第22話 竜の王

「無謀だぞ」

「そうでしょうか。わたくしは慎重を期する性格でしてな。手の内を見せたのは、この魔術のみ。懐にはまだ切り札を仕込んでおりまして」

「......楽団員はどうする?。俺を殺せば皆殺しになるぞ」

「ご安心を。皆、覚悟の上です。だからこそ、腕の劣る者達を連れて来たのですから」

「......暗殺者か。......美しい音色だ。踊りも素晴らしいだろう。勿体ないと俺は思うがな」

「惜しむものではございません。差し上げますので、冥土の供になされるといいでしょう」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは苦笑いだ。


「身も蓋もねぇ」

「全くです」


天幕の外から聞こえる軽快な演奏。兵達の歓声。華やかな光景を容易に想像できる。

それに比べて、天幕の中のなんと殺伐とした事か。アルルカン・ハーレクインは微笑を絶やしていない。グリフレット・ドンは今にもキレそうな悪人面だ。ゴーヴァン・ロトはさらにキレかけている。

空気中に漂う属性香を手で掬い上げる。指の間からすぐに逃げ出してしまう。あぁ。これが知りたかった。もう知れた。時間稼ぎは十分だ。


「では。おさらばで......」

「一つ謎かけをしよう」


振り香炉が発光し、二人の騎士の双剣が今まさに動こうとしたところで、若き王は軽やかに遮った。


「ある王が『王』とは何かを問うた。ある賢者は問い掛けによって答えた。


『怪物は餌として人間を食い殺し、

英雄は名声と献身をもって怪物を討伐し、

人間は羨望と嫉妬に狂って英雄を弑する』


さてある王は『王』とは何かを悟り、賢者に三度の礼を送った」


両手を大仰に拡げて、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスはアルルカン・ハーレクインに問いかける。


「俺とお前は、どれに当て嵌まると思う?」


アルルカン・ハーレクインは、振り香炉の発動を抑える。

さて。今の問い掛けは、かの有名な仮面王の逸話だ。かの王は三つの仮面と衣装により、三人の人物に成り代わった。

時に怪物。時に英雄。時に只人。それらを巧みに使いこなし、民を欺き、時に導き、繁栄という飴を与え、災厄という鞭を振るった。そんな一人の人間でありながら、三人の人物であり続けた伝説の王。

投げ掛けられた問答。さて、どう答えたものか、と、アルルカン・ハーレクインは思考する。明らかに意図を含んだ問答だ。彼の王は、英雄の器である。自分は、ただの刺客を生業とする人間でしかない。

アルルカン・ハーレクインは自分を過大評価も過小評価もしない。ただ、波紋一つ起こらぬ凪の様に冷静で冷淡に自己評価する。


「わたくしは人間であり、貴方は英雄です」

「羨望と嫉妬に狂う輩には見えないぞ」

「いえいえ。私も俗人。栄光に焦がれた時もありました。若さを失い、老いを迎えてようやく諦めがついただけのこと」

「英雄を殺せば次の英雄になる」

「ただの大罪人として処刑台に上がるに過ぎません」

「謙遜しやがって」

「謙虚ですので」


露骨に嫌そうな表情のペンドラゴン・エムリス・テオドシウスに、アルルカン・ハーレクインも嫌悪感を抱く。

この王は何故に自分を高く評しているのだろう。一介の暗殺者など、炉端の石ころも同然。天を見上げる者が、地べたに落ちたものに目を向けることなどありはしない。


「ま、生憎だけどな」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、口元を大きく歪めた。

彼は、笑った。


「俺は怪物の方だ」


そう言い捨てた次の瞬間、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスを囲んでいた魔力粒子が、破裂し、拡散した。

アルルカン・ハーレクインの持っていた振り香炉の本体に、亀裂が走る。気づいた時にはもう遅い。もし、アルルカン・ハーレクインが魔術師であれば、ここで終わっていただろう。

だが、違う。これはあくまでも予備。本命は、杖に仕込んだ剣。剣術こそ、アルルカン・ハーレクインの真の力。

ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスと、アルルカン・ハーレクインは同時に剣を抜き放ち、剣先をお互いの喉元に突きつける。


かはっ!。暗殺者にあるまじき高揚感が噴き出した。


何故、魔力粒子が消失した。あの若き王は何をした?。手元を見れば、小さな置き香炉がある。脳を働かせれば、すぐに点と点が繋がり、一本の線となり、答えが浮かぶ。


相殺である。


魔力、属性にも相性がある。相性が悪ければ反発を、相性が良ければ中和する。あの短い会話の間に、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、自身を包む魔力粒子の性質を分析していたのだ。あの置き香炉は、恐らく貴族や王族が持つ対魔術の護身用。

あの問答は魔術を無効化する準備までの時間稼ぎ。といはえ、あの短時間で対処するなど、信じられない。

アルルカン・ハーレクインとて、このような事態も想定していた。常人はもとより、魔術師を前提として、元々対処されないように偽装していたのだ。なるほど。なるほど。まさに怪物のような才覚。

周到に準備を整えたにも関わらず、この有様。この無様。アルルカン・ハーレクインは長年、味わっていなかった緊張感に身を震わせる。


「......本当に......すごいお方ですな。桁外れの才能と手腕。強靱な意志と鉄の心臓のごとき度胸を持っておられる」

「褒めるなよ。照れるぞ」

「褒めますとも。えぇ、何度でも褒めますとも」

「............皮肉じゃないよな?」

「八割ほど嫌味ですな」

「あっそう」


置き香炉をゴーヴァン・ロトに手渡す。


「まぁ、なんだ。怪物を殺したいなら、英雄になって出直せ。人間に、怪物は殺せないんだ」

「学ばせて頂きました。ちなみに、狩りをするにも如何なる獣かを知らねばなりません。王は、如何なる怪物ですかな?」

「竜だ。でかい方だと思うぞ。テオドシウス家のドラゴンは手強いと思え」


急激に威圧感を増していくペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。放たれる王の威風。歴戦の戦士でも、これに耐えられる者はそうはいない。それだけ、荒々しく鮮烈な気配だ。


「さて、どうしたものか。剣を引けば、わたくしが斬られることは申すまでもないこと。相討ちを狙うにも、左右のお二人が実に厄介ですしねぇ」

「なら降参しろ」

「お許し頂けますか? 命は助けて頂けますかな?」

「いいぞ」

「では」

「おいっ!」


剣を引くアルルカン・ハーレクインとペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。

そんな言葉遊びのような軽さであっさりと剣を引き合った二人に、グリフレット・ドンは堪り兼ねたように叫んだ。


「あのなあっ! 敵だぞ! こいつ敵! なにあっさり許してんだよ! つーかなんで助けるんだ!」

「............つい、勢いで、な」

「よしわかった。やり直そう。一からやり直そう。そしてこいつをぶった切ろう」

「お断りします。せっかく助かった命は大切にしたいので」

「俺はその命が欲しいんだよおっ!」


一人振り回されていることは自覚している。

ああくそ! 俺は苦労性の星の下に生まれたのか。グリフレット・ドンは頭を抱えるのだった。


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