第19話 恐怖の料理 奇跡の効果

雌鹿二頭に兎四匹の成果を手に、野営へと戻った四人は、早速、料理番のところへと向かい、解体した食材を手渡した。


「少ないですねぇ」


渡された獲物を見て、料理番の一人が嘆息する。

彼の言葉は嫌味ではない。本当に足りないのだ。腹をすかせた数千のハイエナの群れにこの程度の肉で足りるものか。餌を巡って共喰いするのが目に浮かぶ。


「四千の兵士どもにどう配れと? ......あぁ、いや、出陣の時より人は減ってますけど、それでも足りませんよ」

「安心しなって。手は打ってあるからさ。いまごろ、兵どもがどつき合ってるだろうね」


グウィン・ケレルがある方向を指差す。

その先では、多くの歓声が上がり、何故か兵達は盛り上がっているようだ。味気ない野営食。尾州軍は他軍に比べればマシな方なのだが、それでも兵士にとって新鮮な肉を使った限定食は非常に魅力的である。

ちなみにどんな勝負をしているのかといえば、男はプロレス。女は腕相撲である。


「作れる人数分でいい。それを優勝した奴に配るんだ」

「.............あぁ~......そういうことですか。なるほど、道理で兵の方達が張り切ってるわけだ。......そうですね、この量なら十人分ぐらいはできますね。そんじゃ、腕によりをかけた晩餐を用意しときますよ」


そういって、料理番が調理に戻ろうとしたところで、アンナ・ルイスが勢いよく手を上げた。


「あたしも作るわ。料理得意だし」

「「「「「「「「「‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」」」」」」」」」


グウィン・ケレルは蒼褪めた笑顔を見せた。マハウス・バリッシュは無表情で硬直した。料理番達は、絶句して言葉を失った。

張り切ってみせるアンナ・ルイスをよそに、グウィン・ケレルとマハウス・バリッシュは、お互いの肩を組み、彼女に聞こえぬように小声で話しだす。


「.................グウィン」

「言わなくていい。今の僕と君と、事情を知る者達は、紛れもなく一心同体の関係だ。何より、僕達の命と魂に関わる事態だ」

「どうするつもりだ?。止められるのか?」

「見てよ、アンナの顔。めっちゃ輝いてるじゃない。とても止めて下さいなんて言えないよ」

「あの~......そうなると、皆さんの胃袋が絶望に満たされる事になるんですけど」


いつの間にか料理番も密談に加わっていた。

藤堂七夜も首を傾げながら、その密談に参加する。


「あの、ルイスさんがどうしたんですか?」

「......なるほど、あなたは知らないのですね。彼女の恐怖の料理と、それによってもたらされる奇跡を」

「知らない事は幸せだ」

「僕の深い愛でも、あれはねぇ」


何かを悟ったような三人の表情は、深淵に足を踏み入れ、生きて帰って来た者の顔だ。

背筋が薄ら寒くなる。藤堂七夜はそれ以上、問い質す事はできなかった。


【野営地・食事の時刻にて】


「ふんふんふーん🎵」


グツグツと煮込まれる大鍋を前に、ナイフで干し肉を削り、感想豆を投入していくアンナ・ルイスは、上機嫌だ。

遠征でよく作られる豆のスープ。失敗のしようがないほど、簡単で質素な料理だ。そう、失敗などするはずがない。

だが、遠回しにそれを見守る幾多の兵達は胸に手を当て、服を握り締めている。呼吸が乱れ、血の気の引いた顔は、まるで病人。


「......グウィン......どうして......止めてくれなかったんだよぉ......」


兵の一人が涙を流して地面に膝をつく。いや、崩れ落ちた。


「ゴメン」

「謝罪一つで、命の危機を許せるかよ」

「いや、死にはしないでしょー。二、三日苦しんでのたうち回るけど」

「死にかけた奴はいるぞ」

「え? マジで?」

「恋人を寝取られる幻覚を三日三晩見続けた挙句、絶望してたな」

「そりゃキツイ」

「ちなみに恋人を寝取った奴ってのが......」


そういって指をさされたのはグウィン・ケレル。

心外だとばかりに彼は眉を吊り上げた。


「僕に対して酷くない?」

「ものすごい説得力はあったがな。思わず信じかけちまったよ」

「確かに大変だった。グウィンを殺して俺も死ぬと騒いでいた。結局、ただの幻覚だと理解したのは、恋人と再会して散々話し合った後だったらしい」

「ちなみに彼女のお名前は?」

「エリカ殿だ」

「――――――あぁ、あの赤毛のすらっとした子か。良い子だったよ」

「「「「「..................................................................」」」」」」


あ、こいつ本当は手を出してやがったな。

あいつには絶対に知らせないでろう。この話はここまで。墓場まで持っていってやろう。戦友に対するせめてもの友情だ。

男女間の話は生々しい。藤堂七夜は不参加を決め込む。アンナ・ルイスの料理姿を見て、不思議に思う。

藤堂七夜も料理が好きだ。元の世界で仕事にしていたこともある。そんな彼が見ても、彼女の手際は実に馴れたものだ。とても、下手とは思えない。

しかし、それはただ知らないだけだ。

アンナ・ルイスは容姿端麗な美人である。軍中において、上からも下からも人気が高い。なかには女神と心酔してやまない者もいる。

そんな鉄の心を持つ支持者すら、彼女の作る料理だけは、神話の悪魔に挑んだ方がいい、と嘆かせる。

彼女の作る料理の悪名は、非常に有名だ。見た目は最高。味は絶望。食すれば、いっそ殺してくれといわんばかりの迷料理。

不味いという範囲を軽々超えており、一口、食べれば、三日間は腹痛にのた打ち回る。半分食べれば、あの世を数日間、旅行する羽目になる。全て食べれば、開きたくもない悟りを開き、人間の味覚は破壊され、人外の味覚と変貌してしまう。

不味いだけで、冗談だろうとも思ったが、経験した誰もが、あまりに必死な形相で訴える為、今では誰もがそうなのかと信じている。いや、全員がしっかりと初体験を経験済みであるのだ。

ちなみに、アンナ・ルイスは壊滅的だという自覚は無い。料理を作ればきちんと味見をする。つまり、本人は美味しいと感じ、全く問題ないのだ。以前、一人の騎士が勇敢にも、真実を叩きつけたのだが、逆に味見係につき合わされる羽目になり、自滅に追い込まれたという。


「......いい匂いだし、楽しみだな」


空腹を刺激する香りに藤堂七夜は呟いた。

周囲の兵達は、顎が外れんばかりに絶句した。


●●●


一時間後、藤堂七夜はねじれんばかりの腹痛を訴え、下痢に苦しむ羽目となった。


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