第25話 ベルシラック
「ちょ、ゴーヴァン様、マジですか!?」
「うそ.................」
「信じられん」
三者三様の驚き。
テオドシウス家の騎士ならば、誰もが知るゴーヴァン・ロトの最強の一手。
グウィン・ケレルも、マハウス・バリッシュも、アンナ・ルイスも噂を聞いただけ。実際に、目にしたことはない。
どんなに追い詰められようと、認めた敵にしか決して抜くことが無い聖剣が振るわれようとしているのだ。
「聞け、三馬鹿ども」
「は、はいっ!」
「お前達は陰陽師を叩き潰し、召喚を阻止しろ。生死は問わない。これ以上の愚行を見逃すなっ!」
「......って、三馬鹿ってあたしも入ってるんですか!?」
「アンナ、そこはいいだろう」
「任務を果たせ。言っておくが、期待に応えられなければ、貴様らの師、ベイリンに鍛錬不足を言いつけると思え」
「「「!!!!!!!!!!!!」」」
顎が外れそうなぐらいに、驚愕する三人の騎士。
騎士には厳格な師弟制度がある。もちろん、三人も例外ではなく、師がいる。
ベイリン・バランド。三人にとっては、恩師であり、絶対的な恐怖の対象だ。
修業期間だった六年間は、悪夢の連続のような日々。ようやく解放されたのだ。再び、修行などつけられたくはない。
「りょ、了解しましたあっ!」
「いくわよ! グウィン、マハウス!」
「当然だ」
兵を率いて、三人は陰陽師目掛けて突撃して行った。
ふん、と鼻を鳴らし、ゴーヴァン・ロトは鞘から引き抜いた聖剣を大柳是脇に見せつける。
翡翠のような緑色の刀身。宝石の散りばめられた柄。どんな愚者であれ、一目見れば、その剣が普通のものではないことは本能で理解するだろう。
「剣の逸話を教えてやろう」
それはこの聖剣の誕生を語るものだ。
「緑の騎士は告げた。斬り落とされた首を抱え、『1年後、緑の礼拝堂で待っている。そこでお前に仕返しの一撃をくれてやる』と猛々しく言い残したな?」
聖剣が鼓動を打ち、徐々に目を醒ましていく。
「死の宣告のつもりか?。騎士は王の為にこそ死ぬのだ。待つ事などない。自ら赴いてやろうとも」
王の為に捧げた命と名誉。それに比類するものなどありはしない。
「名も知らぬ城の主よ。騎士は約束を違えはしない。貴方が狩りで得た獲物を差し出すなら、后から受けたものをお返ししよう。それは誘惑であり接吻であり、帯だろう」
どのような旅路であろと、己は騎士だと忘れる事無く。
「緑の騎士よ。待ちくたびれただろう。さあ、返しの一撃を放つがいい。我が首級に刻まれた傷は首の皮一枚に過ぎないぞ」
自らの在り方を疑った事などない。お前の刃など届くものか。
しかして、過ちを知らぬ騎士は騎士ではなく。ただ、未熟である。これは試練である。お前が真の騎士へと至るための。
「緑の騎士は告げた。二つの約束は果たされ、一つの約束は過ちとなった。戒めろと。あぁ、わが身の不徳を嘆く。我が騎士道は未だ至らぬ。
騎士よ。度量、礼節、武勇を讃えよ。お前にこそ相応しい。
緑の騎士の帯を身につけろ。王は、騎士は、お前を溢れんばかりに讃えるのだから!」
ゴーヴァン・ロトは、決闘に相応しい誉れを戦場にもたらした。
●●●
大柳是脇は、朝廷に仕え、帝の身辺を守る武官であった。武芸を磨き、その腕前は古の強者に勝るとも劣らぬと称賛された。
だが、その腕を存分に振るう機会はついぞ訪れず。十三から宮に仕え、二十年、三十年、四十年と年月を重ねても、役目は常に同じで変わる事は無い。
御所の朱雀門を守る番人であること。
不満が募る。外では数多の武士や異人の騎士が競い合ってる。五十を迎えたとき、耐えられなくなった。長年、共に朱雀門を守ってきた大矛を片手に、戦国の渦の中に飛び込もうとした。
だが、その願いも叶わなかった。妻子の密告によって、捕らえられた。手足を斬られ、武官としての命脈は絶たれた。それでも、大柳是脇は外を望んだ。叫んだ。叫んだ。叫び続けた。
だから、一人の陰陽師が薄汚い穴倉の牢を訪れたとき、どんなことでも受け入れる覚悟を決めた。
おこがましく傲慢な気質の陰陽師であろうと。人間を意のままの傀儡にしてしまう式神に成り果てようとも。
この武を存分に振るいたい。大柳是脇という人間性が失われようと、魂が泥に沈もうと、それでよかったのだ。
そして今、その願いは叶った。誇り高き武士、偉大な騎士と戦えているのだから。
●●●
「
緑色に輝く宝剣を構え、ゴーヴァン・ロトは叫ぶ。
剣より振るわれた斬撃は剣に非ず。巨大な大斧の一撃にして、強大な一振りの一撃である。
これぞ古の技法をもって鍛えられた魔法の剣。成し遂げた二つの約束と、一つの戒めが宿る、緑の騎士から賜った真の騎士のみが振るうことが出来る理想の刃。
大柳是脇の肉体を甲冑ごと、翡翠の光と共に両断した。上げることが出来ない呻きを零しながら、大柳是脇は視界に広がる翡翠の光に魅入った。
式神となって、十数年。記憶などなく、人だった頃の思い出も意識も無くなった。魂すら囚われた牢獄の中、これほど眩しい輝きは見たことが無かった。
「........................うつく、しい..................」
ぽつりと呟いた言葉を最後に、翡翠の光に呑込まれるようにして、大柳是脇は死へと倒れたのだった。
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