第40話 コーヒーの味は
ライデン私塾館の台所で、鉄鍋を振るい、珈琲豆を焙煎すると、潰して粉にする。それを小鍋に入れ、水を加える。煮出して、布を用いて漉して、用意した各人の湯呑にそれぞれ、注ぐ。
藤堂七夜は昨日の出来事、店の主人に飲ませて怒らせてしまったことを思い出す。まさか、ああなるとは予想できなかった。
何とかコーヒーとはこういうものだと説得して納得してもらったが、寿命が縮んだ上に、ショックだった。そんなにまずかっただろうか。
香ばしい香りが漂う。やり方としては、ターキッシュコーヒーに似ているが、昨日の一件から、今回はひと手間咥えて、布で漉してみた。試飲してみると、案外悪くない。懐かしい珈琲の味だ。
昨日の珈琲は漉さずにそのまま注いだため、口の中は粉だらけになった。沈殿する前に飲んでしまったのだからしょうがないのだが。
客間では、柳生宗不二とレイトン・ライデン、棟方冬獅郎がおり、事前に味見を頼んでいた。運ばれてきた湯呑に、興味深げな顔で覗き込み、香ばしく香り高い風味に、期待が浮かんでいる。但し、黒い液体には、顔を顰めているようだ。
「頂くとしようか」
レイトン・ライデンが一番に湯呑を持ち、啜る。
続いて柳生宗不二と棟方冬獅郎も口をつけた。ゴクリと喉を鳴らす音がする。そして、最初に咽たのは、棟方冬獅郎だった。表情をこれでもかというほど、歪ませた。そして、思いっ切り噴き出した。
レイトン・ライデンは飛沫を横に回避する。柳生宗不二は射線上にいなかった。藤堂七夜は顔面にもろに浴びてしまい、ウンザリとした。
「苦えええええええええええっっっ!!」
「こっちは汚いよ」と、藤堂七夜は布で顔を吹きながら文句を言う。
叩きつけるように湯呑をテーブルに置き、ゴホゴホと苦しむ。水の入った別の湯呑を差し出すと、奪うように一気に飲み干す。
「てめぇ.....俺に恨みでもあんのか? 毒盛りやがって」
「毒じゃないです。コーヒーです」
「なるほど、コーヒーって毒か折れたも聞いた事がねぇ。とすると、異邦人が持ち込んだ毒草か」
「だから! コーヒーは飲み物です!」
黙って半分ほど飲み終えた柳生宗不二とレイトン・ライデンも続けて感想を漏らす。
「奇天烈な味だわのぅ」
「俺は好きだな。美味しいよ」
「じゃあ、今度はこれを入れて飲んでみてください」
そう言って、藤堂七夜が出したのは、水飴である。それぞれの湯呑に少量、加え、よくかき混ぜる。棟方冬獅郎はすでに苦手意識が生じたのか、抵抗をして見せるも、柳生宗不二に頭を抑え付けられ、レイトン・ライデンに口へと流し込まれる。
むごー! と、最後の抵抗をしていたが、ゴクリと喉を鳴らして、飲み干すと、一人唸る。
「これは......飲める」
「うぅむ......不可思議なものよ」
「うん。こっちも好きだな」
甘い方が評判が良かった。さらに、牛乳を加えたものを出すが、さすがにこれは柳生宗不二と棟方冬獅郎は拒否し、口をつけなかった。牛の乳など、飲めるかと怒鳴られてしまった。大和人には牛の乳を飲む習慣は無い。
レイトン・ライデンは平然と手を付け、「一番初めの奴が好みだ」と貴重な意見を出してくれた。
「売れますかね?」
「無理じゃねぇか」
「わしは買わん」
お二人の答えは分かっていましたよ。
期待を込めて本命の人物、レイトン・ライデンを見た。彼は微笑して、思案した後、一言。
「売れないね」
容赦なく期待を一刀両断にされた。
「それに、飲むなら紅茶だね」
「わしは酒よ」
「酒に決まってんだろ」
あぁ! そうですか!。こうなったら、意地でも売ってやる。だいたい、やってみなきゃわからないだろう!。
こうして藤堂七夜はコーヒーを売る事を決意したのだった。
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