第18話 義兄と義弟の会話

兵が野営の準備に勤しむ中、いち早く張られた王専用の天幕で、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは簡易式の椅子に腰かけていた。

天幕には、彼一人ではない。正面の椅子には斎藤龍治の姿がある。木製の湯呑を握り、熱そうに中身を口にしている。

湯呑の中身は、尾州で栽培された紅茶だ。芳醇な香りに、ほのかな甘み。生産量は少なく、市場に出回る事は無い貴重品である。これを苦手とする大和人も少なくないが、斎藤龍治の口には合ったらしい。笑顔だ。


「紅茶というものは初めて飲みましたが、美味しいものですね。大和古来の緑茶より、好きな味です」

「意外だ。伝統を重んじる性格だと思っていたぞ」

「重んじますとも。そこに正統性があれば」


正統性。この理を重んじる性格が、兄、斎藤義瀧につかず、父である斎藤道一についた理由か。

一息ついた斎藤龍治は、姿勢を正し、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスに頭を下げた。国主の息子が易々と頭を下げた事に、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは僅かに眉を動かす。


「ペンドラゴン殿。この度は援軍を送って頂き、感謝致します。武運尽きた父上に代わり御礼を申し上げる」

「無用だ。俺は何も出来なかった。自信満々で出て来た挙句が、この様だ。それより、感心しないぞ。頭はそう簡単に下げるな。立場ある身なら、尚更だ」

「もはや、斎藤家とは縁が切れたと考えています。今までの立場は失われました。だから、頭を下げただけのこと。僕を跡取りとして扱う必要はありません」

「............斎藤家には戻らないと?」

「兄は戻って来いと言ってくれるかもしれませんが、お断りです。『父殺し』に従うつもりは毛頭ありません」


そうきっぱりと言い切った斎藤龍治の目には、一瞬、激しい炎が垣間見えた。

この情の激しさは、斎藤一族の特徴であるのだろう。胡蝶もまた、お淑やかにみえて、感情の起伏は激しいのだ。


「それで、話とは何だ?」


そう、この話し合いの場を設けたのは、斎藤龍治からの申し入れがあったからだ。

話し合いの内容は、ある程度、予想がついている。

他ならぬ斎藤龍治の身の処し方だ。ペンドラゴンとしては、もし望めば尾州への亡命を受け入れるつもりでいる。いずれ、濃州とは必ず戦になる。その為の、反義瀧派の勢力を再構築する旗頭として、彼を押すつもりだ。その為の後ろ盾になるのだ。

そうなれば、父を殺して国を簒奪した反逆者を討伐する大義名分を堂々と掲げられる。それなら、尾州の軍を動かしても、侵略ではなく、奪還と言い張れる。


「濃州を取り戻すには、しばらく時間が必要だ。無念だろうが、今は尾州で」

「その事ですが、僕に暇を頂戴できませんか?」

「暇?」

「兄から国を取り戻す。そこに異論はありませんが、この戦は僕に考える機会をくれました。国を取り戻し、父の後を継ぐのか。それとも、別の生き方を探すのか」

「..........................................................」

「ご覧の通り、僕は若輩者です。各地を巡り、多くの事を学んでみたいのです。勿論、責任を放り出すつもりはありません。ついて来てくれた家臣の為にも、僕は自分を鍛え直さなくてはなりません」

「それは尾州でも可能だ。なんなら、賢人を紹介できる。多少、癖はあるが」

「感謝します。それでも、僕は大和を見てみたいのです。濃州にいては、見る事ができなかったものを」


なるほど、斎藤道一が秘蔵っ子と言っていた理由が分かった気がする。

年の割に、視野が広く、外への好奇心も強い。


「そうか。あてはあるのか?」

「以前、教えを受けた師が帝京都におります。まずは師を訊ねてみるつもりです。それに、尾州も片づけねばならぬ問題もあるはずです。僕がいれば、火種になりかねない」


これは意外だった。尾州の国内問題を、多少なりとも把握しているようだ。父親から聞かされていたのか、自分で調べたのか、それは分からない。しかし、ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、口元に笑みを浮かべる。

彼の存在は、それなりに厄介だ。火種となる可能性もある。国内が統一されていれば問題なかったが、万が一を考え、政敵に利用されないよう離れた場所にいると、自分から宣言したのだ。

刺客が送られる危険性も拭えないが、それは念入りに手を打つ。国内に集中し、政敵を一掃し、国内統一した尾州に一日も早く迎え入れる。その選択を彼は後押ししてくれたのだ。


「申し出を受けよう。必ず数年の内に問題は片づける。そのとき、龍治殿を迎え入れられるよう、国内を整えておく」

「分かりました。その間に、僕も成長することをお約束します。斎藤道一の息子として恥じぬように」

「ああ」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは、湯呑を持ち上げ、冷めた紅茶を飲み干す。

話し合いは済んだ。後は、酒でも酌み交わそうと、外に待機している従士を呼ぼうとしたところで、斎藤龍治がふと口を開いた。


「ところで、話は変わりますが、姉上はお元気ですか?」

「元気だ。旅立つ前に会って行け」


従士に酒と食べ物を用意するように指示した後、再会を促したペンドラゴン・エムリス・テオドシウスに、斎藤龍治は苦笑いを浮かべた。


「今生の別れのつもりで手紙を送ってしまったので、些か顔を合わせるのが、気まずいんです。会わずに帝京都に向かおうかとも考えています」

「それだと俺があいつに合わせる顔がなくなるな」


出陣前、手紙を読み、涙を流していた斎藤胡蝶の姿を見たペンドラゴン・エムリス・テオドシウスにとっては、何とも言い難い気分になるが、次の言葉で、考えを変えた。


「何より、惚気話を長々と聞かされるのは懲り懲りです。月夜にあんなに長く情愛を語り合ったのは初めてだとか、海を見に行ったとき抱き締められて接吻されたとか、膝枕をしたらとても幸せそうな表情をしていたとか、子供は私のような女の子が生まれたら嬉しいと言っていたとか。本当に、聞いている方が恥ずかしかったです」


こっちが恥ずかしいぞ。自分の色恋を知られているのは。

里帰りしたときに、色々と聞かされたのだろう。迷惑をかけたとは思っていないが、聞く方は大変だったのだろう。言葉の端々からその様子が理解できた。


「まぁ、そのなんだ。......会ってやれ」


ペンドラゴン・エムリス・テオドシウスは原因の一端が自分にあることを自覚しつつ、やはり愛する女を優先する言葉をかけるのだった。

一足先に運ばれてきた葡萄酒で、二人は酒杯を掲げ合うのだった。



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