第33話 弁天堂

藤堂七夜は東区に来ていた。何故、東町にいるのか。理由は、ライデン私塾でレイトン・ライデンと交わした会話にある。


『君が助けた女の子だけど、今、東区の弁天堂って骨接ぎ院にいるよ。他に、友達らしい女の子も一緒にね。時間が空いたら、会いに行ってみるといい』


あの後、錯乱していた藤堂七夜は、少女が医者に連れていかれた事と、レイトン・ライデンが古い知り合いに預けたと言っていた事は知っていたが、詳細は知らなかった。

藤堂七夜は知らないが、これは、レイトン・ライデンの気遣いである。強烈な体験をした二人共、精神的に不安定な状態だった。このままでは会わせられないと、情報を遮断していたのだ。

朝方、店から帰ってきた藤堂七夜の表情を見て、大丈夫だと判断したから、少女の事を伝えたのである。


------行ってみよう。様子も気になる。


【東区・弁天堂にて】


弁天堂。東区にある腕利きと評判の骨接ぎ院だ。午前中の診断も終わった診察室。煙管を吹かし、着崩れた着物を着た色気を醸し出す女、安里。気だるげな顔をしながら、一人の少女、名をシドニアという異邦人の娘の診断を行っている。隅っこでは、もう一人の少女、エルメールが心配そうにしている様子だ。けれど、視線は床に向いている。

この二人の少女は、レイトン・ライデンが連れて来た。戦に巻き込まれた不幸な身の上としか聞いていない。安里はそれ以上聞くことなく、彼女達を預かった。

同情心というより、医者としての使命がそうさせた。女だからこそ、シドニアという少女を見た時、直感で治療が必要だと察した。

不幸中の幸いというべきか、シドニアは最後まで犯されてはいなかった。言い方が直接的になるが、まだ未通女だ。未遂で済んだのだ。ただ、顔のアザや身体の打撲痕は酷いものだった。

エルメールは殆ど傷はみうけられなかったが、精神的なショックが強かったのだろう。弁天堂に来てから殆ど口を開いていない。特に、シドニアに対しては話さないばかりか目も合わせようとしない。


(.................身体の傷は治せても、心の方はどうするかねぇ)


医者として、幾度となくぶつかる難問だった。

シドニアの包帯を変える為に、服を脱がせる。

身体に刻まれた打撲の跡はまだ痛々しく、青あざがあちこちに浮かんでいる。これでも、運び込まれた時よりは良くなったのだが、まだまだ床で休んでいなければならない状態だ。

特に、顔に負った傷は、何としても治してやりたい。まだまだ花も咲いていない女の子だ。傷物にしたままなど辛すぎる。何より、安里も女だ。意地でも治してやる。


「どうだい?。どっか、痛いとこはあるかい?」

「だ......だいじょぶです......」


明らかに大丈夫ではない顔だ。表情を引きつらせ、痛みを我慢しているようだ。

どうにも我慢強く、他者を思いやり過ぎる性根の為か、素直に言えない性格らしい。ガリガリと頭をかき、口から盛大に煙を吐く安里。充満する煙に、ゲホゲホと咽るシドニアとエルメール。

医者としてどうかと思うが、女一人で医者などやっていると、色々、面倒事が多い。その為に身についた処世術。こういう態度は、威勢が良いと受け止められるらしい。

そして、思いっきり、シドニアの背中を、バシン!。強烈な音と共に引っ叩く。いきなりの衝撃と激痛に、前屈みになり、涙目で呻くシドニアに、安里は口を尖らせる。


「ガキが一丁前に、意地張ってんじゃないよ。辛い目にあったんだ。泣いて当たり前じゃないか。女ってのは磨いて光るぎょくなんだ。泣いちゃあ、せっかくのぎょくも陰るって言うけどね。けどね、涙を流さない女は二流もいいとこさ」


手荒だが、シドニアを振り向かせると、力一杯抱き締める。


「ましてや、あんたはまだ石ッコロさ。これから磨かれるんだ。ぎょくなんてまだまだ先の事さ。だから、思いっ切り泣いて吹っ飛ばしちまいな。なぁに、あたしが女の磨き方を教えてやるからね。心配なんていらないよ」


人肌の温かさと、安里の言葉に、安心したのか、シドニアは、嗚咽を漏らす。心に突き刺さった傷は、棘として長く残る。それだけではないと、安里は感じている。

この子は、自分の存在を拒絶し始めているように思う。痛いと言わなかったのも、まるでそれが当然だと受け入れていた。

よしよしと頭を撫で、もう安心だよ、と声をかける。これで、少しでも、シドニアの心が癒される事を切に願うだけだ。勿論、医者として力を尽くす事は変わらない。


クシュンッ。くしゃみが小さく鳴った。

そういやこの子、裸だったね。寒いだろうから、とっとと包帯を取り換えちまおう。抱き締めていたシドニアを離し、さっそく手当てに取りかかろうとした時だった。

障子の前に人影が浮かび上がった。誰かが立っている。


「あの、済みません。誰かいますか」


男の声だった。

安里は、反応が遅れた。シドニアはまだ、全裸だった。声を上げて入ってこない様に言おうとしたが、一歩遅かった。


障子が開いた。そして、障子を開いた人物、藤堂七夜は固まる。着物を脱ぎ、ほぼ全裸同然のシドニアと、それを抱き締めていた安里。俯いているエルメール。次の瞬間、安里が笑ったかと思うと、そのまま藤堂七夜へと急接近。そして、上段回し蹴りが繰り出され、藤堂七夜の顔面にクリーンヒットし、そのまま中庭に蹴り飛ばした。


弁天堂の女医、安里。彼女には有名な逸話がある。曰く「彼女は腕が良い。患者を治す事も、患者を作る事も。相手にするときは、くれぐれもご用心」と





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る