第8話 国府にて 中

牢屋の中は、寒かった。薄暗い。気持ちが憂鬱になる。藤堂七夜は膝を抱えて、一人落ち込んだ。柳生宗不二は「う~む」と唸りながら、考え事に没頭している。

牢屋は静かだと思っていたが、案外、そんなことはなかった。別の牢屋は騒がしく、悪態や罵倒する叫び声が度々、聞こえてくる。その度に、牢屋番の兵士が「黙れ」と一喝している。

けど、そんな事は些細な事だ。問題は、になってしまった事だ。


「............元の世界でも、警察に捕まった事なんて、なかったのに」


職質を受けた事はある。

レンタルショップにDVDを借りに行った帰り道、乗っていた自転車が盗難車じゃないかと疑われたのだ。警官二人に囲まれ、しつこく質問されたものだ。でも、逮捕されることは無かった。まぁ、逮捕されていたら冤罪事件となっていただろうが。


「のう。七夜の」


呑気に身体を揺らしていた柳生宗不二の問い掛けを無視する。

くそ。このトラブルメーカーめ。今思えば、知り合いになるべきじゃなかった。知性よりも本能を優先する人間は、手に負えない。


「考え無しの人だとは思ったけど............それ以上だった............」

「七夜の。聞こえ取るか?」


せめて、元の世界で夢を叶える為に貯金していた金を使い切ってから死にたかった。

いや、やっぱり死にたくない。つーか、死ねない。こんな人のせいで人生終わりにしたくない。でも、どうも助かる予感が全くしない。


「............俺の人生、こんなところで終わるなんて............」

「うっおーいっ!」


ぎゃあああああ!。鼓膜を破られそうになったのは、これで二度目だ!。いい加減にしてくれ!。

野太く、獣の様な咆哮だ。脳が揺さぶられ、再び吐きそうになりながら、藤堂七夜は、不機嫌そうな顔で、柳生宗不二の方を振り向く。


「............何ですか............」

「おう。尾州は変わっとるな。客を迎えるのに、牢屋に入れてから始めるのか。趣向を凝らしておるのう。一体、どんな歓待が待っておるのか。想像がつかん。いやあ、楽しみでのう」


あんたの脳味噌の呑気具合の方が想像つかないよ。


「俺だって想像できませんよ。相手に歓迎するつもりがあれば、ですけどね。............まさか、本気で歓迎されるなんて思ってませんよね?」

「うん?。されるじゃろ?」


マジかよ!。どこまで前向きなんだよ!。

呆れを通り越して、もう尊敬する。藤堂七夜は嘆息する。

歌仙伝、蜃も獅子吼も取り上げられた。このまま、知らぬ間に何処かの誰かの手に渡ってしまったら、どうしよう。歌仙兼定の爺さんは間違いなく、怒髪天になるだろうな。よし、取り戻せなかったら、今生の別れだ。二度と会う事は無い。絶対に会わないようにしよう。


「柳生さん」

「おう?」

「もしも、命が助かったら、猛反省して下さい。状況を察する努力をして下さい。空気を読んで下さい。相手の意思を踏まえて下さい。人を巻き込まないで下さい。食事中、人のおかずを取らないで下さい。禁煙して下さい。セクハラもやめて下さい。結局のところ、何もしないで下さい」

「............随分な物言いだのう」

「死ぬ前に、せめて、文句ぐらい言いたいですよ」


よかった。不興は買わなかったようだ。

本当はもっと言いたいが、これぐらいにしておこう。処刑される前に、柳生宗不二に殺されてしまってはも元も子もない。

さて、どうなるか分からないが、聞きたい事があった。それを聞いておこう。


「ところで、大和って魔術師がいるんですか?」

「ん?。魔術師か。いや、元々はおらんぞ。あれは、移民船団から現れた者達だ」

「移民船団......異邦人、ですか」

灰腐銀ミスリルを扱う術を身に着けておるのが騎士。不可思議な魔術とやらを操るのが魔術師よ。移民船団における二大武力、といえるのう。初めて戦こうたが、噂に違わぬ強さであった。確かにあれでは、灰腐銀ミスリルでもなければ、勝つのは難しいであろうのう」

「あいつ、金属の壺のようなものをいじってましたけど、あれは?」

「詳しくは知らん。魔術に不可欠なと呼ばれとるものだ。身に着けるものが振り香炉。設置式なものを置き香炉と呼ぶらしいのう。ほれ、色のついた煙のようなものが出ておったろ?。あれが触媒であり、燃料だそうだ。わしもそれぐらいしか知らん」


