強欲竜と黄金像

-なんと美しい


「気に入ってくれて良かったわ。」


-よしこれに免じてむこう百年は麓の村にも剣脈の岩国にも下りぬとしよう。


「退屈でしょうから私もここにいてあげる。」


-肝の座った小娘が。戯言を。今からお前を食らう。贄の役目ご苦労であった。


「あらこれでも貴方よりも長生きなのよ。食べてもいいけど私は滅びることが出来ない。」


-ほほう。そなたもしや滅びの人器か。


「あら知っているの?」


-父に聞いた。父は祖父に。祖父は見たという。大洪水の元凶。我らの食糧が大いに減り我が種は激減した。その後も幾つかの厄災を齎したであろう。私は大陸が割れるのを見た。


「ねえ。貴方が聞いた昔話を教えてちょうだい。」


-そなたの方が詳しいであろう。


「私は忘れてしまったわ。本当の名前に故郷。愛した人の顔も名前も。新しい記憶にどんどん押しやられてしまうの。」


-よかろう。俺も退屈し始めてきたところなんだ。



【強欲竜】



金銀財宝を好む強欲竜の巣。それは火山口の底より続く地低に存在するという。


炭鉱族は小さいながら屈強な体を有し、ブブ火山の周辺山脈の岩窟に住まう一族。


かつては強欲竜に襲撃されて、採掘した鉱物を簒奪されていたという。欲深い溶岩の鱗を有する竜に炭鉱族は、見事な細工の黄金像を捧げた。


その芸術品に感嘆した強欲竜は巣に閉じこもり人の目に触れる事が無くなった。


迷路のような亢道の、最も奥に黄金に輝く竜の像が鎮座する。その後ろは常に磨かれ続ける白銀の扉。それより先に生きた者が進めば再び厄災が国を襲うとされている。


山で命を落とした勇敢な男も、家庭を護る健気な女も、病で未来を失った子供も、寿命尽きた老人も、炭鉱族の老若男女は竜に捧げられてこの世を旅立つ。


死してなお炭鉱族は強欲竜を鎮める気高い一族、そう自負している。


さて好奇心旺盛な炭鉱族の次期王が禁じられた場所に侵入しようとしていた。


「やめましょう。ヴル様。禁足地です。」


「知っておる。しかし見てみたいとは思わないか。おとぎ話の竜を。この先に何があるのか。絶世の黄金像を。」


ヴルは付き人ギムリの忠告を無視した。白銀の扉の中央琥珀で飾られた鍵穴に父から盗み出した王の竜鍵を差し込む。ヴルは幼い頃よりあらゆる物事に興味があった。


ギムリは背を向けようにも、厚い忠義心が拒絶してヴルの背中を見つめるているだろう。去る気配がない。


開け放たれた扉の向こうは、岩を削りだした下り階段であった。


「いくぞギムリ。」


ヴルは懐から光鉱石を取り出して暗闇を照らし、足を踏み出した。振り返るとギムリは止まっていた。ギムリはヴルへの忠義よりも国への忠義を示したようだ。


「戻らなかったら事故に遭ったと伝えてくれ。オーリンが跡を継ぐだろう。」


ギムリの返事は無かった。ヴルは構わず足を進めた。


広々としていた下り階段はあっという間に身の丈の倍もない幅に変化した。天井も手を伸ばせば届く。そうなってからは延々と続いていた。


徐々に、徐々に増していく熱気がブブ山脈へ近づいていると伝えてくる。


「我が一族の偉大なる祖先はブブの溶岩で鉱石を鍛えたと伝承されているが、この道かもしれない。」


一人呟いても返答はなく、道は続く。


「ついに生身の人間が来たの。」


暗闇の奥から女の声がした。ヴルは光鉱石を懐に隠して壁際に寄った。生き物の気配は感じられない。


途端、天井が光り輝いた。露わになった道の中央に、ヴルの眼前に、女が現れた。炭鉱族の服を着ているが炭鉱族とは異なりすらりとした白い人間。お伽話の森の民かもしれない。青と緑の宝石のように煌めく異色の瞳にヴルは目を奪われた。


