alone with u

Dod@

──ふたりぼっち──


       

 これは学園祭前日のことだ。

 ここ、私立雅学園みやびがくえんの中等部は毎年秋になると学園祭準備で大忙しだ。対して高等部は流石といったところか、ほとんどの生徒が繰り上がりで入学している為、慣れた手つきで作業を進める。その様子を時折見て、深く感心した。

 俺、早苗碧さなえあおもその準備で大忙しとなっている生徒の一員である。しかし俺は今、別のことで忙しい。

「別」というのは、学園祭の準備をしていない、という意味ではない。その延長線上で個人的に忙しいのだ。こういうイベントは俺の短い人生経験の中でも初めてのことだ。 

 

 何が忙しいって? そりゃ、


「目の前に美少女がいて、俺と一緒に準備に取りかかっているからだ」


 理由になってない?

 気にするな。それは俺の勝手だ。

 その美少女は名を早苗さなえむらさきという。なんと、俺と同姓でありながらも血縁関係上は全く関係のない赤の他人だ。日本にはこんな変わった姓でも何人かはいるんだなぁ、とつくづく感じた。

 

 ありがとう、日本!

 

 まぁ、名前通りと言ったところなのか。

 俺「碧」はその文字通り、いや、ここは「色」通りと言った方が正しいのだろう。いかにもクールな感じである。あまり自分のことを言うと俗に言う「ナルシスト」と思われるかもしれないのであえて控えるが、俺は決して「ナルシスト」ではない。

 そして、彼女「紫」も然り。花壇に咲き誇る紫色のすみれの如く。凛と澄ました和やかな雰囲気がその名前に込められているかの様である。

 そんな俺と彼女は放課後、教室に二人で残ってクラスの出し物である「劇」の小道具を作っていた。クラスメイトも手伝っていてくれたが、雨が降りだすと一斉に帰って行ってしまった。それはそれでいい。早苗さんと一緒に作業できるからだ。

 それは悠久の時のようだった。

 とは言え、会話があるわけではない。同姓だからと言って、そこまで話したことはない。

 まぁ……お、俺も年頃の男だしな。彼女のことを気にたこともある。同性だから話しかけやすいかな、なんて思ってもいたが彼女は意外と人気者だ。話すことはおろか、近づくことさえできなかった。おそらく、2学期になり委員長と副委員長という役職がなければきっと関わることはなかったはずだ。

 ちなみに俺と彼女は今現在、委員長と副委員長という関係であり、なぜか先生に「『小道具』は学級委員長と副委員長でやれ」と言われ、こうなったのである。くそ、あの先生めっ。


──ありがとう!


 だが俺は焦っていた。教室で男と女が二人きり。それは、とてもときめくシチュエーションである。しかし、彼女はコツコツと作業を進めるので話しかけるタイミングが掴めなかった。

 

 長い沈黙が続く。怒りに狂ったみたいに窓ガラスを叩き続ける雨音が俺と彼女の沈黙の時間を埋める。時折響く建物を揺さぶるような雷鳴は、私の落ち着かぬ心を具現しているかのようだった。

 なにか面白いことを言わなければ。そんな強迫観念にとらわれていた。

 しかし、


「ねぇ……」


 彼女から沈黙を破ってきたのだ。まじかよ。


「なっ……何だよ」俺はなぜかどぎまぎした声で聞き返した。

「私のこと……、どう思ってるの?」


──へ?

 

 こいつ、俺のこと揶揄からかっているのか?

 急に「私のこと、どう思う?」と言われても。

 なぁ……。

 別にお世辞をいうわけでは無いが、彼女はクラスでは小さい方だ。それゆえ目立つし、容姿端麗、成績優秀、スポーツもそれなりに出来る。まぁ、プロポーションも悪くはない。寧ろ、良い。

 強いて言うなら、全てに関して俺好みだ。完璧すぎる。だが、どう答えたものか。どういう意図で聞かれているのか俺は測りかねていた。


「あっ。そのー。いい人だと……思うよ?」


 様子を伺うため、ありきたりな返事をしてみた。

 すると意外にも彼女は思い詰めた表情で切り返してきた。


「私の体……。どう思ってるの?」


──は?

 

 本日二度目のびっくり。頼むから俺の寿命を十年も減らさないでくれ。

 気がつくと彼女が僕に近づいていた。

 げぇっ、まじかよ。

 細かく言うとどうしても俺が「変態」に見えてしまうので、あまり言わないようにするがこういうのは大人的に言うと、「グラマラス」とでも言うのか。肉付きがよく引き締まったボディ。黒髪のボブ。左目尻に泣きボクロがあり、頼られたら抱きしめたくなる。そんな感じだ。胸に関してはあえて言わないでおこう。


「いいと……思うよ。うん。大変良い! グッジョブだ」


 迷った言い方だと失礼だと思ったから、あえて盛大に褒めてみた。


「そう……」


 深い落胆をさせてしまったのか、彼女は俯いてしまった。


「……触る?」

「はぁっ!?」


 なんと今度はあまりの驚きに声まで上げてしまった。そりゃ当然だ。こんなもん、「変態」という言葉の度を超えている。

 いやほんと。近頃の女の子は何考えてるかわからない。俺が草食系男子だからか?

 大胆すぎる。え?

 どっきり?