戦国時代に異世界が上乗せされたよ。戦国異世界とでも命名しようかな。


「............柳生さんは、旅をしてきたんですよね?」

「うむ」

「異邦人のこと、どう思いますか?」

「気に入らん」


力強く、迷うことなく、断言した。


「奴らは戦争に負けて他国に逃れて来た。そのくせ、大和ではでかい顔をして闊歩しとる。わしだけではあるまい。大和人と異邦人は、水と油のようなもの。混じり合う者もおるが、裏切りとして迫害され、殺される。

両者の間には、憎しみと怒りがある。......それを見て来た。だからこそ、尾州に興味があった」

「ここに、ですか?」

「うむ。異邦人を王として戴いた国。異邦人と大和人が共に暮らす国にな。存外、面白い国のようだ。上手くいっておるとは言い難いが、という強い信念が根付いておるようだ。ペンドラゴンとやらの王に会いたくなってしまったわ」


●●●


罪人達が寝静まり、牢屋番を務める兵士二人がチェスを指していると、階段を下りて来る複数の足音が響いて来た。


「おい、誰か来るぞ」

「何も聞いてない。おい、槍を」


二人は侵入者の可能性も踏まえ、すぐに立ち上がると、短槍を手にする。

二人は身構えつつ、扉が開くのを待つ。ギィと錆びた音が鳴り、扉が開く。そして、立っていた人物を目にするなり、二人は慌てて構えを解き、直立不動となった。


「こ、これは! クレアモス様!」

「し、失礼しました!」

「よい。楽にしろ」


そう言われて楽にできるほど、二人の兵士は豪胆ではなかった。

メルヴィン・クレアモスもそれは承知しており、早く立ち去る事が、兵士にとって安心できるんだろうなと、内心、苦笑した。


「二日前、南門で騒いだという罪人に会いに来た。案内してもらえるか?」

「はっ! こちらです!」


鍵の束を手に取った兵士の一人に先導され、メルヴィン・クレアモスは歩く。

後ろには五人の騎士が付き従っている。真紅の鎧兜で全身を覆った騎士。あれは、親衛隊だ。真紅の武具を身に着ける事が許されるのは、一握りのトップエリートの騎士だけだ。牢屋番の兵士は、間近で彼らの姿を見れた事に、感激していた。

カンテラの明かりが照らす薄暗い通路を進み、ある牢の前で止まる。

牢の奥で眠る二人の人物。一人は細身の男。身体を丸めて眠っている。従者だろうか、剣士という感じはしない。もう一人の、巨大な体躯の男は大の字になって豪快なイビキをかいている。


「おい! 起きろ!」


牢屋番が木の棒で二人を突いて起こす。

何度か突かれ、見事に不機嫌そうな表情で、二人は目を覚ました。


(......この二人か。柳生宗不二というのは......あの者か)


見事な体躯に力強い眼光。丸太の様な両腕に堂々とした風貌。この男が、畿内一と名を馳せた若き剣豪。我が王も興味を持っていた男。

もう一人の男は、容貌も態度も何もかもが普通だ。ただ、着ているものは変わっていた。武芸者ではない。ごく一般的な市民だ。


(だが、霧隠の当主が妙な事を言っていた。と。............なるほど、そういう事か。だが、確かに。奇妙この上ないな)


柳生宗不二は欠伸をすると、メルヴィン・クレアモスを見た。


「お前さん。誰だい?」

「尾州国宰相代理。メルヴィン・クレアモスだ。貴殿が、柳生宗不二殿。そちらが、藤堂七夜殿か?」


お偉いさんご登場である。やばい。また胃が痛くなりそうだ。

柳生宗不二は腕を組んで、正面からメルヴィン・クレアモスを見据える。その態度が気に障ったのか、背後の騎士達から剣呑な空気が立ち昇る。騎士の一人にいたっては、手が剣の柄に伸びかけている。

