終焉の始まり

赤々と燃える村に立ち尽くす少年を、見下ろした。

確かに、残されている写真で微笑む青年の微笑みの面影を宿している。

この大陸では珍しい金髪碧眼に色白の肌だけでなく、顔つきが似ている。

かつて二百年戦争を終結へと導いた聖騎士の子孫、ついに辿り着いた。

誰も口を割らなかったが、英雄の剣は間違いなくこの名もない村に隠匿されている。

「異色の瞳の少女を出せ。」

「誰のことだ。どうしてこんな事を。」

目つきの悪い山男が腹の傷を抑えて呻いた。喉仏に刃突きつけられた少年の震えが、恐怖が、掴んだ腕から伝わってくる。

「お前らで最後だ。口を閉ざして死ぬか。」

強張った表情を浮かべた山男が何の話だ、やめろと声を吐き出す。

そこまでして守るべき物だと刷り込まれているのか、それとも知らないのかはかりかねる。

「出てこい!さもなければ少年を殺す!」

燻った火のパチパチという音をすり抜けて、森へ響かせた叫びに返事はない。

見捨てるつもりかもしれない。英雄の剣を管理する少女が無慈悲であればの話だが。

先祖からの伝承によれば情にもろい娘だというが、あくまでも言い伝えでしかない。

数々の歴史に見え隠れするその姿は、時に冷酷非道であった。

宝の存在を知らずに、ただ暮らしていた気の毒な村にちらりと同情を覚えるが、より良い世の為に犠牲はつきものだ。

「命を失うのはあなた達よ。」

足に激痛が走ったと同時に、投げ飛ばされた。体を起こすとあどけない美しい少女の生気のない視線がジッとこちらを見つめた。

少女を中心に突風が吹いて、瓦礫を飛ばし、木々を薙ぎ払う。

剣を地面に突き刺し耐えた。部下が飛ばされるなか、山男と少年は金色に輝く壁に支えられいるのが視界に入った。

「これを見ろ。迎えに来たんだ。」

代々伝わる黄金の指輪を見せつけた。虹色を帯びたこの世に二つとない輝きが月明かりを反射して煌めく。

同じ光を帯びた黄金の槍が心臓に突き立てられた。

「子孫がわざわざ約束を果たしに来たんだ。望みを叶えてやる。」

「代償は権力かしら。そういう野心に燃え上がる目、大嫌いなの。」

冷ややかな声に背筋が凍る。泥水を啜って、這いつくばって生きてきたがこれ程恐怖を覚えたことはない。

「あの人の末裔にしては、随分困った子ね。」

ビシャリと嫌な音と共に顔が濡れた。鮮血が手首から吹き出て、痛みに悶絶する。返り血を浴びた少女の顔色は全く変わらない。不気味な微笑みには見た目に似合わず、年老いた憂いを帯びている。

「使うならさっさと使わないと。爪が甘いわね。」

一見人畜無害で、あどけない容姿に油断した。

少女の手にはいつの間にか血まみれのナイフが握られている。

先ほどの槍はどこへ消えた。

切断された手首の出血を、炎で焼き止める。脂汗が滲み、苦痛にのたうちまわりたかったが、必死に顔を背けず少女を睨んだ。

「度胸も焔を操るのも彼譲りなのね。」

「毒を仕込んでおいた、あいつら死ぬぞ。剣を渡せ。守護者よ英雄の剣とそいつらの命は引き換えだ。」

息が上がる。目が眩む。なんとか気力を振り絞って立ち上がってみたが、圧倒的に不利なのは己だということは明白だ。

「死体から解毒薬を探せばすむことよ。ハッタリならどちらにせよ皆死ぬだけね。」

心の中で舌打ちをし、奥歯を噛み締めた。可愛げの欠片もない女だ。手首ごと吹き飛ばされた指輪を少女が拾い上げた。

塵のように蹴られた自分の手首が倒れて呻く部下の顔にぶつかった。

「皆殺しがお望みかしら。それともこの男だけ差し出すかしら。」

少女が両手を広げ踊るように回転して宣告した。まだ動ける部下がよろよろと立ち上がる。

「騙されるな!」

剣の守護者。英雄を支えた聖女。とんだ化物ではないか。

「やめろよ!」

涙声が響いた。いかにも幼い子供というように泣きじゃくる少年に苛立ちを覚えた。拳を握り、震えながら唇を噛んでぼろぼろ涙をこぼしている。

ぬくぬくと育ったに違いない真っすぐな瞳が気に食わない。

けれども少女はそうではないようだ。じっと少年をみつめ、そして近寄って手を伸ばし、止めた。宙に浮いた腕が空を切る。

「毒は嘘みたいね。」

「何でいきなり酷いことするんだよ。どうして…。」

「貴方の家族が、隣人が、友達が、村が、なにもかも炭になってしまったのよ。この人達のせいで。」

少女の髪が蠢き、集まり、両手に剣が現れた。絵画に残る英雄の剣と瓜二つだが、二次元では表現出来なかった輝きを放っている。

あれが大地を切り裂き、竜巻を起こし、雷雨を招く神器。人生を狂わせた元凶。

利用してやる。

そう誓ったのだ。

「ごめんね。せめて貴方達だけは守るわ。」

「でももういいよ、殺したって誰も生き返らないんだ。」

項垂れる少年が少女の両腕を掴んだ。

「逃げよう。」

どうやって指輪を奪えば良いか。隙をつき、指輪さえ取り戻せば剣が現れている今が契約の時だ。

けれども最早体が上手く動かず、思考もままならない。血を流しすぎた。

一つの指輪を手中にすれば全ての力を統べる。

少年の甘さに漬け込む策略を練り、誘き出して…。

「必ず奪ってやる。」

遠ざかる背中に小さく呟くと、目の前が真っ暗になった。



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