第30話 帰還後の藤堂七夜
【ライデン私塾・藤堂七夜の自室にて】
尾州に帰還して、数日が経った。藤堂七夜は寝台に横たわったまま、食事もとらずに閉じ籠って過ごしていた。
初めて人を殺した記憶が悪夢のように頭の中で再生され、睡魔を尽く跳ね除けてしまうのだ。おかげで睡眠不足の上、精神的に疲弊していた。
「.....................................はぁ.............................」
それだけじゃない。
騒ぎを聞きつけて駆け付けた柳生宗不二や棟方冬獅郎、アンナ・ルイスやグウィン・ケレル。マハウス・バリッシュにも迷惑をかけてしまった。
藤堂七夜は覚えていないが、声をかけた途端、半狂乱になって暴れ出したらしい。腕に抱いた少女を守るように、それは大変だったと後で聞かされた。
柳生宗不二に一撃で昏倒されたため、誰も怪我をしなかったのは幸いだ。
(...............あの子、どうなったんだろう......................)
小さな身体の女の子の安否を案じる。
あの後、どうなったのか。分からない。何かできるわけじゃないが、あの子の行方を聞いてみよう。
そんな事を考えていると、ふいに睡魔が襲ってくる。今度は、ちゃんと眠りたい。悪夢にうなされて飛び起きるのはもう勘弁だ。
【ライデン私塾・離れ道場にて】
「それは『戦士の天秤』だろうね。間違いないよ」
棟方冬獅郎を壁際へと吹っ飛ばしてから、レイトン・ライデンは答えた。
二人は早朝から打ち込み稽古を行っていた。実際は、野良試合といってもいいほど、喧嘩染みたものだ。
二十戦二十敗。棟方冬獅郎の戦績だ。ガリガリと頭をかきながら、立ち上がる。
この野郎。いくらなんでも強過ぎんだろ。そして全く容赦というものがない。
木刀を下段に構え、すり足を動かす。今度は手数で勝負してやる。更なる闘志を燃やす棟方冬獅郎。レイトン・ライデンは、ふっと笑い、藤堂七夜の状態について言及する。
「最近だと、戦闘疲労とも言うそうだよ。戦いで初めて人を手にかけたり、自分が殺されそうになる強烈な経験で、精神のバランスが崩れる。しっかりと訓練した兵でも、心を折る奴も少なからずいる」
現代的に言えば、急性ストレス障害である。生死に係わるような心的外傷を経験した後、体験をはっきり思い出したり、悪夢として現れたり、そのため、過覚醒状態となったりする。体験に関したことを避ける傾向が続き、数日から一か月前後内に自然治癒する一過性の障害だ。
かつては、死の神の天秤と呼ばれ、死神の手招く誘惑とされた。誘惑に打ち勝てば、戦士として一人前とされ、誘惑に負ければ、心を病むか自ら命を絶ことになる。死神が用意した天秤がどちらに傾くか、試練とも考えられた病である。
「あー......なんか気怠くなるあの感じか。思いっ切り酒飲んで騒いだら、無くなっちまったけどな」
言葉の途中で、全力で斬りかかる。
「俺はそもそも無かったよ」
棟方冬獅郎の斬り上げを、平然と木刀で受け止めるレイトン・ライデン。
「大将も別格だけどよ、あんたも遜色ねぇな」
「そうかな?。俺は彼より強いと思うけど」
「しかも、どっちも揺るぎねぇ自信家ときてやがるよ!」
暴れッ子が刃物という玩具を与えられ、喜んで振り回しているような予測の難しい剣戟。
暴風に及ばす。されど強風のような鋭く迷いのない剣筋である。
棟方冬獅郎の剣は、我流である。ただし、道場破りで培った実戦剣術を取り入れた棟方冬獅郎の剣は独自の風格を供えつつある。そして、とにかく攻撃一辺倒だ。やられる前にやれ。殴打や蹴りも平然と使い、時には剣も投げる。時に無謀極まりない戦い方だ。
いうなれば、暴れん坊の剣技だ。
逆に、レイトン・ライデンは、西方武芸で最も防御性と反撃性に特化したマインゴーシュの達人。彼にとって、型に嵌らない棟方冬獅郎のような人間の方が、対応しやすい。大振りで隙が出来やすいからだ。
型に嵌らない剣は特徴が極端である。単純であるか。曲者であるか。棟方冬獅郎は勿論、前者だ。彼の木刀を絡める様にして封じると、その隙をついてレイトン・ライデンの右上段蹴りが棟方冬獅郎の頭部左側面に直撃する。
「こ、こんどは足かよ......!」
「騎士は手癖も足癖も悪いものだよ。鎧を着ていれば、こんな方法は無理だけど」
脳震盪をおこして崩れ落ちた棟方冬獅郎を見下ろす。
何度もコテンパンにして、近頃は助言に耳を傾けるようになった。成長しているようである。
懐に手を入れ、皮財布を棟方冬獅郎に放り投げる。ガシャンという音と、重みからそれなりの額の金が入っているようだ。
「......なんだよ、これ?」
「藤堂さんを引きずり出して、酒でも飲んで来てほしい」
「はあ?」
「あの陰気な顔で過ごされても面白くないんだ。俺は日々を楽しくがモットーだからね」
「あんたが連れて行きゃいいだろ」
「俺はそこまで暇じゃないよ」
俺は暇だと思われてんのかよ。
「例の女の子。その様子を聞きに行くつもりさ。レディー安里に任せたままでは申し訳ないからね」
「俺は厄介者の相手かよ」
「柳生殿も連れて行くといい。酒席を盛り上げてくれるんじゃないかな」
「......どういう意味だよ」
「とにかく、よろしく頼むよ」
面倒臭そうに、棟方冬獅郎は頭をかく。
不味い酒になりそうだぜ。
深い溜息をつくのだった。
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