珈琲騒動編

第29話 帰還後の王様

【円卓城・執務室にて】


濃州における戦いと、岩倉尾田家の領地での戦いを経て、円卓城に帰還したペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。休む間もなく、彼は主だった臣下を招集し、メルヴィンの助言と留守にしていた間の報告を聞きながら、各所に指示を飛ばして回った。

春日町の生き残った民草の保護。新たな受け入れ先を探す為の調査。新たな国主を得た濃州の監視と警備の強化。岩倉尾田家に対する詰問書を携えさせた抗議の使者を派遣。やるべき政務は山積みだ。これも城を留守にしたツケだ。甘んじて仕事はするさ。


●●●


ようやく、政務が済んだのは、深夜を迎えた時刻。

専用の執務室で、椅子に深く寄りかかるペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、天井を眺めながら、考え事に耽る。


「......約束を、守れなかった、か」


零した言葉は、過去の痛烈な記憶を刺激する。

失望するだろうか。泣かせてしまうだろうか。胡蝶は気丈で我慢強い性格だ。寄り添い、支えてくれる大切な妻であり、最愛の女性だ。


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスが政務に勤しむ間、斎藤龍治は、実姉、斎藤胡蝶に面会し、先程、帝京都へと出発したとの報告が届いた。

父、斎藤道一の死を聞いても、何度も頷き、涙を流さなかった。逆にこれからどうするのかを問われ、帝京都で研鑽を積むと答えたら、叱咤激励をされたと、出立の挨拶に来た、斎藤龍治は苦笑混じりに言っていた。


「泣くのなら、目の前で泣いて欲しいものだ。そうすれば、俺も少しは何とかできるんだが」


どうも、斎藤胡蝶は、人前で泣くことを恥と考えているらしく、そんな姿を滅多に見せない。こっちが、不意打ちでもしない限り、そんな場面に出くわす事は無い。

しかし、やはり会う事に怖気づく。愛した弱みかと、内心、自分に呆れる。しばらくの間、何も考えずに、椅子に腰かけ、ぼんやりとする。

そして、決心し、椅子から立ち上がった。起きているかどうか分からないが、思った言葉を伝えよう。誤魔化しも、言い訳も必要ない。約束を破った事を謝る為、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、部屋を出て行くのだった。


●●●


別宅の奥室。その隅に建てられた離れ座敷。その縁側に座る斎藤胡蝶の儚げな姿は、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスの心を揺さぶる。月の光を浴びた美しい妻の姿に心躍ると同時に、悔しさが沸き起こる。

約束は、守りたかった。この悔恨はどうにもならない。服装に乱れのないことを再確認し、一度、深呼吸をすると、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、縁側へと歩み寄った。

常に側にいるはずの居舟の姿が見当たらない。気を使って、近くに姿を隠しているのだろう。気が利くと感心する。後で、何か甘いものでも褒美として渡すとしよう、と思いついた。


「胡蝶」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスの声を受け、斎藤胡蝶は初めて、彼が近くにいることに気づき、慌てて、姿勢を正す。

斎藤胡蝶は床に両手をつき、平伏して出迎えた。元々、病弱で白い肌は更に白くなっており、顔は化粧で整えられているものの、赤く充血しており、泣いていたことが伺えた。


「ご無事のお帰り、喜ばしく思います」


微笑みを浮かべる斎藤胡蝶に、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは落ち込みそうになるが、彼女の手を取り、立ち上がるように促す。


「養父殿を助けられなかった。済まない」


細い手を優しく握り、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは頭を下げる。

斎藤胡蝶は、驚いた表情で、握られた手に、もう片方の手を乗せ、首を横に振った。


「そんなっ。殿が謝られる事ではございません。父も乱世の世を生きていた者。覚悟はしておりました。殿が、ご自身で援軍に赴かれた事こそ、本当なら、妻として身を挺してお止めするべきだったと、後悔しておりました。殿の、優しさに、甘えてしまったのですから」

「俺は聞かなかっただろうが、な。勇んで出て行って、もう一人の父の最後を見届ける事もできなかった」

「父の最後の姿は、龍治が見届けました。龍治も、本来なら、戦いで命を落としていたはず。ですが、また弟と再会できたのは、殿のおかげにございます」

「だが......」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスから滲む強い悔恨を感じ取った斎藤胡蝶は、「失礼します」と言い、握られていた両手を解き、夫の顔を包み込むように両手で触れる。


「そんなお顔をしてはいけません。父は、知ったはずです。殿が来られた事を。後悔に苦しみ、絶望の死を迎えたのではありません。希望を抱いて、時代を担う息子達を誇りに思い、最後の戦に臨んだのだと、私は思います。家族に裏切られましたが、家族に救われたのです。きっと、私が見たこともない、晴れやかな顔をしていたと思います」

「......何故、そう思える?」

「斎藤道一の娘ですから。マムシの子はマムシ。だから、分かります」


そして、そっと両手を離し、斎藤胡蝶は、再び、床に手をつき、深々と頭を下げた。


「父の心を救って頂き、本当にありがとうございました」


その偽りのない心からの微笑みに、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、笑みで応える。


「道一の養父殿は、異邦人が築く国を見てみたいと笑っていた。気に入らなかったら、自分がぶっ壊してやると言っていた。冗談じゃないのは、すぐに分かったな」

「済みません......。でも、父上らしいですね」

「俺は国を創る。天下を統一して、あんたがぶっ壊せないぐらい、強くてでかい国だ。斎藤道一が息子、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスが創り上げる。付き合ってくれ、胡蝶」

「では、父に代わり、最後まで見届けさせて頂きます。そして、斎藤胡蝶として、お側で支えさせて下さいませ」


そう言って、斎藤胡蝶は、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスの小指に自分の小指を絡ませ、


「指切りです」


と、微笑むのだった。


●●●


そして、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスと斎藤胡蝶は、月を眺めながら、久々に二人だけの時間を、楽しむ。ゆっくりと、他愛ない事を語り続ける。


二人にとって、何よりも大切な時間。一晩中、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスと斎藤胡蝶は、言葉を交わし続けたのだった。



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