第37話 歴史を知る 上

弁天堂を出た藤堂七夜は、ぼんやりと考えながら歩く。二人の少女にどう接すればいいのだろうか。正直、頭が痛い。

思春期真っ盛りの年頃の女の子。その心情なんぞ、さっぱり分からない。


「とりあえず、南区に行こう」


考えるのは、後でもいい。後にしよう。

戦から生きて帰ったら、南区の商店街に行こうと考えていた。コーヒーを飲ませると約束した店主がいる。

懐に入れていた小袋を取り出す。焦げた香ばしい匂いが漂っていた。


【南区・商店街にて】


「お! にいちゃん! 久しぶりだな!」


乾物屋の主人は藤堂七夜を覚えていた。

気さくに肩を叩いて歓迎してくれる。客が居なくて暇なのもあるんだろう。藤堂七夜は見ていた。自分に気付く直前に、暇そうに欠伸をしていたのを。


「どうも」

「それで、例のコフィアを使った飲み物を飲ませてくれるんだろ?」

「はい。ええと、できれば火と鍋と水を貸してもらえませんか」

「はは、構わないさ。来てくれ、こっちだ」


店の奥に案内される。

雑多に物が山積みにされている。勿論、殆どが箱に入った商品だろう。踏まない様に気を付けながら、台所に辿り着くと、店の主人は棚から小鍋を手に取る。


「時間はかかるのか?」

「少し」

「なら、俺は店番に戻るから、出来たら呼んでくれ。楽しみにしてるぞ」


店の主人は店先へと戻って行った。

不用心だな、と藤堂七夜は思いながら、懐から小袋を取り出すと、中身の黒っぽい粉を小鍋に投入する。

鍋で焙煎して粉に挽いたコフィアの種だ。見た目も匂いもまさにコーヒーだ。適量の水を加えて、火にかける。後は煮立つのを待つだけだ。部屋を見渡す。整理整頓されているとは言い難い。


「ん?」


ふと、一冊の本が目に留まる。

分厚い書物。『大和封史』という題名の学書だ。歴史好きの虫が騒ぐ。煮立つまでの時間潰しとばかりに、藤堂七夜は本を開いた。


大和島國やまとのしまぐにについて、か」


大和島國。中央大陸東端の極東に位置する、大陸から切り離された弧状列島である。他国とは隔絶された為、人類や動物は独自の進化を遂げた。和文化と呼ばれる。

朝廷の帝を頂点として、それを戴いた時代時代の権力者が統治している。現在は、八幡幕府の足尊将軍家が最高権力者として君臨しているが、長い支配の末、衰え、権勢は失われつつあると考えられる。

大陸と比較して、文明の練度は低い。大和人は小柄であり、手先が器用。勤勉である。

武士と呼ばれる階級の人間は闘争心が強く、傲慢である。家柄と血筋を特に重んじ、特に王侯に当たる者達の間では、近親婚が頻繁に行われている。


また北方に蝦夷國モシリ、南方にルーチューク王國と呼ばれる非支配地域があり、特に前者は非常に特異な容姿、獣の耳や尻尾を備える獣人の末裔である先住民が暮らしている。後者は、非常に薄い浅黒い肌に金色の眼を持つ容姿が特徴的な、海から生まれたといわれる海の申し子、海凪の子孫が暮らしている。

どちらも、八幡幕府とは百年近くに渡り、敵対関係にある。


やはり藤堂七夜の知る戦国時代とよく似ている。攘夷國モシリはアイヌ民族の事だろうか。ルーチューク王國は琉球王国、つまり沖縄だろう。


ページをめくる。


「今度は、異邦人についてか」


大陸の西方世界から渡来した移民船団の者達。何故、故郷から遠く離れた大和に流れ着いたのかは、閲覧禁止の重要目録に当たり、詳細は不明。

聖ヌミノス教を含めて宗教を信仰する事が日常に根付いており、多くが信心深い。大和人は、異邦人とも西之人とも呼ぶ。一般的には、異邦人と呼ばれることが多い。

体格は大柄で強靭。髪の色や瞳の色は様々であり、特徴的である。名誉を重んじ、冒険心に富む。誇り高く自尊心が強い。まさに好奇心の強い気質を備えるが、排他的な側面がある。最上の民族という自負心が根付いている。

移民船団は、幾つもの勢力に分かれており、帝侯及び諸侯により、統治されている。帝侯は、王族に連なる家系。諸侯は、貴族の身分を与えられた帝国諸侯と、大司教といった聖職者の聖界諸侯に分類される。


現在は、各地で勢力を築き、国主となっている公侯及び諸侯は少なくない。とはいえ、直接、統治を行うのではなく、その土地の権力者を支配下に置くというやり方が多数派だ。彼らは移民船団で使った大陸航海用の都市船を、自分達の国都としている。

テオドシウス家のように、直接の統治をする者達は、少数派だが、その発展ぶりと豊かさは近隣諸国に知られ、人口の増加を招いている。

思想。文化。国家体制。人種的容姿。権利。主義主張。それらの相違と乖離から、大和人とは対立関係にある。初期における辻斬りは減少しているものの、予断は許さない状況にある。


異邦人と大和人は相容れないのか。元の時代でもよく聞く話だ。


「そういえば、シドニアって子...................」


容姿から異邦人なのは分かる。

でも、非常に特徴的な容姿をしていたな、と藤堂七夜は思いだしたのだった。

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