当の柳生宗不二は大して気にも留めず、顎を撫でていた。


「飯の準備が出来たのかのう。いい加減、待ちくたびれたわ」

「ささやかなものだが、準備をした。だが、その前に聞きたい事がある。我が国に士官するつもりはないか?」

「無いのう」

「和州国国主、笹井家に仕えているからか?」

「馬鹿な事を言うでない。あっちが勝手にそうしただけのことだ。わしは宮仕えなどしとうない。......あれはのう。御前試合をした際、相手方を残らず叩きのめしてしまったせいで起こった面倒事よ。流浪の武芸者に国お抱えの剣士どもが一人も勝てずに負けた事は、面目を潰されたに等しかったようだ。そこで、わしが笹井家に士官するべく、御前試合に挑み、見事勝利して士官が叶った。という阿保らしい美談に仕立て上げたのよ。わしは、その日のうちに逃げたがな」

「なるほど。真偽のほどは測りかねるが、無位無官ということでいいようだな」


お偉いさんが鷹揚に頷いている。しかも、嬉しそうだ。

メルヴィン・クレアモスは、視線を藤堂七夜に移した。思わず、藤堂七夜は背筋をピンと伸ばした。迫力があるのだ。とても、寝転んで話せる相手では無かった。


「藤堂殿。貴殿は何者だ?」

「......ええっと、俺も自分の事ながら、よく分からないんです」

「その容姿だと、大和人だろう。出身は?」

「日本。東京です」

「............何処だね?」

「多分、別の世界じゃないかと」


揶揄われていると思ったようだ。騎士の数人が目つきを鋭くして睨んできた。

メルヴィン・クレアモスは、何か思い当たる節でもあるのか、考え込む。

とにかく、藤堂七夜はここに来るまでの経緯を手短に説明した。その間、メルヴィン・クレアモスは一言も喋らず、思考に耽っていた。

説明が終わり、藤堂七夜は姿勢を正したまま、黙り込む。柳生宗不二も身体を揺らすだけで、沈黙を守っている。

親衛隊の騎士達は、胡散臭げな表情を浮かべていた。しばしの沈黙の後、メルヴィン・クレアモスがようやく口を開いた。


「......藤堂殿。を見なかったか?。のものではない、を」

「............夢............ですか............」


夢なんて、お偉いさんも変な事を聞いてきたな。

考える。......考える。............さらに考える。

そういえば、おぼろげながら変な夢を見た気がする。港に沢山の人がいて、多くの船が海の上に浮かんでいたような、そんな夢を。

けど、何だろう。思い出そうとすると、頭が痛くなる。ズキズキと頭痛が増す。


「............確かに、夢を、見ました。たくさんの船があって、大勢の人が手を振っていて............とか............あぐっ!」


一際、鋭い頭痛が起こり、思い出すのを止めた。


「平気か?」

「......えぇ............なんとか」

「............まで............持っているだと............?」


あれ?。お偉いさんの表情が険しくなってる?。

メルヴィン・クレアモスは懐から透明な小瓶を取り出した。中には、青い液体が揺れている。それを牢屋越しに藤堂七夜に差し出す。


「これを飲め」

「?。これは?」

「問いは無用だ」


いやいや。毒なんて飲まされちゃたまらないって。安全ぐらい約束してよ。

ただ、有無を言わさぬ迫力で迫られれば、小心者である藤堂七夜に断ることなどできない。できるはずがない。

覚悟を決めて、小瓶の蓋を引っこ抜き、脅えつつ、飲んだ。味も香りもない。無味無臭だ。まずくない。が、おいしくもない。一息つく。

そして、前触れもなく、身体に変調が起きた。強烈な胸焼けと喉の渇き。動悸が激しくなる。心臓が締めつけられて、苦しい!。

小瓶を床に落とし、のた打ち回る藤堂七夜。牢屋番や護衛の騎士が困惑する。

柳生宗不二は、苦痛にもがく藤堂七夜を見た後、視線をメルヴィン・クレアモスに移す。至極、冷静な様子で、藤堂七夜を凝視している。


「おう。宰相殿よ。何をしたんだい?。事と次第によっちゃあ、わしは仇を討ってやらねばならんのだが」

「死ぬ事は無い。そのような代物を渡したのではないからな。......頃合いか。柳生殿。藤堂殿の上着を脱がせ、肌を見せてくれ」

「貧相な身体など見ても、勃たんぞ」

「冗談のつもりか?。それとも、そういう趣味だったか?」

「わしは大の女好きだぞ、わしはお主の事を言ったのだ」

「......さっさと言う通りにしてくれ」


柳生宗不二は慣れた手つきで藤堂七夜の上着を剥いでいく。

