったよ。中学のとき荒れてたのかなー、なんて勘ぐったりもしたな。だってコイツ喋んないから、必要以上に怖かったんだよ。まあ実際そんなことは全然なかったんだけどね」

 伸雄の言葉は全て事実だ。事実であるがゆえに、ふゆに知られてしまうのは少々むず痒い。

「吉平も吉平でさ。アイツはクラスが別だったから、高臣を通じてあとから知り合って友達になったんだけどね。なんっつーか……アイツは浮いてたよなあ?」

 首を捻ってこちらを見る伸雄は同意を求める。高臣は素直に頷いた。

 浮いていた。確かにその通りだった。

 吉平と同じクラスになったことはただの一度もない。けれど吉平がクラスの輪からはみ出していたのは察することができた。吉平も高臣と同じように、周りと距離を置いていた。けれどそれは高臣のものとは違う距離のとり方だった。

 クラスに溶け込んでいるように見えて実際は高い壁を作っていた高臣とは違い、吉平はそもそも溶け込むということを一切しなかった。行動を起こさなかったのだ。

 そこにいるのに、そこにいない。我関せずの吉平の態度は、どこか高みの見物をしているように思えた。だから自然とクラスメイト達は吉平と係わることをしなくなり、当然吉平はクラスで浮くことになった。

「高臣もだけど、あの頃の吉平はひととの距離のとり方が下手くそだったんだよなあ。まあ、あの時分お前らは家のこととかあって、いろいろ苦労してたんだよな」

「……伸雄」

 静かに制すると、伸雄は頭を掻いて詫びる。ふゆは大きな瞳を瞬かせただけで、深く問うことはなかった。

 かわりにふゆは別の問いを口にする。

「それでも伸雄さんは、高臣さんも吉平くんも、変わっていないと思うのですか?」

「うん、変わってない。そりゃあ見た目とか、さっき言ったみたいに雰囲気が柔らかくなったっていう変化はあるよ、いい意味でのね。それと一緒で、変わってないところはコイツらの根っ子の部分だよ。――変わってない。良いヤツらなのは、全然変わってないよ」

 目を細めて笑う伸雄が眩しい。思わず目元を覆ってしまいたくなるほど、眩しかった。

 ふゆはゆっくりと微笑を作り、伸雄と笑い合う。

 なんだか頬が熱い。まともにふたりを見ていられなくなって、高臣は床に腰を下ろした。照れくささを押し込めるように、早く吉平と光汰朗が帰ってきてくれないだろうか、とそればかり心のなかで願った。



 昼食と休憩をとったあと、再び作業が行われた。作業を長引かせることは出来ないので、なんとか今日中に終了させることを目標にやってきた一同は、陽が沈む頃にようやく全ての工程を完了することに成功した。

 桜木堂には新しくイートインスペースが出来上がった。床や什器なども磨き上げ、棚なども移動させたことにより、店内は新たに生まれ変わったように見違えた。

「付き合わせて悪かった。助かったよ伸雄」

「どういたしまして。俺もお前らの店を手伝うことが出来て嬉しいよ」

 伸雄の助けがなかったらいまもまだ作業を続けていたかもしれない。改めて高臣は伸雄に感謝した。

「ノブ、これ持って帰りなよ」

 厨房から姿をあらわした吉平が差し出したのは焼きたてのパンだった。トレイの上には何種類かのパンが乗っている。香ばしい匂いが漂っていると思ったら、吉平は休む間もなくパンを焼いていたらしい。昼間も弁当を食べたあと厨房でなにかしていると思ったが、パンの仕込みをしていたのだろう。

 休憩もとらずにパンを作り続けた吉平は、それだけ伸雄に感謝しているのだろうと思った。

「うおっ! すげーな吉平! パン屋のパンみたいじゃないか」

「正真正銘パン屋のパンだよ。どうすんの。いるの、いらないの」

「いるに決まってるだろ。あ、これアレだよな。シナモンロール、だよな」

 渦を巻く表面に砂糖とシナモンがたっぷりと塗られたパンを指差す。吉平は軽く頷き「好きなの?」と問うた。

「いや千栄が……彼女が好きなんだよ。丁度良かった、これ貰ってくよ」

 いくつかパンを見繕うと伸雄はほくほくとした表情を見せた。

「吉平のパンにありつけるとは思ってなかったから嬉しいよ。……実は明後日帰るんだ。千栄を連れてこられなかったことが心残りだけど、パンは必ず渡すよ。きっと気に入ってくれると思う」

「結婚式の日取り、早めに教えてよ。でないと欠席することになるかもしんないよー俺ら」

 欠席など微塵も考えていないだろうにそんなことを口走る吉平に苦笑して、高臣は伸雄を見返す。「わかってるよ」と返事をする伸雄は、桜木堂の名の入った袋を提げて店をあとにするのだった。

「素敵なお友達ですね」

 隣でふゆが笑う。

 高臣は深く頷いて同意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る