第38話 歴史を知る 中


「歴史の大転換期、か」


七十年前。1486年の頃。当時より、大和は下剋上が氾濫する混乱期。それでも、将軍家は力があり、調停を行い、従わせられるだけの威光があった。

だが、異邦人達を乗せた大量の移民船団の出現が、大混乱に追い込んだ。大和より遥かに優れた知識と技術。大和人と比べて大きく強靭な体格。異なる容姿。

当時の人々は、彼らを同じ人間だとは思えなかったらしく、『海を越えて鬼来たる』と書き残した人もいたようだ。

戦火は瞬く間に拡大した。友好を望む異邦人は少数で、多数は武力を行使した。各地で、大和人と異邦人の戦いが頻発した。事態を憂いた帝の朝廷や将軍家が調停に動くも、異邦人に通じる道理はなく、何も出来なかった。結果、各地の有力者の支持を失い、将軍家の急激な衰退を引き起こした。

この時の大混乱は、現在まで続いている。


移民船団が来るまでは、曲がりなりにも大和は太平だったようだ。大和人にとって、異邦人は国を乱しただけでなく、戦乱の種を撒き散らした禍の元凶という認識が根底にあるのかもしれない。


次のページを開いて、藤堂七夜は顔をしかめる。


「魔術師と......陰陽師、この間の奴は陰陽師っていってたな」


ここで、明確に分類されたのは、魔術師と陰陽師の違いだ。魔術師とは、内向性魔術と外向性魔術を扱う存在の事で、香炉を用いて魔力粒子を散布する事で初めて、様々な事象を引き起こす術を行使する。

下等な魔術ゴエティア普通の魔術マゲイア高等な魔術テウルギアの三つに分類。魔術師としての格付けもそれで決まるという。

魔術師は基本、極めて個を尊重、重視しており、血や家族を軽んじる一面がある。実子であれ、魔術の才がないと分かれば、炉辺の石ころと同然であり、平然と捨てる。逆に、他人であろうと、魔術の才があれば、何よりも大事にする。その一貫した振る舞いを非難する者も多い。

また、彼らが扱う香炉にも色々な種類があり、設置式の置き香炉や、装備式の振り香炉など様々だ。

移民船団の来訪により、初めて大和で知られた存在であり、大和人にとっては奇々怪々な存在と認識されている。


陰陽師は、大和古来の占術、祈祷、呪術を専門とする官人・技官の事を指す。魔術師が超常的な力を扱うとするなら、陰陽師はもっと現実的に近い存在だ。占術や祈祷、呪術は、神秘的な技と認識されているが、実態は全く違う。基礎的な事実や資料。情報処理や考察によって付加価値を与える事なのだ。

雨乞い一つとっても、その土地の過去の資料を集め、考察し、解釈し、最も確率の高い答えを導き出し、伝達するのだ。


そして、陰陽師が最も重視するのは、言葉である。実績や功績を積み重ねれば、その言葉は重くなり、力を得る。かつて、その力を求め争い、朝廷では血で血を洗う争いがあったのだ。そこから考え出されたのが、呪術である。その極みが、<式神>である。

一般では、鬼神を使役する方法と認識されているが、それは誤解である。実際は、特定の人間に、鬼神であると思い込ませ、洗脳状態とし、それを式神として使役する。これが、陰陽師の式神である。超常的な力など一切持たない術師。それが陰陽師なのだ。

そんな魔術師と陰陽師だが、共通点はある。知識人であり、インテリという事である。


春日町で猛威を振るった式神を思い起こす。ゴーヴァン・ロトが一撃で葬ったとはいえ、藤堂七夜は遠巻きに見た。

人外の怪物。人間ではとても持てないような武器を振るい、敵味方問わず暴れた巨人。あれはミサイルだ。人間の形をしたミサイルのようだった。


「人体実験でもしてるのかよ、陰陽師は」


狂気の科学者マッドサイエンティストと言い換えてもいいのかもしれない。

小鍋を見る。まだ煮立っていない。もうしばらく時間がかかりそうだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る