尾州仇花編

第7話 国府にて 上

大栄町を出発して、七日目。遂に尾州の国府であるモン・ドーファンに辿り着いた。広大な街並みを眼にした藤堂七夜は、思わず感嘆の声を上げた。


「......凄い............」


柱・梁を基本構造とした大和建築と、煉瓦や石で壁を築く異邦人の建築物。

主に東区が大和建築の建物が立ち並び、反対に西区は異邦人達の建築物が多く建てられていた。

だが、何より目を引くのが、異邦人の建築物だ。オーダーやアーチを用いた均整の取れた静的・理知的な構成の美しさを特徴としている。曲面を用いて、彫刻や絵画が総動員されたように、感情に訴えるような動的・劇的な空間が生み出されていた。

逆に大和建築は、どちらかといえば地味だ。けれど、温かい空間に人の手が過剰に入る事を良しとしない素朴さがある。

何より、戦国時代とは思えない美しく綺麗な街並み。まるで国際都市だ。

目を奪われた藤堂七夜は、ふらふらとした足取りで、露店や商店を覗き込む。元の世界でいうヨーロッパに似た景色の数々は、見ているだけで観光気分になり、楽しい。

霧隠紫門も、ようやく戻ってこれた安堵感からか、表情が穏やかだ。柳生宗不二はすでに買い食いを始めており、片手にはしっかりと新しい酒瓶が握られている。長く旅をしている柳生宗不二ですら、目に映るものが新鮮な様子だ。

中央の通りを歩く途中、藤堂七夜は、モン・ドーファンでも、一際高くそびえる建物を見つけた。一つではない、三つの塔だ。点として線で繋げれば、三角形の形になるように配置されているようだ。

巨大な軍旗が、風に揺られている。剣を握る男女が描かれた紋章が刻まれていた。


「あの、霧隠さん。あの建物って何ですか?」

「ん?。......あぁ、あれは季風館王立学院きふうかんおうりつがくいんだ。尾州の騎士及び魔術師の教育・訓練施設というべき所だ。養成所は尾州では他にも四か所、存在するが、国府の王立学院は最も高度な技術と知識を学べる。基本的に立ち入り禁止区域だからな。入ろうとするなよ」