曝け出された上半身。それを見て、騎士の何人かが息を呑んだ。柳生宗不二も剣呑な表情を浮かべ、を見た。

精密、緻密。複雑怪奇な幾何学模様。それが、藤堂七夜の上半身にびっしりと浮かび上がっていた。特に、心臓がある部分の胸はそれが複雑さがより顕著だ。

地肌に直接、焼きいれたような、刻み込んだような、生々しさがある。肉体と一体化しており、強烈な異様さを見る者に感じさせるだけの何かが、あった。

メルヴィン・クレアモスはそれをよく知っていた。いや、知っているというのは、語弊がある。なのだ。メルヴィン・クレアモスと、藤堂七夜は。


「............やはり、秘蹟に入った者か」


その呟きに、護衛の騎士達が事態の危険性を察し、剣を抜こうとする。

メルヴィン・クレアモスが手で制止する。もし、制止しなければ、藤堂七夜に剣を突き立てていたかもしれない。それほどの事態に発展するかもしれなかった。


「クレアモス様! 何故、止められるのですか!?」

「分からぬからだ」

「しかし、もし教会の手の者であったのならば取り返しのつかない事に......!」

「それは殺しても同じ事だ。希少な秘蹟者をこんな捨て石の様に扱うのだ。価値があるとは、とても考えられない。............何とも不可解な状況だ。」


親衛隊の騎士達がいきり立つ中、メルヴィン・クレアモスは考える。

この状況は故意に、意図的に作り出されたものか。それとも、ただ単に全くの偶然か。

教会の関与を疑う騎士達の意見も最もだ。しかし、現在、移民船団における勢力図を鑑みても、これは暴挙に過ぎる。これは、。ならば、逆に手元に置くべきだろう。

この秘蹟が、刻んだものなのか。それを解明しなければならない。首輪をつけ、テオドシウス家にのだ。

メルヴィン・クレアモスは、これを予兆と捉えていた。


「釈放しろ」

「クレアモス様!」

「これよりとして遇する。二人を釈放しろ」

「よいのか?」

「あぁ」


護衛の騎士達が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる中、牢屋番は鍵を使い、藤堂七夜と柳生宗不二を牢屋から出した。

意識を失ったままの藤堂七夜は、柳生宗不二に担がれた。


「さて、客人よ。温かな食事を用意してある。案内しよう」


メルヴィン・クレアモスに導かれ、藤堂七夜と柳生宗不二は牢屋を後にした。


●●●


居城の一角。その客間の一室に、メルヴィン・クレアモスと柳生宗不二、藤堂七夜はいた。

円卓を囲んだ三人の前には、色とりどりの料理が並べられていた。肉料理に魚料理、新鮮なサラダに果物。パンに白いご飯。味噌汁もある。

どれも作り立てで、ホカホカと湯気が立ち昇っている。


(............気持ち、悪い............)


本来なら食欲がわく光景も、今の藤堂七夜にとっては、苦痛だった。

隣では、猛獣の様に豪快に食事を平らげていく柳生宗不二。グラスに注がれた葡萄酒を一息に飲み干し、ゲップを鳴らす。


「旨いのうっ! 異邦人の食べ物は何度か食ったが、どうにも好きになれんかった。が、これは旨いぞ!」

「安心した。お気に召したようだ。......藤堂殿、ドジョウのスープなら身体に優しい。無理にとは言わないが、少しでも口にするといい」

「............ありがとうございます」


というか、アンタのせいで酷い目にあったんだよ。

深皿に注がれた褐色のスープ。細かく刻まれた白身が浮かんでいる。これが、ドジョウなのか、と思いながら、藤堂七夜はスプーンを手に、口に運ぶ。


――――――あぁ............美味しい............。


胃に染み込んでくる優しい温かさと、味わい。全く無かった食欲だが、腹は空いていたようだ。ゆっくりながらも、スープを全て完食する。


「さて、食べながらで悪いが、今後の話をしたい。二人はこれからどうするつもりだ?」

「護衛の仕事は果たした。しばらくは尾州見物でもするつもりよ。七夜のは、どうすんだ?」

「行く当ても何も、全く考えてません」

「ふむ。それならわしに付き合え。ちとやりたいことがある。飯代ぐらいは払うぞ」

「当家に士官するつもりはないか。柳生殿も、藤堂殿も、だ」

「うん?。わしはともかく、七夜のは戦働きなどできんぞ。それとも、ソロバンでもはじかせるのか?」

「秘蹟持ちを野放しにはできん。まして、発祥が特定できないのであれば、尚更だ。尾州に持ち込んだ火種ならば、目の届く範囲で監視しなければならない。もしくは、誅するか、だ」

