第27話 敗残兵と囚われた少女

戦いは、終わりを迎える。


冷たい刃が走り、兵士の首筋を切り裂く。噴き出す血潮を浴びつつ、棟方冬獅郎は刀を振るう手を休めない。すぐ横では、藤堂七夜も極度に怯えながら、必死に歌仙伝・蜃を振るい、命を奪うまではいかなくとも、手足を斬りつけている。

焼けた死体が転がる中の戦いは、二人にとって堪えるものだった。戦況は、すでにテオドシウス軍が圧倒しており、誰一人逃がさないとばかりに蹴散らしていく。アンナ・ルイスやマハウス・バリッシュ、グウィン・ケレルも、無辜の民と村を焼いた者達への憤りを、犠牲となった者達の無念を晴らすべく、さらに奮戦している。


これぞ戦場。悲惨な戦場の、あるがままの真実の姿だ。


極限の恐怖に取りつかれ、我先に逃げ出す敵兵を、容赦なく斬り刻んでいく。

岩倉尾田家の兵は、多くが討ち取られ、又は生き残った者は降参するか、逃げ出していた。焼き尽くされた春日の町。テオドシウス軍は、生き残った者達の救助と、逃げ出した敵兵に追撃の手を緩めることなく、徹底的に追い詰めていった。


●●●


戦いが終わり、殺された春日町の住民の埋葬や、岩倉尾野田家の兵士の死体を一か所に集めて燃やすなど、後始末に追われる中、藤堂七夜は棟方冬獅郎、柳生宗不二と手分けして生き残りを探して見回っていた。

どこもかしこも死体と灰だらけだ。岩倉尾田兵が欲望の赴くままに蹂躙した証だ。

吐瀉物をぶちまけたくなる。それでも、必死に我慢して、慎重を足を進めて声を張り上げる。


「誰か! いますか!」


焦げ臭さに顔を顰めながら、町の端まで来ると、大声で呼びかける。ここにも人はいないかと、嘆息し、戻ろうと、踵を返した時だった。ガタリと、音がする。

音がしたのは、崩れかけた小屋。

緊張が走る。敵か、味方か。すぐにでも、二人と合流すべきか。

鞘から歌仙伝・蜃を抜き、ゆっくりと近づきつつ、再度、声をかける。


「誰か、いるんですか?」


十歩ほどの距離まで近づくと、小屋の中から、人影が現れる。上半身裸の岩倉尾田の兵士と、兵士に左腕で締め上げられ、人質にされた少女を、視界に捉えた。

兵士は壮年の男だった。目つきは狂気に染まっており、涎を垂らしている。片腕で締め上げられた少女は、衣服が破られ、半裸同然である。顔には痣がある。首筋には刀を突きつけられている。少女が、何をされていたのか、想像するまでもない。一目瞭然だった。

出来れば、少女の為にも目を逸らしたいが、助けるためにも、それはできない。歌仙伝・蜃を構え、藤堂七夜は降参を呼びかける。


「その子を離して、刀を捨てろっ」

「うるせえ!! このガキがどうなってもいいのか!! テメエが消えろ!!」


喚き散らす兵士は、正気ではなかった。ふいに、気持ちの悪い笑みを浮かべ、兵士は口を開く。

何を言うか、良そうで来てしまう。それが藤堂七夜の心証をさらに最悪にした。


「へへ......。なぁ、こんな異邦人のガキに、命張ってんじゃねぇよ。見逃してくれりゃ、このガキに相手させてやるぜ。結構、悪くねぇしよ......なぁ、どうだい」

「その子を離せ」


見下げ果てた屑野郎だ、と、藤堂七夜は、柄を握る手に力を込める。

やりたくないが、腕を斬り落とせれば、無力化できるはずだ。兵士が尚も、誘いの声を上げる中、藤堂七夜は、思考する。

その時だった。少女が兵士の腕に思い切り、噛み付いたのだ。兵士が悲鳴を上げ、少女を放り出す。地面に投げ出された少女は、逃げ出そうと、藤堂七夜の方に走り出そうとする。

が、兵士は、怒り心頭の顔で、血走った目で、その動きを見逃さなかった。少女の身体を容赦なく蹴り上げたのだ。呻き声を上げ、吐瀉物を吐く少女。そして、兵士は殺意に満ちた目で、刀を振り上げたのだ。

少女が泣き喚く。そんな子供に刀を振り下ろそうとする兵士に、藤堂七夜の身体は、激しい感情で動いた。

兵士に身体ごとタックルをくらわせる。その勢いのまま、小屋の中まで吹っ飛ぶ。


「きしゃまあああああああああ!」


兵士は奇声を上げ、藤堂七夜に膝蹴りを叩き込む。

唾を吐き、衝撃で身体を折り曲げる。兵士は刀の刃先を下に向け、藤堂七夜に突き刺そうとするが、それを止めようと少女が泣きながら兵士の足にしがみ付く。


「邪魔すんじゃねええええええええっ!」

「きゃああああああああ!!」


少女の顔を殴り飛ばした兵士の姿を見た途端、藤堂七夜の脳裏に見たこともない映像、記憶の風景が唐突に再生されていった。

それは秘蹟の記憶。藤堂七夜に刻まれた、秘蹟の生涯の一端を垣間見ることになる。

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