なるほど。学校の様なものか。それとも、専門校のようなものだろうか。

隣では柳生宗不二が瞳をキラキラと輝かせている。子供の様に無垢な笑顔だ。


「騎士か。一度もやりおうたことはないが、さぞ強いのだろうな。紫門よ、誰か紹介してくれんか?」

「そうですね。士官して頂ければ、いつでもご紹介しますよ」

「諦めんのう。お主」

「主命ですから」


道を歩きながら、霧隠紫門の案内で、三人がまず到着したのは、宿屋だった。

風鈴屋という看板を掲げた純和風の宿屋だ。


「まずはお館様に謁見しなければなりません。その為の登城手続きをしてきますから、二人は宿で一休みして下さい。一、二時間ほどで戻ってきます」

「......霧隠さんも、少し休んでからの方が」


ここまで強行軍だったせいか、霧隠紫門の顔色は良いとはいえなかった。

本来なら重傷でもおかしくない傷に加えて、大栄町でも一暴れしたのだ。ここまでの旅路は、無理を押し通してきたのだ。一日くらい、しっかりと休むべきだ。

だが、責任感の塊である霧隠紫門は、そんな甘さや弱さを許さない。特に自分には。霧隠紫門は、首を横に振る。


「大丈夫だ。それでは、私は、先に行かせて............」


二人を置いて歩き出した矢先、柳生宗不二の両腕が背後から伸びた。

そのまま霧隠紫門の首に腕を回すと、一気に締め上げた。突然の不意打ちに、霧隠紫門は抵抗できず、あっという間に意識を刈り取られた。

がくっと地面に倒れた霧隠紫門。本当に失神しただけだろうか。口元から泡を吹いている。しかも結構、大量に、だ。

言葉を失っている藤堂七夜を尻目に、柳生宗不二は近くの店に入り、縄を買ってくると、霧隠紫門の身体をグルグル巻きにしてしまう。勿論、猿轡も忘れない。


「............何やってるんですか?」

「担ぎやすいように縛っとる」


いや、それは見ればわかります。聞きたいのは『どうして縛って担ぐのか』ということだ。

通行人の訝し気な視線を感じる。そりゃそうだ。宿屋の前で、大の男を縄で縛っているなど、どうみても怪しい。

霧隠紫門は、白目を剥いている。藤堂七夜は頭痛を覚えながら、生存を祈る。気を失っているだけだ。死んではいない......はずだ。不安は募る。


「一緒に出向いた方が早かろう。なぁに、ちゃんと挨拶すれば、快く出迎えてくれるわい」

「......不審者として捕まる可能性の方が高いような気がしますけど......」

「わはははっ 心配性な奴め」


心配する方が普通だろう。


よいしょと気絶した霧隠紫門を肩に担ぎ上げた。そして、意気揚々と歩き出す。

物凄く嫌な予感がする。胃がストレスで悲鳴を上げているが、立ち止まる事もできない。仕方なく、藤堂七夜は同行する道を選んだ。

モン・ドーファンの居城に向かう。中央の通りを歩いていると、露店や商店は多くの住人で溢れているだけでなく、商人らしき人間の姿も見られる。

立派な甲冑と鎧に身を包んだ兵らしき人間達もいる。警備兵だろう。定期的に巡回しているようだ。その結果、モン・ドーファンの城下町は高い治安を維持しているようだ。

当然というべきか、人一人抱えた柳生宗不二に訝し気な目で見たが、一言、二言、会話を交わしただけで、彼らは離れて行った。


「何を聞かれたんですか?」

の事よ。泥酔して暴れたから、こうして家に運んでおると言ったら、納得したぞ」

「え? 人攫いとかじゃなくてですか?」


これは意外だった。警備兵は、実に見る目が無い。これはどうみても、立派な拉致だろうが。

道を歩いていて、気づいた事がある。大和人と異邦人が、東区と西区に隔てられたように、大和人の住人は大和人の店に、異邦人の住人は異邦人の店を利用している。国際都市に見えたモン・ドーファンにも、目に見えない軋轢や確執は確かに存在しているようだ。

利用者の間には、拭い切れないものが根深く残っている証拠だろう。

かつての大戦の傷跡は、この尾州にも深く刻み込まれ、人々に暗い影を落としているようだった。


✘✘✘


モン・ドーファンの国主であるテオドシウス家の本拠で知られる居城。別名、円卓城。星型要塞とも呼ばれる城郭の造りで知られ、その芸術的な外観は、堅牢さと芸術性で他国にも知られている。


「............ほう。これは大したものよ」

「本当に凄い......。この時代にこれだけのものを造るなんて......」

「異邦人の建築技術をここまで駆使した城は、そうそうあるものではない。いや、大和の建築も取り入れておるようだ。和洋折衷というやつかのう」


だが、歪さは全く無い。

それどころか、新しい建築技術を示しているかのようだ。言い方を変えれば、大和人と異邦人が手を取り合う。そんなイメージを思い浮かばせる。

二人は正門へと足を進める。正門は東西南北の四か所に存在する。その内、東西北は出入り禁止であり、一般人は近くに寄る事も許されない。その為、謁見を求める際は、唯一、一般人の出入りが許可されている南門に行かなければならない。

南門へと向かい、その城門前に近づくと、左右に立った二人の兵士が、槍を✘印のように交差せさ、道を塞いだ。


「止まれっ!」


兵士はジロジロと、疲れた表情を浮かべた藤堂七夜と立派な体躯の生宗不二、そして、グルグル巻きにされて担がれている霧隠紫門を順番に見た。

そして、左側の兵士が声を上げた。


「怪しい奴らめ。城に何の用だ?」


思わず拍手をしたくなった。彼らは警備の鏡だ。やっぱりどう見ても不審者でしょう。


「うむ。今から言うつもりであった」


意外にも礼儀正しく振る舞う柳生宗不二に、兵士も警戒心を僅かにゆるめる。

が、それは誤りだ。この短い旅で、柳生宗不二が斜め上を行く人物だと、藤堂七夜は思い知っていたからだ。

思いっ切り、息を吸う柳生宗不二。あ、やだ。本当に嫌な予感が的中しそう。


「尾州の馬鹿殿に告げ――――――ッッッるぅ!!!。お主の忍びを運んで来てやったぞーいッッッ!!!。霧隠紫門という奴よっっっ!!!。受け取れ――――――い!!!。あと、腹が減ったぞいッ!!! 酒も寄越せいっ! 勿論! 女もじゃっ!! 酒は女の酌こそ一番よっ!!!。おおっ!! その前に風呂がよいのうっ!! 酒はひとっ風呂浴びてからだっ!! 歓待してくれぇいっっっ!!!!!!」 


