第45話 天文丸という少年

食事を済ませ、シドニアとエルメールが手洗いに行っている間に、藤堂七夜は女将から大八車を借りることができた。ついでに台所も借り、試飲用のコーヒーを作り、店の裏口で味を確認した。

味に変化がない事を確かめ、大八車に異常が無いか、素人ながら簡単な点検をする。置き捨てる羽目になった荷車がリヤカーだったのと比べると、些か扱い辛いが、そこは妥協するしかない。

ふと、視線を感じ、後ろを振り向いた。

そこには、闊達さを感じさせる幼い顔立ち。好奇心に目を輝かせ、こちらを見ている少年が一人。


「ふむ。これはなんじゃ!」


駆け寄ってきたのは、身なりの整った子供だった。外見からして、武士の子供だろうか。着ている物は上等で、腰に差した脇差も鞘に意匠が施された特製の一品だ。

妙に偉そうで老人のような言葉遣いが印象的だ。


「珈琲って飲み物ですよ」

「こうふぃいとは、なんじゃ?」

「外国の飲物です。苦くて目の覚める味がしますよ」

「なんと、苦いのか......。わしは飲めぬな」


見るからにがっくりと肩を落とす少年に、藤堂七夜は、考え、珈琲をコップに注ぎ、牛の乳と水飴をたっぷり入れ、よくかき混ぜる。


「味見してみますか。これなら、あまりに苦くないですよ。牛の乳が入ってるけど、大丈夫?」

「おお! ありがたい! もらおう!」


コップを受け取り、少年はゴクリと一口、飲んだ。

そして、沈黙。あれ? 美味しくなかったのだろうかと、藤堂七夜は肝を冷やすが、少年はゴクゴクと一気に飲み干す。


「うむ! 美味しかったぞ! 馳走になった!」 

「よかったです」

「ところで主よ。これからどうするのだ?」

「? また、あちこち回りますけど」

「そうか! ではわしも行くぞ!」

「はい?」


何言ってんの?。このガキは?。 

戻ってきたシドニアとエルメールが見たのは、決意表明をする少年に、戸惑う藤堂七夜の姿だった。


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