▼エピソード6 体育の時間だぞ、勇者よ!▲

 キーンコーンカーンコーン……。

 校内に明るいチャイムの音が以下略。体育館の屋根の下、体育座りをする生徒達を前に、同じ顔を持つ四人目の教師が張りのある声で言った。

「えー、お前らに残念なお知らせだ。今日の体育はスポーツじゃなくて、男女混合で応急救護の勉強をする!」

 言いながら、教師は床に放り出されていた人形を持ち上げて見せる。

「ほーら、練習人形のアンちゃんだ。皆、アンちゃんを助けてやれよー」

 嬉しそうに無表情な人形を見せてくる教師を尻目に、健介が正孝に視線を寄せた。

「……勇者よ」

「……その呼び方から始まるって事は、どちらが早くアンを復活させられるか勝負だ、とでも言うつもりか?」

 正孝の顔は、心底嫌そうだ。「ふざけんな」と吐き捨てた。

「人の生死がかかってる時に、勝負なんて言ってられっか」

 しかし、そんな正孝の不機嫌な様子に、健介は一歩も引く気は無い。

「ふ……私にそんな戯言が通用するとでも? 私は魔王マグダス様の配下、ディアーゴだぞ! アンの生死など、私の知った事ではないわ!」

「お前……アンを見殺しにする気か!?」

 盛り上がっているところに水を差すようだが、アンは人形である。念のため。

「ふふ……良いぞ、正孝。その目だ。今の貴様は、大勢の人間を殺した私を見た時の、勇者ジークフリースの目をしている」

 健介が満足そうに嗤い、頷いた。

「さぁ、勝負を受けると言え。早くしなければ、アンは死んでしまうかもしれんぞ」

「くっ……」

 悔しさで、正孝は顔を顰めた。そして、その顔は寸の間、別の色を浮かべる。異変にいち早く気付いたのは、正面にいた健介だった。

「? どうしたのだ、勇者よ? ……貴様、顔色が……」

 健介が、言葉を最後まで言う事は無かった。

「……っ!」

 引き攣った声を発したかと思うと、突如、正孝はその場に倒れ伏した。顔が土気色になり、脂汗が噴き出ている。

「正孝!?」

「やだ……正孝! 正孝!?」

「どうしたんだよ、赤坂!?」

 健介、彩夏、立花が声をかけるも、正孝は反応しない。健介が、正孝の口元に手を当て、顔を更に険しくした。

「息が……」

 無い。呼吸が止まっている。

「そこの愚民! 119番だ! 帰りに保健室から、AEDも借りてこい!」

「え!? あ……おう!」

 健介の指示に、立花が弾かれたように立ち上がり、駆け出した。その間にも、健介は正孝の様子を調べていく。

「……呼吸だけではなく、心臓の動きまで止まっている……。しかし、感染などの恐れがあるので、無理に人工呼吸はやらない方が良いな。ならば、心臓マッサージだ! 肋骨が折れるかもしれんが、貴様の命を救うためだ。悪く思うなよ、正孝!」

「AED、借りてきたぞ!」

 戻ってきた立花に、健介は「よし!」と声をかける。

「こことここに、電極をつけろ!」

 健介の指示した心臓近くとわき腹付近に、立花はAEDの電極を貼り付けた。電源の入ったAEDから、淡々とした声が流れ出す。

『心電図を解析します。体から離れてください』

「愚民! 正孝から離れろ!」

 立花が素早く、正孝から離れる。解析を終えたAEDから、声が流れ続けている。

『電気ショックが必要です。充電しています。……体から離れてください。点滅ボタンを、しっかりと押してください』

 健介が、ためらい無くボタンを押した。バチッと、電気が流れる音がして、正孝の体がショックで跳ね上がる。

『電気ショックを行いました。体に触っても、大丈夫です』

「どうだ!?」

 健介に問われ、立花が正孝の体に触れる。そして、悲壮な顔で首を振った。

「……駄目だ! 呼吸も、脈も戻ってねぇ!」

「くっ……やはり、こうするしかないのか……!」

 言うなり、健介は正孝の上半身を抱き上げた。

「鈴木!?」

 突然の健介の行動に目を見開く立花。健介は、説明する間も惜しいという顔で素早く言った。

「私の気を、正孝の口から直接吹き込む! 正孝を救うには、最早この方法しか無いのだ……!」

 そう言う間にも、AEDからはあの淡々とした声が流れてくる。

『電気ショックが必要です。充電しています』

「二回目の電気ショックだ……」

 立花の顔が、焦りで引き攣った。

「鈴木、離れろ! AEDは健常者に使うと、心臓が止まっちまうくらいの威力があるんだぞ! このままじゃ、お前まで……」

「なんの……正孝を失う事に比べれば、我が命なぞ……」

 そう言って、健介は正孝の体を己に近付ける。AEDの声が、無情に響いた。

『……体から、離れてください』

 パーン!!

 今までの中で、最も大きな良い音がした。

「いっっったーい! ちょっとー、二人揃って叩く事ないじゃないの!」

「やかましい!」

「これが叩かずにいられるか!」

 両手に上履きを握った正孝と健介が、肩をいからせ目を剥いた。解説は不要だろうが、今までのあれやこれやは彩夏の妄想である。一体どこから妄想が始まっていたのだろうか……。

「事実を脳内再生して、何が悪いのよ!」

 脳内再生だけならまだ百歩譲れるが、妖精の能力なのか内容が周りに駄々漏れだから始末が悪い。

「事実であってたまるか!」

「いつ正孝が倒れた? いつ私が正孝に口付けた!? どこにも事実など無いではないか!」

「事実じゃないのー! ただ、まだ起こってないだけで!」

「そういうのは事実とは言わない!」

 声を揃えて叫ぶ正孝と健介。そして、その後では。

『電気ショックを行いました。体に触っても、大丈夫です』

「おーい。アンの蘇生、成功したぞー。次、誰がやる?」

 立花が一人で蘇生を成功させていた。己が望む展開にならなかったからか、彩夏は頬を膨らませる。

「むー……次、健介。アンタがやりなさい」

「フン。やっとまともに授業を受ける気になったか、変態妖精が」

 呆れた様子で、健介はアンに近付いていく。そこで彩夏は、すかさず言った。

「でもって、正孝は傷病者役。立花ぁ、練習人形は、もう返してきても良いわよー」

「……って、おい!」

 正孝と健介が、同時に勢いよく振り向いた。

「妄想を無理矢理実現させようとするな! そして何故カメラを構えている!?」

「えー、別にぃ? あ、人工呼吸もしっかりやってね! しっかりじっとりねっちょりと!」

「誰がやるか!」

 六時間目、二度目のハモり。そして。

「おーい、そこー。ふざけてないで真面目にやれー!」

 流石に教師に気付かれ、四人揃って怒られた。

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