「その姿は炭鉱族ね。」


「炭鉱族真の王ヴェイグルの息子ヴル。無礼を承知で尋ねる。お前は何者だ。」


「1番最近は強欲竜の妻ね。」


「ふはははははは!寝言は起きている時に言うものではないぞ。鱗も翼も牙も爪も持たぬ者が竜の妻だと?」


「あら貴方オーインに似ているわね。」


ヴルは腰に下げていた剣を勢いよく鞘から引き抜いた。


「物騒ね。」


女がヴルの剣に触れた途端、ヴルのつらぬき丸の刀身がドロドロか溶けて床に流れ落ちた。ヴルの掌には柄だけが残された。


思わずヴルは女に殴りかかった。しかしその拳は届かない。女の稲穂色の髪の毛がヴルの腕に巻きついていた。ピクリとも動かない。


「勇敢と向こう見ずは違うわよ。炭鉱族って幾年過ぎても変わらないのね。多分オーインのいくつか孫のヴル。掟を破ったのもオーインそっくりよ。」


「おい女、オーインとは氷れる竜を探す旅に出た我が一族のならず者か?」


「そんな話になってしまったの?恩知らずね。その様子だと竜は見つからなかったのね。」


髪に捕縛されたヴルの体が宙に浮いた。力を入れても全くどうにもならない。


「何しにきたのか知らないけれど折角だからおいでなさい。貴方は新たな契約者となってもらうわ。」


ヴルが離せと喚いても、女は意に介さないようでスタスタと階段を降りていく。ヴルの体を硬い金属のような髪で捉えたまま。


更に力を入れてもどうにもならないので、ヴルは諦めて力を抜いて天井を眺めた。一筋の光も無かった廊下を照らす、先程急に現れ光鉱石。貴重なはずの鉱物が点々と天井に続く。


ふいに視界がひらけた。ぐるりと体が回転してヴルの体は解放された。乳白色の大理石の上。目の前には黄金の山があった。巨大な広間に金貨が山積みになっている。


-飯か?フィオール。


低く渋い声が広間に響いた。同時に金貨がジャラジャラと音を鳴らして崩れた。


「いえ。お客様よ。」


-どれ。


金貨の山から、ヴルが幼少の頃に絵で見た竜の姿が現れた。ヴルの身体が百あっても届かない巨大な体躯。黄金の鱗の眩しさにヴルは目を細めた。


竜はヴルの足元に顔を置くとダラリと双翼を垂らした。その勢いで金貨が四方に飛び散る。ヴルの体に金貨の雨が降り注いだ。


-炭鉱族か。掟破りのお前の名は何と申す。


「炭鉱族真の王ヴェイグルの息子ヴル。貴方は強欲の名を有する竜か。」


-さよう。ふむオーリンに似ておるな。


強欲竜が喋るたびに暴風のような息がヴルの髪や髭を真後ろに引っ張る。踏ん張らなければヴルの体ごと吹き飛びそうだ。ヴルは生臭い匂いに顔をしかめた。


隣に立つフィオールは涼しげな顔で直立している。炭鉱族特有の外套がバサバサと靡くが、フィオールの髪はピクリともしない。


「オーインは国中の財宝を盗み出してこの地を去った一族の恥さらし。そのような者と似ているなどとは恥辱である。」


-ははは!年月とは事実を歪めるものだがそこまでとは。フィオールお前に話した数々の神話や逸話も相当捻じ曲がっていることだろうな。


「そうね。でも私も忘れてしまったもの。事実なんてもう誰にも分からない。」


強欲竜の豪快な笑いにフィオールの困ったような声の響き。ヴルは目の前の状況をどうして良いの判断できずに立ち尽くした。丸腰なでなくても隣のフィオールに敵わないことは既に理解していた。ヴルはおずおずと声を出した。


