▼エピソード4 弁当の時間だぞ、勇者よ!▲
廊下を、生徒達のざわめきが満たしている。明るい笑い声がそこらから聞こえ、空気には何やら良い匂いが混じる。
「さて、弁当の時間だな……」
呟き、健介はガタガタと音を立てながら机を動かし始めた。
「おい……何で俺んトコに机を寄せてくるんだよ……」
訝しげな顔をする正孝の後で、彩夏の相好が即座に崩れた。
「そりゃあ、愛しい正孝と、いつでも共にあるために決まって……」
パーン! と、良い音がした。見れば、健介が右手に上履きを握っている。彩夏が頭を押さえながら健介を睨み上げた。
「いったーい! ちょっと健介! 正孝のマネなんかしなくて良いから、正孝といちゃついてよー!」
「支離滅裂だぞ、変態妖精が」
「……で? 何で俺んトコに机を寄せてくるんだ?」
今度は、彩夏の横槍は入ってこない。仕切り直した正孝に、健介はニヤリと笑った。
「決まっているだろう。弁当の時間ほど、勝負がし易い時間は無い! さぁ、勇者よ! 私と早食い勝負だ!」
本当に、勝負になるなら何でも良い様子である。そんな健介に、正孝は呆れた視線を送った。
「早食いは体に良くねぇぞ。……ってか、今日の俺にお前が勝てるとは思えねぇけど」
「何だと!?」
聞き捨てならない正孝の言葉に、健介が目を剥いた。今にも胸倉を掴み上げそうな勢いだ。
「貴様、私を馬鹿にして……」
「だって、俺今日弁当持ってきてねぇから」
「……」
寸の間、二人の間に沈黙が生まれた。健介が、ごくりと唾を呑む。
「……忘れ、たのか?」
正孝が、「いや……」と首を振った。
「だって今日、調理実習だったし。そこで食うのに、更に弁当食おうとか思わねぇだろ?」
そう言われても、健介は納得できない。バン! と机を叩いた。
「しかし、十七歳の男子だぞ!? あれしきの量では足りるまい!? あれの倍量食べても良いぐらいだ!」
「食うや食わずで魔王を倒す旅をしていたせいか、生まれ変わった現世でも燃費が良いのよね、正孝って。その分、食への関心も薄いみたい」
横でおにぎりをもぐもぐしながら言う彩夏を、健介は横目で睨み付けた。
「……叩かれた痛みを物ともせずに握り飯を頬張っているのだな、変態妖精。他の女子は誰一人として弁当を食べていないようだが?」
すると彩夏は、ハッ! と鼻で笑って見せた。健介とはまた違う、悪の臭いがする笑い方だ。それで良いのか、癒しの花の妖精。
「女子高生の「もうお腹いっぱーい」を本気で信じちゃ駄目よ。あの子達だって、あとからお菓子とかしっかり食べるからね」
「聞いたか、正孝!」
健介がぐるりと首を回して、再び正孝を見る。ビシリと、女子達を指差した。失礼である。
「女子ですら、調理実習のアレでは足りずに菓子を喰らうと言うぞ! なのに、何故貴様は食わん!? 貴様には生きる気力という物が無いのか! 世界中の人間どもを死なせまいと戦い続けてきた貴様ともあろう者が!」
「いや、だからその戦いの影響で、食への関心が薄まっちゃったんだってば」
ごくんとおにぎりを飲み込みながら彩夏が言うが、健介はそれを「問答無用!」と一蹴した。
「私は貴様を倒すのだ、正孝! それは栄養不足でひょろひょろの貴様ではない! 強くたくましい、まさに勇者たる貴様だ! さぁ、食え! 腹がはち切れんばかりに食え! そして屈強な体を作るのだ!」
叫びながら、健介は紺色の布で包まれた弁当箱をどん! と正孝の目の前に差し出した。
「……って、それお前の弁当……」
「勿論、全てはやらん! 半分だけだ! そして食ったら、共に購買へ行くぞ! そこで焼きそばパンとカツサンドを買い、更に腹へと詰め込むのだ! わかったな!」
「そんなに食えるか!」
「食えなくても食え! それが貴様の為だ!」
そもそも、今から行ったところで人気商品の焼きそばパンとカツサンドを買えるものなのか。それはさておき、熱弁を振るう健介と、反論する正孝の姿を見詰める、熱い視線があった。
「……お弁当半分こ……一緒に購買へ……ツンデレ、貴様の為……ふ、ふふ……ふへ、ふへへへへ……くけけけけ……」
当然の如く、視線の主は彩夏であった。ヨダレが垂れるのも構わずに、言い合う二人を幸せそうに見詰めている。
更にその様子を見守っていた立花が、生暖かい笑顔を浮かべ、遠慮がちな声で言った。
「おーい、吉岡のスイッチが入ってるぞ、お前らー……」
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