第21話 問答
「よっしゃあ! いえーい! お嬢さん、もっと腰振ってぇ~!」
美しき踊り子達が舞う。
男共が溢れかえる最前列で、グウィン・ケレルは両手を激しく振って、ノリにノッていた。
露出の激しい衣装を身に纏った艶やかさと色っぽさに、鼻の下を伸ばす男の兵士や騎士は大勢。女の兵や騎士も、色男の奏でる演奏にうっとりと聞き入っては黄色い声を上げていた。
そんな輪から少し外れたところで、藤堂七夜はぼんやりとそれを見ていた。横では柳生宗不二はすでにイビキを鳴らして眠りこけており、棟方冬獅郎は無言で干し肉を齧っている。
藤堂七夜も、もう少し近くで見たい気持ちがあったが、如何せん、腹の具合が悪い。いつトイレにいけるように待機するために、あの輪には加われないのだ。腹をつつかれでもしたら、洒落でなくヤバいのだ。
そんな三人のもとに、アンナ・ルイスとマハウス・バリッシュが近づいた。手には何本もの竹筒を持っている。
「あたしたちもいい?」
「来やがったな。この下痢便女」
「ちょ、誰が下痢便女よ!。失礼ね!」
「人の腹下しといて何言ってやがる! こちとらようやくちょっと食えるようになったんだっての!」
事情を知らなかった藤堂七夜と棟方冬獅郎は完食してしまったせいで、あれから腹痛と下痢に悩まされていた。
同じどころかそれ以上食べた柳生宗不二は、全く何ともないのが不思議だったが。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ」
「がるるるるるるるる」
いがみ合うアンナ・ルイスと棟方冬獅郎。
「腹の具合はどうだ?」
「あぁ......何とか大丈夫ですよ」
「そうか。苦しいのは最初の内だ。時間が経てば、体調はずっと良くなる。あいつの料理はそういう料理だ」
「......二人はあっちに行かなくていいんですか?」
「アンナの機嫌が悪い。あいつのせいでな」
そうだろうなぁ、と納得してしまう。
愛していると言われながら、別の女性に夢中になっている男。好意を寄せられている方からしてみれば面白くないし、失礼だろう。
「それに、命令を受けている」
「? 命令?」
「ああ。隊長からな」
【別の天幕にて】
ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスが椅子に腰かける。左右には護衛であるグリフレット・ドンと、ゴーヴァン・ロト。両者とも、獣のような気配を眼光に滲ませながら、向かい合う老人、アルルカン・ハーレクインを直視した。
用意された椅子には座らず、立ったまま、彼は再拝を行うと、地べたに両膝をついた。
「突然の来訪を受け入れて下さり、また、寛大なお心でお許し下さったこと。まことに感謝申し上げます。子孫三代に至るまで語り継ぐ誉れでございます」
「構わない。俺も楽しませてもらうつもりだ」
「そのお言葉、さらに重ねて光栄の極み。名もなき巡礼楽団にとっては、まさに金の衣を賜ったがごとく箔がつきましょう」
「その心は?」
「東海道でも随一の豊かな尾州。その国主様に芸をお見せできただけでなく賞賛を賜れば、これ以上ない箔が付きます。まさしく得難き名誉。名のある楽団でさえ、このような名誉は受けたことがありません。例えるなら、純金の看板を上質な絹で包んだようなものです」
「ははははははっ!。盗賊が涎を垂らして襲ってきそうだ!。その看板、危険ではないか?」
「危険を冒さぬものはそれなりの暮らしは手に入れられましょう。けれど、頂点を目指さんとするならば、危険を冒すは当たり前。この看板が惹きつけるのは盗賊だけではありません。名士たる者に著名なる者、果ては君主をも引き寄せるでしょう」
「危険より成功を引き寄せるか。商人だな」
アルルカン・ハーレクインはにっこりと笑い、深々と頭を下げる。
「然り。喉から手が出るほど、欲しいものでございます」
「だが、くれてやれるかどうかは、まだわからないぞ」
「それは何故でしょうか?」
「お前は悲劇を聞かせられないと言った」
「申しました」
「悲劇を見た者には、と言った」
「はい」
「俺は悲劇など見ていない」
ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスの視線が細まった。
天幕の空気が、冷える。
「俺が見たのは、名誉だ。最後まで怯む事無く戦った武士の最後だ。これは悲劇ではない。だが、お前は悲劇だと言った」
「........................................」
「騎士であれば名誉の戦死だ。武士なら見事な散り様だと言うだろう。だが、お前の目にはただの敗北。犬死にしか見えなかったのだろう?。お前はその光景を見た。その上でそう言った。ただ結果のみを踏まえたその答えを出す癖を持つ輩を、俺は知っている」
「さてはて、これは洞察力と言えばよいのか。それとも直感でしょうか。それとも私が未熟なだけでしょうか」
「強いていえば、本能だ。血の臭いだけならともかく、身に着け鍛えた力までは誤魔化しようがないぞ」
パチンと指先で額を叩いてみせるアルルカン・ハーレクイン。
洞察力の実に見事なこと。ここまで看破されては、悔しいどころか逆に尊敬してしまいそうだ。
うちの坊ちゃんに見習わせたい。ここに覇者となるべき者の見本がいる。
「さてはて。血の臭いを消そうと馴れぬ香水をつけたのがよくなかったとみえますね。馴れぬ事はせぬものですな。このような香水など、無用の長物でした」
外套の内側に手を入れ、取り出したのは振り香炉。
香りは香りでも、魔術を引き起こす奇跡の香り。すでに魔力粒子は散布されており、半透明の白い煙が天幕の中に充満していく。
グリフレット・ドンとゴーヴァン・ロトは鞘から剣を走らせると、剣先をアルルカン・ハーレクインに突きつける。斬らなかったのは、行使される魔術を考慮してのことだ。
半透明の白い属性香は、風系統の証。発動から発生までの時間速度は、全系統の中でも、最速だ。それに加えて、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスが、斬りかかる事を容認しなかった。
「おい......ドラゴ!」
「いいから黙って待ってろ」
主君に押さえ込まれながら、グリフレット・ドンは苛立って幼馴染みを睨み付ける。
すでに主君の身を危険に晒してしまっている。迂闊だった。愚かだった。それが全て苛立ちとなり、目の前の老人の怒りへと変わっていた。
アルルカン・ハーレクインは振り香炉を人質にしながら、面白げに顎鬚を撫でた。この主従関係は妙に面白味がある。それに、冷静だ。自制心が強く、感情に振り回されていない。とはいえ、胸の中で感情は煮えぎたっているのだが。
「お見事なご判断。この老体をなで斬りにしておれば、この天幕は細切れとなって吹っ飛んでいたでしょうな。臣下のお方も勝らずとも劣らぬ心胆をお持ちだ」
「それが俺の一番の自慢だ」
「ふむ。それは臣下の方々も喜ばしいものです。昨今、臣下を軽んじる者が多くて嘆かわしいものですからな。それゆえの、下剋上といえるのですが」
「俺にとって臣下は、父母であり兄姉であり弟妹だからな」
笑顔で断言するペンドラゴン・エムリス・テオドシウス。
何と突き抜けるような笑顔なことか。まじかに直視したアルルカン・ハーレクインはつられる様に笑い、納得したとばかりに頷く。
これは見事に心を掴まれるような魅力ある一撃である。戦士が戦士に惚れ込むとは正にこのような事を言うのだろう。
家臣を誇り、愛し、公然と自身にとって一番の自慢と叫ぶ。仕える者側にしてみれば、これは命を賭けるに値する主君だ。こんな王に出会える事は、戦の神に感謝すべきだろう。
惜しい。実に惜しい。ここで殺さねばならぬ運命が。いっそ運命神を罵倒し、唾を吐いてやりたくなる。
「............。―――さて、ご自分の運命に不満を覚えていらっしゃるかもしれませんが、これもまた運命。覚悟して頂きましょうか」
杖の先端を握り、上下にずらして、隠された白刃を露わに、アルルカン・ハーレクインは死の宣告を告げた。
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