第41話 ぎこちない二人

ライデン私塾の入り口付近で、藤堂七夜は借りた屋台式の人力車に荷物を積む。

水出ししたコーヒーを淹れた壺に温める為の七輪。焙煎したコーヒー豆を詰めた麻袋。荷物は最低限だ。とにかく、配って味を知ってもらうことからだ。

ちらりと、視線を動かす。その先には、木製の茶碗を抱えて運んでくる二人の少女。シドニアとエルメールがいた。

黙々と作業している。空気が、硬い。


「......ねぇ。全部運んできた」

「じゃあ、荷台に載せて下さい」

「あ、あの......洗い物があるから布巾は多めに持っていったほうが......」

「え? でも、水瓶はあるから井戸で水を汲めば」

「......バカ」


エルメールは藤堂七夜を睨み付ける様にして呟いた。


「いきなり行って貸してくれるわけないでしょ。井戸は町内の共有財産なんだから。挨拶して顔売ったの?」

「い、いいえ......」

「じゃ、無理。水壷に半分ぐらい水を入れておけば、布巾を濡らせて拭けばいいでしょ」

「けど、それじゃ」

「あ....あの......」


シドニアはおずおずと手を上げた。


「浄め砂があります......これなら水もすぐに汚れないからいいと思います......」


そこで思い至る。

この世界で水は貴重なのである。また、大和人と異邦人はお互いへの疑念から、余所者に井戸を貸したがらない。はっきりいえば、毒を流し込まれるかもしれない恐怖からだ。

シドニアとエルメールはどう見ても異邦人の容姿だ。藤堂七夜はともかく、彼女達がいることで井戸を借りる事が出来ない可能性が高い。

藤堂七夜はそう思い至らなかった事に申し訳なさを覚え、頭を掻く。


「......べつに、アンタのせいじゃないわよ」

「え?」

「.....................なんでもない」


エルメールはそのまま黙り込んでしまった。

シドニアも彼女の気にあてられたのか、オドオドした様子で口をつぐんでしまう。

安里に頼まれたこともあり、二人に商売を手伝ってもらうことにしたのだ。付き合いが長くなってきた三人に手伝いを申し入れたが、柳生宗不二は、いつの間にかふらりといなくなってしまい、棟方冬獅郎は朝っぱらから変なものを飲まされた腹いせもあり、笑顔で手伝いを拒否。レイトン・ライデンには子供たちに手習いを教えるため、断られた。

特に落ち込んではいない。元の世界でも友達が一人もいなかったんだぞ。落ち込む理由がない。深いため息だけで、ショックは受けなかったのは幸いだ。今夜の夕飯、おかずを一品でも減らしてやろうか些細な復讐を考えるだけだ。


「てか、なに売るの?」

「コーヒーです」

「.................なにそれ?」

「紅茶党が泥水とぬかす美味しい飲み物ですよ」

「...................?」

「つまり、お茶のようなもんです」

「...................ヘンなもの売らないでよ」

「.............はい」

エルールが半目で見つめてくるよ。信用無いな。あるわけないか。


「ゴホン。後で、二人にも味見してもらいますね。荷物は全部、積み込みましたし、出発しますか」

「は、はい」

「うん」


●●●


三人で屋台を引きながら、歩き出す。

最初は東区からだ。今日は、東区、西区、南区を回り、珈琲豆というものがあることを広める事が目的だ。加えて、味見をしてもらい、相手の反応を見る事。

ガラガラと車輪が音を立てる中、三人は沈黙していた。藤堂七夜は一人、初めての経験である営業活動に頭を悩ましているが、シドニアとエルメールは気まずい様子で、黙々とついてきている。


「あ、あの......エルちゃん......」

「な...なに...」

「が、がんばろうね......」

「......うん......」


そしてしばしの沈黙。


「....................あ、あのね......ッ」

「ゴメン。今は話す気分じゃない」

「う...............うん.........ごめん、ごめんね.........」

(お......重いいいいいいいいいいいいいッ!!)


二人を置いて逃げ出したい。この雰囲気、ヤダ。

意を決してシドニアが声をかけるも、エルメールは振り向くこともせず、そっけない態度で答える。うぅ、と、落ち込むシドニアの姿に、エルメールは唇を噛む。整理し切れないグチャグチャとした感情が、心をかき乱す。


(.............あたし...................シアを苦しめてる)


ズキズキと頭が痛い。


(シアはなんにも悪くないのに...........あたしがぜんぶ悪いのに............)


岩倉尾田兵の乱暴狼藉が、頭の中に鮮明な記憶となって浮かぶ。

だが、それを直視できる勇気はなく、すぐに頭を振って記憶を振り払う。


(あたしは..................どうしたらいいんだろう...............)


肌をゆっくりと傷つけていくような感覚。染み込んで来るような毒が、エルメールの心を蝕んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る