第35話 対面

診察室で、藤堂七夜は顔面の手当てを受けていた。怪我を作った張本人、安里は笑みを浮かべながら、手当てを終える。

手当てが些か乱暴な手つきだったのは、指摘しない方がいいだろう。何しろ、非はこちらにあるのだ。


「花盛り前の女の裸を見たんだ。自業自得だと思いな」


何とも、納得しかねる物言いだが、納得するしかない。端っこで真っ赤になって縮こまっているシドニアと、寄り添っているものの彼女に視線を向けようとしないエルメールを見ると、何も言えなくなる。

藤堂七夜の服、特に胸の辺りが赤く汚れている。安里の上段回し蹴りが直撃して、鼻血を吹き出す羽目になったのだ。

煙管の煙を吐いてから、安里は手を洗う。


「ところで、アンタ誰だい?」

「藤堂七夜です。ライデンさんのところでお世話になっている居候といいますか......」

「ああ。あの馬鹿が拾ったとかいう野良犬かい。ということは、アンタなんだね。この子達を助けたってのは」

「の......野良犬って......」


案外、毒舌家だな。


「気にしなさんな。それにしても周りから人を遠ざけてるアイツにしては珍しい。なにが気にいったのかね」

「それで、とにかくお見舞いをと」

「手土産を携えてあの子の裸を覗きに来たって?」

「.................................................」


いい加減、裸って単語から離れてくれないかな。

安里は促すように、シドニアの方に顔を向ける。向けられたシドニアは、おずおずと顔を上げる。本当に真っ赤である。異性に裸を見られたのだから、当然だが。

文字通り、改めてみると、幼い女の子だ。顔立ちは整っており、将来は美人になるだろう。特に髪と瞳は特徴的だ。腰まで届く艶やかな髪は、頭頂部から肩辺りまでは、燃えるような赤色で、肩から下は急激に薄くなり、栗色である。瞳も、左目は黄土色で、右目は紫色だ。

表情が乏しく感じるのは、辛い事の後だからだろうか。

近くには、別の少女もいる。同年代ぐらいだろうか。さらさらの光を帯びたような金髪に、翡翠色の瞳。気の強そうな凛とした顔立ちをしているが、身に纏う空気は、陰気だ。


「シドニア、あんたを助けた奴だよ。お礼を言いたいって言ってたろ」

「...あ、あの......あり、がとう...ございました......」


小声で、ペコリと頭を下げるシドニア。よく見ると、顔に痣が残っている。

思わず藤堂七夜は眉を顰める。そして、一瞬、あの時の記憶が脳裏をかすめる。


「初めまして。藤堂七夜です」

「...........シドニアです」


会話が途切れる。うーん。この年頃の女の子とは何を話せばいいのだろう。

藤堂七夜は困る。相手も同じらしく、困っている。

自慢ではないが、正直にいえば、女は苦手なのだ。

シドニアは、藤堂七夜をチラチラと伺いつつ、想像していた雰囲気とは違う事に内心、戸惑っていた。あんなに悲痛な叫びを聞いたのだ。もっと、暗く落ち込んだ雰囲気だと思っていたのだ。この違いは、いったい何なんだろう。

それとも、あの時、聞いた叫びは幻聴だったのだろうか。


「おいおい。見合いじゃないんだ。考え込んでどうすんだい」


見かねた安里が、口を挟む。彼女としては、他愛のない雑談でもして欲しかったのだが、この二人、どうやらそこまで器用ではない。むしろ、不器用な方だ。


「ま、挨拶も済んだろ。シドニア、今日はもう休みな。今のアンタの仕事は休む事だ。エルメール、ついててやっとくれ」

「は...はい...」

「......うん」


安里の言葉に促され、二人は与えられた部屋へと戻っていった。

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