第20話 アルルカン

その一団が現れたのは、夕食を終え、片づけをしている最中だった。最初に声を上げたのは、見張りの兵である。続いて、声を聞きつけた騎士達も駆け付け、驚きの声を上げた。


「うお、なんだぁ?」


グリフレット・ドンは場違いな光景に目を疑った。

サーカスのように派手な大型の馬車が三台。それが野営地の近くに止まると、中から華やかに扇情的に肢体を着飾った見目麗しい女達が一人、また一人と現れる。彼女達は男達の欲情を誘うように、女の肉体を惜しげもなく舞踊という形で披露する。

男の兵達から歓声が上がる。

今度は楽器を手にした男達だ。整った顔立ちの風貌をした青年達だ。リュートを、横笛を、歌声を、女達の踊りを華やかに彩るように、逆に女達の舞踊で自らを弾き立たせるに、彼らは奏でる。

今度は女の兵達から黄色い声が静かに響く。

夜の闇と篝火のなか、静かだった野営地が、歓楽街のような喧騒に包まれた。

頭をがりがりと指でかきながら、グリフレット・ドンは、トンッと鞘を余った手で叩く。


(......こいつら......)


謎の一団の正体に、一気に警戒心が昂ると共に彼は踏み出していた。

するりするりと野営地に入り込んでいた演奏家の青年の一人の顔を掴むと、そのまま足を引っかけて地面に倒すと、踊り子の女の首に剣を抜いて突きつけた。


「............野営地に入る事を誰が許したよ?」


喧騒は去った。緊迫した空気が一気に張り詰める。

彼は、一隊を預かる隊長である。普段は気さくで陽気に振舞うが、軍律を重んじる責任感をしっかりと備えていた。

誰も答えない。女達は踊りを止め、怯えた。男達は緊張に身を震わせた。兵も、のぼせ上った頭に冷や水をかけられたように、グレフレット・ドンの次の行動を予測できず、動けずにいた。


「おい、答え.....」

「いやいやいや。これは申し訳ありません。騎士様」


遅れて、馬車から一人の老人が現れる。

痩せた風貌。しかし、愛嬌と精悍さが滲む顔立ちの老紳士だ。白髪に面長、鷲鼻の外見から、異邦人なのは一目で分かる。

ステッキで地面をつきながら、グリフレット・ドンの数歩前まで歩み寄ると、平伏した。


「突然の訪問、御容赦下さい。わたくしは、アルルカン・ハーレクインと申します。聖ヌミノス教より認可を頂いた巡礼楽団の長を任されておりまするしがない者でございます」


貴族のように洗練された物腰に、兵士は戸惑う。

そんな彼らを、アルルカン・ハーレクインは好ましいばかりに目を細め、微笑を浮かべる。幼子を見守るような、温かい眼差しである。


「この先の春日町にて逗留していたところ、楽団の者が偶然、皆様方のお姿を見つけて知らせてきたのでごさいます。我らにとって、これは見逃せず、好機とばかりに、勝手ながら押しかけた次第。是非とも、我らの演奏を、演舞をご覧頂けないでしょうか?」

「巡礼楽団か。......とてもそうには見えないぞ」


これだけの美男美女。そして、身に纏う肌の上をはいずり回るような色気。

娼婦と男娼の集団。グリフレット・ドンは、そう推察していた。ただの巡礼楽団にしては異質だと、彼の直感が告げていた。


「戦帰りの兵相手に音楽やら踊りやらで昂った気を静められるのか?」

「これはこれは。異な事を申される。古来より戦に赴く戦士の心身は激しい音色にて士気を高揚へと導き、美しき女の踊りは生への渇望を抱かせるもの。無論、戦帰りの昂った魂と肉体を鎮めるのは、女の柔肌が一番とも申しますが」

「お前らは違うと?。見ての通りの楽団だと?」

「はい。我等は戦士を癒す音色を奏でるだけ。戦に赴く戦士に相応しき音楽は奏でられません。まして、寝床の相手をする者はおりませぬ」

「............ち」


その言葉は真か偽りか。

グリフレット・ドンには判断つきかねる。不信は拭えない。されど、害意も感じることが出来ない。

けれど、アルルカン・ハーレクインへの返答は変わらない。


「とにかく......」

「曲名は何だ?」


横槍を突っ込んで来た声に、グリフレット・ドンは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「数多く取り揃えております。『夏の夜の誘い』、『極楽の岸辺』、『喜びの野』『王の剣に涙せよ』、『無辜の世の恋物語』など古典から最新まで。リクエスト頂ければ、そちらの曲も奏でてご覧にいれましょう」

「......悲劇は無いな」

「悲劇を見た方々に悲劇の曲はお聞かせできません。これは私たちの配慮とご承知頂ければ。故に、曲目は喜劇とハッピーエンドをご用意しております」

「そうか。なら頼む。くれぐれも、演奏させるな。その時は、言うまでもないだろう」

「心よりお約束致します」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスの警告に、アルルカン・ハーレクインは曲がった背中をさらに折り曲げて、承服の意を示したのだった。

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