第44話 コーヒーを売る道中 下

お茶を飲みながら待つ事、しばらく。運ばれてきた食事を三人は思い思いに堪能した。

豚肉に大根や人参、じゃが芋が煮込まれた煮汁は旨味が溶け出した奥深い味わい。隠し味に唐辛子がほんの少し入っているのだろう。ピリッとした後味が最高だった。

めざしの焼き加減も絶妙だ。焼き過ぎず、さらに味噌が薄く塗られて焼かれており、頭から齧れば酒が欲しくなる絶品だ。そこにたくあんを箸休めに口に放り込めば、その清涼感で舌が洗われる気分だった。

真っ先に食事を始めた藤堂七夜につられるように、顔を見合わせたシドニアとエルメールも手を伸ばす。

最初は恐る恐る手を付けていた二人だが、美味しいのか、食べるペースが早くなる。箸の使い方も上手だ。


「..................うまい」

「ははっ! 当然さ! なんせあたしらが丹精込めて作ってんだからね!」

「このたくあん、おいしいです」

「気に入ったかい?」

「はい」


女将は豪快な笑顔でシドニアとエルメールの頭をがしがしと多少、乱暴に撫でた。


(......女将さんは、シドニアと普通に接しているな)


当の本人であるシドニアも目を白黒させている。

シドニアは、世間でいうだ。疎まれたり嫌われたりするのがの存在だ。

エルメールも驚いた顔を浮かべている。そんな二人に、女将が不思議そうに首を傾げた。


「なんだい?」

「え.............ぇと...............」

「怖くないの?」

「何がだい?」

「シアの、こと」

「? ...........あぁ、そういうことかい!」


ポンッと両手を合わせた女将。


「全然、怖くないねぇ!」


そう言うなり、女将の恰幅の良い身体が動いた。

両腕がシドニアとエルメールを抱き込み、二人の頭が豊かな胸部に埋もれた。シドニアとエルメールは川に溺れて窒息しかけた子供のような有り様だ。


「むしろ可愛いよ! あぁ! 若いっていいねぇ!」

「女将さん、オバサンみたいですよ」

「...........あんだってぇ.........?」


パッと二人を離した女将は、藤堂七夜の顔面をアイアンクローをお見舞いした。

口に入れた白米が飛び散るところだったが、何とか噴き出すのをこらえる。言葉を紡げない代わりに、藤堂七夜は両手を合わせて拝むように謝罪する。


「ったく、デリカシーってもんがないね。柳生の旦那に似てきたんじゃないのかい」

「.........柳生さんはデリカシーのデの字もないですよ。俺はそこまで理性は捨ててません」

「どうやら皮肉が板についてきたみたいじゃないか。ほれほれ、もうじき店も忙しくなるんだ。とっとと食べちまいな」


女将にせかされ、三人は慌てて食事を再開するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る