第23話 春日町

「では、そろそろお暇すると致しましょう。手に入れ損なった竜殺しの栄誉。わたくしには分不相応なものですが、目標としては十分ですな。年甲斐もなく、英雄を志すと致しましょうか。ふふ、何だか若返るような気分です」

「この野郎......やっぱり殺してやろうか」


アルルカン・ハーレクインの口ぶりに、グリフレット・ドンは柄を握る手の力を強めた。


「止めろ。グリフ」

「ドラゴ。お前も分かってるだろ。こいつは危険だ。背筋がピリピリしやがる」

「分かっている。こいつは剣匠ソードマスターだろう。つまりは、それぐらいの腕の持ち主ってことだ」

「これは過分な褒め言葉を賜ったものです。わたしごときが剣匠ソードマスターとは。いやはや、困りました」

「ふざけんな! 例えだ! 例え!」

「しかし、最も剣匠ソードマスターに近い方を差し置くのは無礼かと」


アルルカン・ハーレクインの投げた視線の先には、ゴーヴァン・ロトがいた。

剣匠ソードマスターという言葉の奥底に込められた意味に、ゴーヴァン・ロトは表情を険しくする。


「かの天才、理想の騎士と謳われたを除いて、ですが」


騎士ならば、誰が知る人物の名が出た瞬間、二つの対照的な感情が一気に膨らみ上がった。

一人は、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。表情に微かな苦痛を浮かべ、悲哀の感情が渦巻いている。

もう一人は、ゴーヴァン・ロト。両目に明確な殺意が宿り、全身から炎のような激情が迸っていた。それ以上、その事を語れば躊躇いなく、アルルカン・ハーレクインを斬り殺すだろう。

ある人間達の間で囁かれた噂。それが紛れもなく真実に近いものだと理解し、アルルカン・ハーレクインは肩を竦める。


「非礼をお詫びいたします。その謝罪といってはなんですが」

「償いならお前の首級を置いていけ」

「生憎、首無騎士デュラハンではないので、無理ですな。この先に春日町という村があるのはご存知ですかな?」

「それがどうした」

「清洲近くの春日町は、今頃、岩倉尾田家の手勢に焼き払われている事でしょう。民も容赦のない蹂躙に晒されているはずです」


アルルカン・ハーレクインの言葉に、三人は顔色を変えた。


「そもそも、我々の目的は、夜が明ける直前まで、目と耳を蕩けさせる事。夜明けと同時に、春日町で欲を満たし、気力を充実させた岩倉尾田家の軍勢が奇襲を仕掛ける算段です」


あっさりと計画を暴露したアルルカン・ハーレクインに、衝撃を受けつつ、懐疑的な目を向ける二人の騎士。しかし、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、別の事に関心を抱く。


「少数とはいえ、こちらは三千の兵がいる。岩倉尾田家に倍の軍勢を準備できる余裕は無い。せいぜい、二千前後だ。それでも、戦いを仕掛けてくるだと?」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは疑問を覚える。

今の岩倉尾田家の当主は、お世辞にも聡明とは言い難い。どちらかといえば、無能の部類だ。それでも、それなりに優秀な家臣はいる。ぶつかった場合の勝敗がどちらにどう転ぶか予測できないとは思えない。


「なんでも、切り札があると申していました。はぐれ者のを雇い、その者の力を使うと」

「陰陽師? 尾州にか?」

「それは、どういうことだ?。陰陽師は帝京都から滅多に離れないと聞くが」

「わたしには何とも」


アルルカン・ハーレクインは本当に詳細は知らないのだ。

ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、黙り込み、考え込む。

陰陽師。この状況で出てきたキーワード。不吉な予感が脳裏をかすめる。動く理由はできた。動かない理由は無い。


「情報の提供、感謝するぞ」

「いえいえ。わたしはそういった輩が大嫌いなものでして」

「気に入らなかったのか?」

「はい。全くもって反吐が出ますな。ですから、お話しした次第です」


偽らざるアルルカン・ハーレクインの本心。

本来の計画においても、暗殺を成し遂げ、首級を手に入れた後、岩倉尾田家の兵を鬼畜どもを皆殺しにする腹積もりだった。それど、暗殺は頓挫した。ペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。彼は想像以上の人物だった。殺すにはあまりに惜しい。だからこそ、後始末を任せる事にしたのだ。

同行するつもりはない。そんなことをすれば、他の人間にも素性を疑われてしまう。あくまでも、であらねばならないのだ。


「いいだろう。そいつらは引き受けてやる。よし、すぐに立ち去れ。でなければ、こっちも動けない」

「承知致しました」


まるで臣下の礼を取るように、アルルカン・ハーレクインは、平身低頭し、天幕を出ていこうとしたとき、背後から、グリフレット・ドンは言い放った。


「この屈辱は忘れねぇぞ。お前が英雄となった暁には、王に剣が届く前に、俺が人間として倒してやる」

「やれやれ。三すくみならぬ、三角関係が出来てしまいましたな。その日を楽しみにしておりますよ。誰が人間で、英雄で、怪物になるのか。その行き着く先を」


そう言い残し、今度こそ、天幕を出ていった。


●●●


それはあっという間の出来事だった。アルルカン・ハーレクインが、楽団員達に何事か告げると、楽団員達が、急に演奏と踊りを中止し、巡礼楽団は舞台もそのままに、足早に、馬車に乗り込むと、突風のようにいなくなってしまったのだ。

突然の事態に、誰もが困惑を隠せない中、大音量の声が轟く。


「出陣だ! これより清洲の春日町に向かう! 指揮官はゴーヴァン・ロトが取る! すぐに出るぞ!!」


何かが起きたのだ。誰もがそう察し、立ち上がって駆け出すのだった。



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