▼エピソード5 英語の時間だぞ、勇者よ!▲

 キーンコーンカーンコーン……。

 昼休みの終了を告げるチャイムが、無情に鳴り響いた。音が明るい分だけ、残酷さが増す。

「あー、うー、あー……」

 そんな絶望的且つ眠気に襲われる時間帯に、机に突っ伏し呻いている生徒が一人。正孝である。

「どうした、正孝。貴様、英語が苦手なのか?」

 教師が未着なのを良い事に席までやって来た健介を、正孝は首だけ動かして仰ぎ見た。

「お前に馬鹿みたいに食わされて、胸やけがするんだよ。……いや、英語が苦手ってのはそうなんだけど」

 すると、健介は即座に「我が意を得たり」という顔でニヤリと笑った。

「ふ……なるほど。貴様は英語が苦手……か」

「そーだよ。悪いか?」

「安心しろ。私も苦手だ」

「いばるな」

 腕を組み、胸を張って言う健介に正孝は思わずツッこんだ。そして、こういう話題となれば、すかさず彩夏が会話に加わってくる。

「じゃあ、休みの日に二人で英語勉強会! とかやっちゃったら? 誰もいない家……私服でいつもと雰囲気が違う二人……「今日、親が二人とも出掛けててさ……」見詰め合う二人は自然と寄り添い……」

 パーン! と激しい音がした。彩夏は頭を押さえながら、正孝と健介の二人を涙目で睨む。

「……っつーっ! 今やったのどっちよ!?」

「……」

「……」

 二人とも、ふい、と目を逸らした。その様子に、彩夏は不満げだ。ぷくりと、頬を膨らませた。

「むー……でも、意外ー。健介……と言うかディアーゴって、確か語学に堪能じゃなかった? 言葉の違う複数の民族は勿論、動物まで仲間にしちゃって……一時期すっごく苦労した覚えがあるんだけど?」

「あの時は、どんな者にも言葉が通じるようになる魔法を使っていたからな。今は、それが無い」

「あー、そういう事かー」

 納得して頷く彩夏に、健介はため息をついて見せた。

「まったく……魔法の使えぬ身とは、不便なものだ。だが、まぁ……使えないなりに考え、学んでいくのも楽しくはあるがな……」

 その健介の言葉に、正孝と彩夏は少しだけ目を見開いた。次いで正孝は目を細め、緩やかに微笑む。

「……そうだな」

 同意して、少しだけ空気が温かくなったように感じた、その時。

 ガラッという音がして扉が開き、教師が入ってきた。ご多分に漏れず、生物や家庭科の教師と同じ顔である。三人目だ。

 授業中、しかも生徒達の前であるにも関わらず、教師は携帯電話を片手に話している。顔が、どこか必死に見える。

「オー! ソーリー! ソーリー、リンダ! ……リンダ? オー! ウェイト! プリーズウェイト!!」

 教師の必死の叫びも空しく、ブツッという音が聞こえた。次いで、ツー、ツー、ツー、ツー……と回線の途切れた音も。

「……」

 教師が、ゆらりと生徒達を見た。そして、虚ろな目で言う。

「お前ら……今日の授業は、英作文だ。忍者ではない事がバレて、怒り狂って別れを告げてきた外国人の彼女を説得し、再び惚れさせるような……そんな文章を英語で書いてみろ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 生徒達は、ざわざわと顔を見合わせた。そして頷き合うと、素晴らしい団結力で声を合わせる。

「無理」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る