 狼狽うろたえる俺を見て、彼女は少し微笑んでいた。これは揶揄われている。

 そっちがそうなら俺だってノってヤる。


「べ……別に、そっちがして欲しいって言うならやるけど」


 理性とか本能とか抜きにして、この勢いでもしよかったら触ってみたい。


「命令じゃない。強制よ」

 変態の域を超えていた。こいつは真性だ。


「あんたはドSかっ!」

「気付かなかったの……? 残念だわ。同姓のクセに私のピンからキリまで知らないなんて。あなたの脳みそにはつくづく呆れるわ」


 壮絶に馬鹿にされた。


「待て。同姓だからって赤の他人だし。知ってたらおかしすぎるよ! というか、さりげなく俺の脳みそまでバカにされてるっ!」

「それより。触りたいわよね? いえ、むしろ触ってくれない?」


 得も言われぬ威圧を感じた。

 くっ……。こいつ、俺が「頼まれたらきょうせいされたら断り切れない」性格を知っている。

 向こうは俺をしっかりと観察し、ピンからキリまで知っているということか。


「は、はい……」妙な敗北感を味わいつつ俺は渋々答えた。


 泣きっ面にスズメバチ。


「手を貸しなさい」

「いやだよ」

「お手」

「うわっ、何、この条件反射。僕ってパブロフの犬?」


 俺は自らの行動に驚いた。体が勝手に動いたのだ。自分の意思とは関係なく。


「いい子ね。ポチ。これまでの成果がやっとでたわ」


 どうやら、二学期になって俺は密かに調教を受けていたらしい。


「なんかありきたりすぎる犬の名前だな」

「それじゃビーフストロガノフ」

「長い! それ料理名だよ! 食べる気ですか?」

「略してビーフ」

「それじゃぁ牛だよぅっ!」

「あーだこーだ言わずに触りなさい」


 そう言って僕の右手を勢いよく引っ張った。


「あぁっん! ビーフのいじわる……」

「いきなり奇声出すなよ。びっくりするじゃないか! ていうかまだその名前使ってたの? いやだよ。やめてよ! というかお前、実はツンデレなのか?」

「レデンツ」

「逆から読むなー」


 まともな会話をしたのは今回が初めてなはずなのに、こんなにも面白可笑しいテンポのよい会話をしたのは男子との話でも今まで経験したことがない。なんとも心地よい。

 制服越しからでも分かる温もり。そして柔らかさ。

 い、いかんっ! ここで興奮して揉んだら! 減るものでもないけど、男として何かに負ける気がする。


「いいよ。別に揉んでも。減るものじゃあるまいし」

「見透かされている?」


 すげぇ、実はこいつ人の心読めるんじゃないだろうか?


「顔に書いてある」

「いや、書いてない」

「えいっ」

「ぎゃーっ! 何すんだよ! 目つぶしするなよ!」


 そう、人類史上もっとも凶悪かつ簡単な技「目つぶし」。

 俺はその痛みを耐えられずもがいた。もがきつづけた。痛みがやっと治まってきたので目を開く。

 嘘だろ……? 僕の視線の下には彼女がいた。

 つまり、僕は彼女に覆い被さる形でいるのだ。


「大胆だね。ビーフ」

「言うと思った」

「顔に書いてある」

「ないぞ」

「えいっ!」

「ちょっと俺の襟を引っ張るな! おわっ!」

 

 バランスと崩した俺は体の赴くままに従った。

 顔のあたりに、いや違う。正確に言うと顔の両側に二つのふくらみが。

 ふくらみ……?


「もう、碧君ったら大胆……」


 なんとも恐ろしいことになっていた。おっぱお……。彼女は顔を赤くし、少女のような顔で照れていた。今度は抱きついてしまったのだ。恐ろしい。なんという至福の時なのだろう。


「なぁ、紫さん」

「むっ、紫じゃ気前がよすぎるから。『むぅ』でいいわよ。女子からそう呼ばれているし」

「そっ、そっか。それじゃあ、むぅ」

「なに?」

「このまま……いていいか?」

「いいわよ、ギュッとしてあげる」

「そっか」


 なんというか、包容力という言葉が僕の頭の中にある単語の中でもっともしっくりくる単語だろう。まるでお母さんのような、なんでも包み込んでくれ様な感じ。制服から漂う匂い。うっすら透けて見えるブラ模様。むぅの息づかい。ほのかに感じる塩気。やばい、妄想が加速する。


「あっ……。むぅ……さん?」

「「あ」」


 この状況をどう説明しよう。


「えっとー」


 訳を説明しようとした瞬間、むぅに羽交い絞めにされ、この場を目撃してしまったクラスの女子は大笑いしながら教室から出ていった。

 その笑い声を聞き届け、俺は悶絶した。


 翌日、つまり学園祭当日。俺は一応、何事もなかった様に装い学校に登校した。しかし、悲しいかな。悪いことをした覚えはないが、悪事千里を走るとはこのことで俺とむぅの噂はあっという間に広まっていた。教室に入るなり、「おめでとう」の嵐。黒板には「カップル誕生」と大きく書かれ、祝われているのか茶化されているのか。

 噂話によると、どうやら紫は俺のことを好いていてくれたらしい。今回の学際で告白をするつもりだったようだ。何を間違えてああいう事になったのかは甚だ疑問だが、あんなことやこんなことがあった以上、俺も責任を取らなければならないと思った。


 それと、今回の件を機に二人で作業することが多くなり話すことも増えたのは素直にうれしい。嬉しいのだが……。


「私の体……。どう思う?」

「もうやめてくれっ!」


 これからこんなエロい副委員長と付き合っていかなければならないらしい。


                                     Fin.

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