▼エピソード7 部活動の時間だぞ、勇者よ!▲

 キーンコーンカーンコーン……。

 全ての生徒達が、授業から解放される時がきた。ある生徒はいそいそと帰る仕度を始め、ある生徒は部活の準備を始めている。

 立花が「くぁーっ」と伸びをしながら、脱ぎ散らかした体操服や教科書を鞄に詰め込んだ。

「終わった終わった! よし、部活行くかぁ! ……あ、そういや鈴木って、何部に入るか決めたか? もし決まってないなら、サッカー部に……」

「黙れ愚民。私は、剣道部に入ると決めている」

 けんもほろろな健介の言葉に、立花は「ふーん」と残念そうに呟いた。

「前の学校でも剣道部だったとか?」

 すると、健介は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、正孝へと視線を向けた。

「剣道部であれば、一対一での勝負が可能だろう。なぁ、勇者よ?」

「いや、俺、サッカー部だから」

「何だと!?」

 健介の目が、クワッと見開かれた。

「何故だ! 貴様は勇者だろう? 前世の事もしっかり覚えているだろう? ならば、剣の扱いも覚えているはずだ。なのに、何故剣道部に入らない? 貴様の腕ならば、全国大会も夢ではないだろうに!」

 剣道の竹刀と勇者の剣では、扱い方が違いそうな気もするが、そこは敢えてスルーする。正孝は、困ったように肩をすくめた。

「何故って言われても……」

「サッカーに興味があったからってのもあるけど……正孝、授業で剣道やった時に、先生に怪我させちゃったもんね。強過ぎて相手が危ないから、それ以来剣道は封印してんのよ」

 彩夏の助け舟に、正孝は苦笑した。

「……まぁ、そういうわけでさ」

 それでも、健介はまだ納得しきれないという顔だ。未練がましく、正孝の事を見ている。

「だが、私相手なら問題は無かろう! 何せ私と貴様は、前世で互角に渡り合った仲だ。……勇者よ、久々に全力で戦ってみたくはないか?」

「う……」

 正孝の耳が、ピクリと動いた。顔がむずむずしている。

「……それを言われると……」

 どうやら、魅力的な提案だったようである。

「……あー、私も、ちょっと見たいかも……」

 彩夏が、苦笑いをしながら手を挙げた。すると健介は、勝ち誇ったような顔をする。

「ふ……決まりだな。さぁ、剣道部へ行くぞ、勇者よ!」

「わかったよ……」

 呆れと諦めと苦笑と期待と。様々な感情が織り交ざった顔で、正孝が健介の後に続く。途中、一度だけ振り返り、立花に声をかけた。

「おい、立花! 俺、今日は休むから、先生に言っておいてくれ!」

「りょーかい! ……あ、吉岡ー。俺も赤坂と鈴木の立ち合い見たい! ムービー録って、あとで見せてくれよ」

「りょーかい。じゃ、行きますか」

 敬礼のポーズを取って見せてから、彩夏も健介と正孝の後に続いた。行き先は、剣道部が活動している道場である。

「お、鈴木ぃ。剣道部に入ってくれるのかー」

 嬉しそうな声を発しながら近付いてくる剣道部顧問は、またも同じ顔の教師だ。……どの科目の教師だろうか。

「ん? 赤坂、どうしたんだ?」

 サッカー部員が訪れた事が不思議だったのだろう。教師が、首を傾げた。

「先生ー。鈴木君が赤坂君と一対一で勝負をしたいそうなんで、五分だけ場所貸してくださーい」

 彩夏が頼むと、教師はどこか困惑気な顔をした。腕組みをして、「うーん……」と唸る。

「場所を貸すのは構わないが……大丈夫なのか、鈴木ぃ。こう見えて赤坂、かなり強いぞ? 先生、赤坂の攻撃で意識飛んだ事があるからなー」

 どうやら顧問は、以前授業で被害を受けたという体育科の教師のようだ。心配そうな顔で更に何か言おうとする教師を、健介は手で制した。

「心配は、無用」

 そう言って、竹刀を借り受け、道場の真ん中で構える。

「……さぁ、全力で来い、勇者よ!」

 正孝も、竹刀を借り受け、健介の正面に移動した。目が、どこか冷ややかに鋭くなっている。

「言われなくても……お前相手に、手を抜いたりはしないさ。……はぁぁぁぁぁっ!」

 激しい雄叫びと共に、正孝が構えた。室内だというのに、強烈な風が巻き起こる。それを見た健介は、「え?」と目を丸くした。口もかぱりと開いている。

「おい……ちょっと待て。何だ、そのオーラは? 生まれ変わって、普通の人間になったはずではないのか!?」

 片手を半端に上げて「ちょっと待て」のポーズをする健介。隅で、彩夏が呆れ半分苦笑い半分の顔をした。

「……忘れてるみたいだから言っておくけど、正孝……ジークフリースは、元から普通の人間よ? 前世での戦いの時も、ジークフリースは魔法なんか一切使わなかったでしょ? ジークフリースが使った技は、全てあいつが気合で手にいれた技……つまり、生まれ変わってもそのまま使えたりするわけよ」

「何だと? と、いう事は……ちょっと待て、勇者よ!」

「あ、駄目っぽい。もう完全に意識が戦闘モードになってるみたいだし」

 顔色を変える健介を眺めながら、彩夏が胸元で十字を切った。お祈りのつもりだろうか。正孝の周囲で、風が激しくなり……竹刀に正孝の覇気が宿っていく。

「な、おい、ちょ、待……」

「冥牙月狼斬!!」

 奥義の名を叫び、正孝は竹刀を振り下ろす。膨れ上がった覇気が迸り、相対する健介に容赦無く襲い掛かった。

「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」

 直撃を喰らった健介は、絶叫し、どさりと倒れ込む。竹刀を振り切った姿のまま、正孝が叫んだ。

「やったか!?」

「……やり過ぎ」

 彩夏が額に手を当て、ため息をついている。そして、健介は……。

「さ、流石だ……勇者ジークフリースよ……まさか、生まれ変わってもこの技が使えようとは……」

 そして、そのままガクリと落ちる。正孝の顔が、青ざめた。

「……また、やっちゃったか……」

 見ていた教師が、彩夏同様、額に手を当てた。

「あちゃー……だから言ったのになー。……おーい、誰か新入部員を、保健室まで運んでやってくれー」

 ちゃっかり健介を剣道部員として扱っているあたり、顧問の教師は強かだった。

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