「剣呑だのう」

「私としては、庇護したいのだ。その価値を、見極めねばならないからな」


グラスを傾け、メルヴィン・クレアモスは正面から二人を見た。

見極めた上で、判断を下す。庇護か。死か。身震いする。メルヴィン・クレアモスは本気だ。目が、笑っていない。


「あ、あの! 秘蹟って何ですか!?」


緊張で声が裏返ったよ。このお偉いさん、柳生さんに負けず劣らず怖いよ。


「............藤堂殿は知らないのか。この時代、珍しいな。幼子でも知っていることなんだが」

「こやつ、とんでもない無知で世間知らずなのよ」


失礼な!。この世界で生まれ育ってないだけです!。 


「そうか。秘蹟とは、人の身でありながら、神の恵みを受けた者。その奇跡の影響を受けた人間を指す言葉だ。分かりやすく言えば、不老の身体を得るということだな」

「............不老? ......不老不死って......ことですか?」

「違う。不死ではなく、不老だ。天の記念碑オベリスクに名を記し、そのまま名が刻まれれば秘蹟を得る。刻もうと残らず消えれば、ただの人間のままだ。人間が生涯に一度、許された奇跡を賜る聖なる儀式だよ」

「............」

「驚いたかね?」

「はい............」

「名が刻まれた日から、肉体は老いる事は無い。ただ、あくまで肉体の時間が止まるのであって、精神は年を取る。病を得れば、死ぬ。首を刎ねられても、死ね。長い年月を生きたとしても、精神は疲弊し、病み、そして狂う。

多くの者は弱い。不老を得ようと、親を、友を、妻を、子を、孫を、その先の子孫を看取り続ける事に耐えられる者は少ない。大抵の者が、百数年前後で、自害を選ぶ。極一握りの者だけが、本当に長い時を生きるのだ。真の、秘蹟に入った者としてな」

「どうして、そんなものがあるんですか?」

「それは神のみぞ知るだ。いつどこでそれらが生まれ、そうなったのか。誰も知らない。誰かが気づいた時には、秘蹟を得た人間は存在しており、人類という生き物は、誰もがそれを生まれた時から知っている。

秘蹟を得るかどうかは、非常に境界線が曖昧で猫の気まぐれのようだ。人格に優れ、民に慕われた為政者が名を刻むことが出来ない事もあれば、物乞い同然の浮浪者が名を刻まれた事もある。歴史学者が最も頭を痛める太古からの謎だよ」


う~ん。まるで宝くじを買ったようなものだろうか。要は、運が全て。


「君は、何処で名を刻んだか、本当に知らないのだな?」

「知りません。全く」

「では、覚えておくといい。大半の秘蹟者は何らかの勢力に繋がっているか、。敵味方の境界線を引いておけ。そうでなければ、何をされるか分からないぞ。少なくとも、ロクな末路は迎えない」


あの護衛の騎士達の態度を見れば、嫌でも分かる。

あいつらは、躊躇いなく、藤堂七夜を殺そうとした。秘蹟者というのは、それだけ、厄介者なんだろう。


「しばらくの間、こいつはわしと共におる。心配はいらん。とはいえ、お主もこのまま、何もせずわし等を城から出すわけにもいかんだろ。そこで提案じゃが、わしらをに雇わんか?」

「............士官ではなく、か?」

「まぁ、早い話が、傭兵よ。そうすれば、お主もこやつを手元に置いておけるであろう?。わしも、路銀を稼がねばならんからな。どうじゃ?」

「......ふむ。悪い話ではないな。いいだろう。その提案を受けよう」

「契約成立じゃな」


お偉いさんと柳生さんががっちりと握手を交わした。

何か、色々と話が勝手に決まっていく。置いてけぼりだ。


「住居はどうする?」

「はは、問題ないわ。家の探し方ぐらいは心得ておる。気に入ったところを探すわい」

「分かった。場所が決まったのなら、連絡してくれ。東門の兵には話を通しておく。その腕、早速使わせてもらうぞ」

「うむ。任せい」


あぁ。なんか分からないけど、身の危険を感じる気がする。


こうして、メルヴィン・クレアモスとの邂逅を終えた二人は、食事を堪能した後、円卓城を出て、城下町に戻って行ったのだった。


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