第24話 陰陽師
【春日町にて】
清洲・春日町は、文字通り阿鼻叫喚の地獄と化していた。老若男女問わず、百を超える死体が山積みにされ、悲鳴が絶え間なく響く。建物や田畑、家畜すら一つ残らず燃やされ、灰となっている。
理性が吹き飛び、欲望を曝け出す岩倉尾田家の兵士達。まるで絶対的な支配者と言わんばかりの態度と振る舞いで、人々を容赦なく蹂躙していく。
数人の兵士が、無抵抗の若者を斬り殺し、愉快そうに酒を飲み、滾った欲望を満たすべく、手頃な女を探そうとしたとき、脳天を貫く一筋の矢。額を貫通し、脳髄をまき散らし、兵士は絶命する。
一瞬の静寂。無数の地響きと共に、テオドシウス軍が、春日町になだれ込んだ。騎兵が、防具を脱いでいた兵士を、槍で次々と突き刺していく。刈り取る者達は、一転して刈り取られる者達に変わる。
大混乱に陥る岩倉尾田軍に、先陣を切ったのは、ゴーヴァン・ロト。通り抜け様に二人を薙ぎ倒し、正面の兵士を袈裟斬りで切り捨てる。
遅れて続いた柳生宗不二やグウィン・ケレル、マハウス・バリッシュも、武器を手に参戦する。一騎当千の無双ぶりで、瞬く間に十数人を斬り捨てる柳生宗不二。グウィン・ケレルは剣を、マハウス・バリッシュは槍をもって、マインゴーシュの腕前を振るう。酩酊している上に、防具や武器を放り出していた岩倉尾田の兵士に、出来る事などありもしない。
敵兵の中には、武器を手に立ち向かう者もいたが、数合と打ち合わずに、返り討ちにされていく。背中を向け、逃げ出そうとする者もいるが、アンナ・ルイスのボウガンによる狙撃で、胸を射抜かれたり、魔術師達の攻撃魔術により、命を落としていった。
●●●
「見つけたぞ! 陰陽師だ!」
果敢に剣を振るう騎士が叫んだ。
百人以上の岩倉尾田兵に守られる様に、直衣を着て、烏帽子を被った壮年の男の姿がある。
円陣が組まれた敵陣に真っ先に斬り込んでいくゴーヴァン・ロトと
たかが薄っぺらい木の壁程度で、この巨大な焼けた鉄の楔を受け止められようものか。愚かだ。見るも無残な結末しか敵には残されていない。
突撃の衝撃と剣戟の破壊力によって、岩倉尾田兵が宙に吹っ飛ぶ。鎧はひしゃげ、血潮が飛び散った。
「無駄な抵抗をするな! 陰陽師!」
騎士の一人が守りを破り、陰陽師に降伏を呼びかけた。
対して、陰陽師は皮肉げに表情を歪めると、結印し、四縦五横に切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「あれは......」
「朱雀火神家在午主口舌懸官凶将を宿せ。我が式神、
陰陽師を守るように、一際大柄な完全武装の武者が突如として現れた。
大矛を振り下ろし、岩倉尾田兵も
ゴーヴァン・ロトも射線上にいたが、左へと回避し、剣を構え直す。
額に張られた呪符。人間の身で動かせるのかと疑問を抱かざるを得ない肉厚で頑丈すぎる甲冑姿。この異様な風貌を見て、彼は確信する。
「これが、陰陽師の従える式神というやつか......」
初めて見る威容な存在。
人間が扱えるとは思えない巨大な大矛を片手で振り上げている。まるで邪悪な巨人のようだ。
「天つ神の国を冒すに飽き足らず、帝に楯突く異人どもめ! この国に忠臣がいないと思うたか!」
「......ち、こいつ、排外思想の」
「式神よ! 卑しき夷狄めを誅するのだっ!」
陰陽師の命令に、大柳是脇は咆哮を上げた。
「お前達は手を出すな。俺が相手をする」
言うが早いか、ゴーヴァン・ロトは駆け出して距離を詰めた。
握り締めた鋼の刃が、胴体、右足、左足と叩き込まれる。しかし、大柳是脇は微動だにせず、城塞の様に揺るがない。
大矛と剣が交差し合う。ズシリと重くのし掛かる大矛の一撃。ゴーヴァン・ロトは、静かに唸る。
「今のうちだ! 死体を集めよ! これより儀式を執り行う!」
「ま、待ってくれ! 準備なんてできてない!。喚びだしても何匹、取り憑けるかわからないぞ」
「構わん! 鬼は一騎当千の存在だ! 奴らを殺すのが先決だ!」
式神と戦いつつ、敵の言葉を耳で拾い、内容を吟味し、理解する。
なるほど、それが切り札ということか。
魔術にも似たような召喚儀式がある。人間を殺して、魂が死んだ空っぽの肉体を器として、召喚対象の因子を埋め込み、その生物として再蘇生させる方法だ。
勿論、肉体はその生物に適したものへと変異する。
禁断の外法。それが召喚だ。奴らは殺した村人の肉体を使い、鬼として再蘇生させるつもりだ。そして、ペンドラゴンとテオドシウス軍を襲う腹積もりだ。
「させるものか」
「亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜っ!」
大矛の横撃を掻い潜り、鋼の剣先が突き出される。
大柳是脇の喉を狙いすました突き。だが、岩のように硬い肌がそれを遮る。式神となった者は、もはや人間とは呼べない。破壊兵器である。
「大和の武士よ」
「...............................」
「お前は何のために式神となった?。人の心を失い、それで何を求めた?」
「.................................................」
「お前の刃には信念がある。邪推のない、戦いへの羨望だ。俺も戦いに生きる身だ。その欲望、分からぬでもない。つまりだ、俺が言いたい事は」
「...........................................................................」
「ようはあれだ。人間のお前と戦いたかった。ということだ。刃に宿るのが信念だけであれば、こうは思わなかった。悔しさが無ければな」
上段から振り下ろされた大矛を、鋼の剣で打ち弾く。
本音を言えば、鋼の剣をもっても倒せる敵ではある。式神となって長い時間が経過したのだろう。老朽化と腐敗が進んでいる。動きが緩慢で、攻めも単純な事が何よりの証拠だ。
式神となった人間は、かなりの力を持った人物だったと推測できる。その生涯など何一つ知らないが、信念に応えずして何か騎士か!。
「誇れ。お前は勇者だ。ゴーヴァン・ロトが認めよう」
そして戦士の矜持に報いよう。
鋼の剣を鞘にしまう。そして、右手が背中に背負った長剣の柄を握る。
「お前が目にするのは、我が聖剣」
ゴーヴァン・ロトに与えられた、緑色に輝く透明な刃が解放された。
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