ぎゃあああああああああっ!!。耳が痛い!鼓膜が破れるぅ!。

周囲にいた者達は、轟雷と錯覚するほどの大音量の前に、悲鳴と絶叫を上げた。

城門を警護していた兵士二人は、耳を塞ぐ間もなく真正面から凶器に等しい大声の前に、意識を失って気絶していた。離れた距離にいた者達も、激しい耳鳴りで苦悶している。

背後に立っていた藤堂七夜は、地面に両膝をつき、あまりの気持ち悪さに吐きそうになっていた。

最も近くにいた霧隠紫門がどうなったのか。......想像したくない。本当に死んだかもしれない。


そして、当然だが、この行動が好意的に解釈されるはずがない。城内から大勢の殺気立った兵士や騎士が飛び出して来た挙句、二人と担がれた一人は、あっという間に取り囲まれた。そして、有無を言わさず、牢屋へと連行されたのだった。


🏠🏠🏠


円卓城の一室。宰相専用の執務室。机に突っ伏していた壮年の男は、ゆっくりと上半身を起こすと、瞼を開いた。そして、不機嫌そうに指で髪を弄る。

燃え上がるような赤髪は艶を失っており、不精髭と充血した栗色の両目は、男が連日連夜、徹夜で過ごしている事を証明していた。

周りを見る。直属の部下である官吏達も、同じように机に突っ伏している。自分と同じく、もう何日も家に帰っていない。


「......やれやれ......もう、若いとはいえないな......」


尾州国主のテオドシウス家に三代に渡って仕える宰相代理、メルヴィン・クレアモスは自分の肩をほぐすように叩く。

暴力的な量の雑務を官吏達と共に処理し、ようやく空いた貴重な時間。家どころか城内に与えられた寝室に戻る時間すら惜しいとばかりに、執務室で熟睡していたのに、とんでもない大声によって静寂が引き裂かれ、安眠を阻害されてしまった。


「......対防音結界でも張っておくよう、進言でもするか......」


愚痴を零していると、配下の官吏達が一人、また一人と目を覚まし始めた。


「宰相様......一体、何事でしょうか......?」

「分からんな。だが、じきに報せが来るだろう。それと......私は宰相だ。忘れるな」

「も、申し訳ありませんっ」


下らない問答を交わしていると、扉を叩く音が響く。


「入れ」

「失礼致します!」

「何用だ?」

「はっ!。南門にて不審人物二名を拘束。その内の一人が担いでいた人物が、霧隠紫門殿と判明致しました。現在、ゴーヴァン騎士団長が指揮を取っておられ、宰相代理閣下に報告するようにと命じられました」

「.............詳しく話せ」


姿勢を正した衛兵が、要点を踏まえて説明する。

そして、報告を聞き終えたメルヴィン・クレアモスは眉間を指で押さえた。


「豪気か、それとも単なる大馬鹿か。随分と大胆な人物だな。それで、その二人と霧隠の当主はどうしている?」

「両名は抵抗する素振りは無いのですが、念のため、牢屋に閉じ込めてあります。霧隠殿は負傷しているため、治療を受けております。診断の結果、命に別状は無いとのことです」

「......霧隠以外の者達はどうした?」

「詳細は不明ですが、姿は見かけておりません」


メルヴィン・クレアモスは沈黙する。

手が足りなかったとはいえ、十一名の少数精鋭だった。それが、生還したのが霧隠紫門一人。敵がこちらの想定を上回ったということか。

だが、最悪は回避したようだ。手足となる忍びは補充すればいい。しかし、当主となると話は別だ。霧隠れの一門は、当主を巡る争いで、一族同士で多くの血を流している。ここでまた、当主が死ねば、その再燃が起きかねない危惧があった。

問題は、霧隠紫門達がそこまで追い詰められた要因だ。派遣したのは、濃州と駿州の二国。そのどちらかで、痛手を受けたと考えられる。


「目を覚まし次第、私に報告せよ。聞き取りは私が直に行う」

「はっ!」

「それと、牢屋にぶち込んだ二人組は、頭を冷やさせろ。こちらの尋問も私が行うとしよう」

「了解しました!」


話は終わりとばかりにメルヴィン・クレアモスはが手を振ると、敬礼をして衛兵は執務室を出て行く。

机の上に山積みにされた書類の一束を手に取る。とりあえず、まずはこいつを処理する事が先である。


「あと一踏ん張りだ。皆、頼むぞ」

「............は............はぃ......」


官吏達の枯れた返事に、メルヴィン・クレアモスは『下手をしたら死ぬかもな』と思いつつ、早速、書類の処理に取り掛かり始めたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る