第36話 引っかかり
煙を吐き、安里は、藤堂七夜に振り向くと、値踏みするようにジロジロと上から下を眺める。
長く医者をやっていると、分かる事がある。身体付きで戦いを生業にしているかどうかの判断はつくのだ。
この藤堂七夜と言う男。お世辞にも鍛えられた肉体とはいえない。むしろ、貧相だ。新兵にしては、年を取り過ぎているように思える。
「パッとしないねぇ」
「はぁ......」
「反応も淡泊だね。目の前に色気のある女がいたら、褥に連れ込んで盛った狼やら猿になるもんだろう」
「いえ、別に」
こいつ本当に男か。と、疑いたくなる無反応ぶりだ。
流石に女としてのプライドを傷つけられたと思わなくもない安里だが、些細な事で目くじらを立てる程、子供ではない。
何せ、二十年以上も想いを寄せているにも関わらず、全く気付いた様子のない大馬鹿者を知っているからだ。
「で、どう思った?」
「はい?」
「あの子らだよ。どう感じた?」
「......変でした。何か、違和感があるような、ないような......」
勘は鋭いと、安里は内心、感心した。彼の言う通り、シドニアとエルメールは、心的外傷が生じている。原因となった出来事は同じでも、外的内的要因は異なる。シドニアは襲われた時の衝撃、エルメールは自己の無力感を感じた衝撃。どちらも肉体的・精神的な衝撃を受けており、すでに否定的な影響を持っている。
シドニアは強い自己否定の意識を抱いている。エルメールはシドニアに対する罪悪感と自己嫌悪だ。常に自分のせいだと極端に考えるシドニアは何度も見た。エルメールはシドニアと決して視線を合わせない。いや、合わせられないのだ。
強烈な外傷体験を経験してしまった二人だ。このまま長い間それに囚われてしまう状態で、持続的に著しい苦痛を伴えば、心的外傷ストレス障害へと悪化してしまう。
「シドニアもエルメールも、考え方が悪い方に向いちまってる。このままじゃ、負の感情で自分を押し潰しちまう」
「あの子達は被害者ですよ」
「そうだよ。けどね、心の傷ってやつはそう簡単に癒せないんだよ。これから少しずつ、話をしながら触れていこうと考えてるけどね」
あ、茶の一杯も出してなかったね。
鉄瓶を持ち上げ、湯呑に注ぐ。鉄瓶の中身はお湯ではなく、お茶だった。
差し出された湯呑を受け取り、藤堂七夜は一口。うん。ぬるい。
「それでさ、頼みたいんだけど」
「はい?」
「あの子達を外に連れ出してくれないかい?」
「はあ?」
え。やだ。面倒くさい。
そう口をついて出かけた言葉を何とか押さえ込む。
「あたしが連れ出せたらいいんだけど、戦があったばかりだろう。腕のいい医者は軍に呼ばれてるんだよ。流石にあの子たちは連れて行けないからさ」
「で、でも、なんで俺なんですか?」
「そりゃあんたが助けたんだ。世話ぐらいしてやりな。それに、シドニアは知らない男は怖いだろうし、あたしの友達も忙しくてさ。結果としてあんたたしか頼める人がいないんだよ」
「俺だって男ですよ」
「一応、レイトンには人となりは聞いてるさ。信用はできると思ってるさ」
どうにも断れる雰囲気じゃなさそうだ。
「でも忠告はしとく。シドニアとエルメールになんかしたら、アンタのキン玉を踏み潰すと肝に命じときな」
「....................................................」
安里の姐さん!。不肖、藤堂七夜、御命令に従います!。
思わず敬礼してしまった。
彼女はやる。間違いない。
「危ない目にあわせるんじゃないよ」
「は、はい........」
面倒事に巻き込まれてしまった。藤堂七夜は、思わずため息をつくのだった。
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