「オーリンの事実とは?」


-我が妾となる氷れる竜を探しにいった。一族の未来を背に負って。間も無く期限が訪れる。オーリンの子孫まで継がれる約束。ふむお前の顔つきを見るとオーリンの子孫はおめおめと国に戻ったか。


真っ赤な瞳に縦長の瞳孔、そこに困惑した表情のヴルを映している。


「私が行けば良かった。もし誰かいてももう間に合わないわ。」


悲しそうな声色。フィオールがまるでバネのように強欲竜の鼻の上に乗った。


-我が妻よ。妻は離れてはならぬのだ。例えこの身が滅びようとも。


「約束を覚えている?貴方を忘却に朽ちさせはしない。」


-ああ好きにしろ。さてオーリンの孫よ滅びたく無ければ新たな契りを交わせ。


話の筋が読めない、放置されていたヴルに強欲竜が告げた。


その台詞にヴルは頷く事しかできなかった。



【黄金像】



死火山ブブの頂上に輝く黄金像は炭鉱族の守護の象徴。今にも飛び立ちそうな出で立ちの翼を広げた竜の黄金像。


「賢王ヴェイグルの息子ヴルが掟を破り強欲竜の怒りをかった。ブブから溶岩から吹き出すのを女神が止め、ブブは死の山となる。強欲竜は更に激怒した。」


観光客が人形劇に魅入っている。よく出来た木彫りの人形には細やかな刺繍の服が着せられている。人形劇は古に存在した竜の物語。


「けれども強欲竜は女神のあまりの美しさに怒りを忘れ女神の愛するブブの民を守護すると誓った。ブブの民は女神の為にあの黄金像を作り上げた。」


ルーオはちらりと隣でぼんやりと黄金像を眺めているユーの横顔を盗み見た。寂しそうな表情だ。


「ねえ剥製をどう思う?」


「え?」


突然の質問にルーオは素っ頓狂な声を出した。ユーは相変わらず黄金像から目を離さない。


「ヴルは女神と約束をした。炭鉱族は未来永劫黄金像を美麗に保つと。ブブの山にはあらゆる罠が張り巡らされ登頂は禁じられた。」


人形劇に山へ登ろうとする者、人形が沢山登場した。


「我らは炭鉱族の聖地に入ることは叶わない。女神は炭鉱族が約束を守る限り永遠に炭鉱族に繁栄をもたらす。」


人形劇で炭鉱族と山へ登る者達が争う。


「ルーオ。折角だから教えてやろう。鉱物採掘と工芸品製作や優れた彫刻を生み出す炭鉱族は今もブブの山に住まう。誇り高く忠義に厚い、豪傑な一族だ。滅多に客を受け入れず、逆に下界へも降りてこない。各地に散らばる炭鉱族もブブ死火山のフィオール国を祖国と崇めている。 黄金像は炭鉱族が優れているという誇りの象徴。少数民族ながら戦乱の荒波に絶えることなく一族の血脈は受け継がれてきた。」


オルトが淡々と説明する。


「長いし意味が分からない。」


ルーオには難しくてよく分からなかった。オルトが呆れたように息を吐いた。


「女神ってユー?」


ルーオの問いに珍しくユーはしばらく反応しなかった。


「色々忘れてしまってどうしてこんな話になっているのか分からないわ。女神だなんて名乗ったかしら。」


しばらくしてまるで独り言のようにユーが呟いた。


「ルーオ。あの竜は女神の旦那様よ。優しくて面白くてそれから1番長生きだった。すごく長く一緒にいられた。」


「え?どういうこと?」


ルーオの疑問に大きく叫ばれた人形劇の最後の言葉が重なった。


「女神は自らを黄金像に変えた強欲竜を愛し伴侶とした。黄金像は永遠の愛の象徴!不滅の証!」


ルーオの隣でユーがふふふっと笑みをこぼした。彼女はルーオが見たことがないとても愛おしげな眼差しをしていた。



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